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第42話 本当に理解不能!

 林太郎は無言で不機嫌のまま私を稽古場にまで送った。


(頼りになると思ったのに、今度は不機嫌で無言になるなんて子供みたい⋯⋯)


「林太郎! 送ってくれてありがとう」

 私がいうと彼はそっけなく頷いて、送迎車の後部座席でタブレットを見ていた。


(社長になったばかりだもん⋯⋯忙しいに決まってるよね)


 新しい稽古場に着くと、3人娘が私に抱きついてきた。


「梨子社長! なんかすごいことになりましたね。私たちみんな来年の武道館で卒業するみたいじゃないですか!」


 りんごが開口一番言った言葉の意味が理解できなかった。


 会社を作って『フルーティーズ』を独立させたかと思えば、1年足らずで卒業というか、解散させるというのが林太郎の考えのようだ。


「梨子社長って、梨子姉さんでいいよ」


「でも、林太郎兄さんが梨子姉さんのことは梨子社長とこれから呼ぶようにって!」

 3人娘が楽しそうに頷き合っている。


 彼女たちは頑張ってきたアイドル活動を終わらせられるというのに何が嬉しいのだろう。

 昨日彼女たちは林太郎と話したみたいだが、何を話せばこんな態度になるのか。


「梨子社長。カイコ・デ・オレイユがなぜ世界トップのパフォーマンス集団とみなされているかわかりますか? もっと難しいパフォーマンスをするサーカスはあるのに集客力では群を抜いています」


「何でだろう⋯⋯芸術性を追求してるから? 宣伝が上手いからかなあ?」


 苺が得意げに尋ねてくるのは彼女の夢であるカイコ・デ・オレイユの話だ。


「それもありますが、演目が期間限定だからです。毎年同じようなことをするサーカス団とは違い、今見なくてはいけないと客に思わせることができています」


 苺はだからこそ、『フルーティーズ』も期間限定にすると言っているのだろうか。


「苺のアマキングや葡萄のシャイニーマスカットはブランド戦略に成功してますよね。もっと安くて美味しい果物もあるのに、ブランド化した果物は非常に高値で売れる。私たちは『フルーティーズ』で個々のブランド力を上げて、その後出荷されるのです!」


 これでもかというくらい楽しそうに、得意げに桃香が語っている。


 彼女が言いたいことは、武道館までブランド力をアップして解散しようということだろう。


「とにかく、新曲の練習しよっか」

 私は3人娘が明らかに1日で林太郎に洗脳されていて、どうして良いかわからなくなった。

(まあ、いいのかな⋯⋯みんながやる気になれば)


 5時間くらい練習したら、何だか頭がクラクラしてきた。


「梨子社長大丈夫ですか? 梨子社長⋯⋯」

 3人娘の声が遠くに聞こえる。

 私はそのまま意識を失った。


♢♢♢


「きらり、大丈夫か? 今、熱38度以上あるんだけど、苦しいなら解熱剤を飲んだ方が良いと思う」

 目を開けると私は林太郎の部屋のベッドにいた。


 林太郎が心配そうに私の頬に触れている。


 頭が朦朧としながら頷くと、私は薬を手渡されたので口に入れ渡されたコップの水で流した。


 よく見ると私は部屋着に着替えさせられている。

 彼が私を着替えさせてくれたのだろう。

(恥ずかしいけど、体が熱くて照れてる余裕がない⋯⋯)


「ごめん、迷惑かけちゃったみたいだね。私は大丈夫だから、近づかないで! インフルエンザかもしれないし、うつしちゃったら大変」

 私が言うと、鼻に何かを差し込まれた。

(本当に、林太郎って何をやるかわからなくて怖い)


「今、調べたけどインフルエンザじゃないよ」

 しばらくして彼が言った言葉に、よく病院でやる検査をされたと気がついた。


「風邪だとしても林太郎に映ったら嫌だよ。忙しいでしょ」

 朦朧とする視界に心配そうな林太郎が見えた。


「もっと、きらりの事で忙しくなりたいんだ。きっと、ストレスで熱が出たんだよ。あんなことがあったし、きらりはあんまり目立つの得意じゃないでしょ」

 彼の指摘に心臓が止まりそうになった。


 私は目立つところに連れてかれては、非難を受けることの繰り返しの人生だった。


 会社に就職して新入社員なのに広報誌に出された時も、仕事もまだままならないのにと陰口を叩かれた。


 高校の学祭でネタのような劇の主役に皆から担ぎ上げられた時も、私自身は虐めのように感じていた。


 そんな私に気がついてくれたのは、裏方をやっていた雅紀だけだった。


(だから、彼を好きになったんだった⋯⋯本当の私に気がついて好きだと言ってくれたから)


 チアリーダーになったのも、派手な見た目をしていることで勧誘されたからだ。


 いつの間にかキャプテンに推薦されていて、何とかチームを纏めようと必死だった。


 リーダーシップがあるように自分を演じていたけれど、いつも演じている自分に疲れていた。


 明るくサバサバ振る舞うようにしているのも、自分の派手な見た目に合った性格をしなければという強迫観念からだ。


 本当は今でも失恋を引き摺っているし、才能のある人の前では自分には何もないことに落ち込んだりする。


「うん⋯⋯苦手。今度は何を言われるのか怖くなって緊張しちゃうの⋯⋯」


 熱のせいで弱気になっているのか、私は自分の本音を曝け出していた。


 苺に煽られて3人娘を放って置けなくて、音楽番組に出たけれど三十路でアイドルなんて非難されるのが怖かった。


「ねえ、きらり。今、俺に抱かれたくて仕方がないって顔してるの気づいてる?」


 私は気がつくと、また林太郎に深いキスをされていた。

(え? なんでそんな展開になるの? 本当に理解不能!)








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