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第39話 キスしてくれたらお支払い完了にする。

「きらり、起きて! もう、夕方だよ」

 体を揺さぶられている感覚があって、目を開けると林太郎の顔があった。


 私の部屋と違い、オシャレなデザイナーズ家具が並んでいるこの部屋は彼の部屋だろう。


「ごめん! 私、あのまま寝ちゃってたの?」

「何度も起こそうとしたんだけど、全然起きなかった。カレー作ったから食べる?」

「食べる!」

 彼についていくと、吹き抜けのダイニングルームについた。


 めちゃくちゃ背が高い観葉植物があって、部屋の中なのに玉砂利が敷いてあるゾーンがある。


 そして、その奥には滝が流れていた。

(マンションの中だよね⋯⋯天井高いし、すごい部屋)


 彼が椅子を引いてくれたので座ると、本格的なスパイスで作ったようなカレーが置いてある。

「すごい! これ林太郎が作ったの? ナンも手作り? 頂きます!」

 彼が微笑んで頷いたので、私は食べ始めた。


「アメリカにいた時、インド出身の友達から作り方を教わったんだ。きらり、辛いの好きだよね。お口に合うかな?」


「めちゃくちゃ美味しいよ。ありがとう! それにしても今日レッスンをサボっちゃった。寝過ぎだね、私⋯⋯」

 私の言葉を聞いて徐に林太郎が書類を出してきた。


「バシルーラとの契約は解除してきたから安心して。あの事務所は頃合いを見計らって潰す予定」


「えっと、林太郎に違約金肩代わりさせちゃってる? 400万円は払うからちょっと待ってね。それと事務所潰すってどう言うこと?」


「あんな契約、無効にできるに決まってるだろ。事務所も友永社長も社会的に抹殺してやる。俺はやられたら100倍返しする主義なの」


 今回被害に遭いそうになったのは、林太郎じゃやなくて私なのだが彼が自分のことのように怒ってくれるのは嬉しい。


「友永社長、最初見た時は小児患者さんたちに歌ってて良い人に見えたのに⋯⋯」


 私は彼の一部を見て、根っからの悪い人ではないと思い込んでしまった。

 しかし、私を平気で売ろうとしたことを考えると、とんでもない悪人だ。


「友永社長がどんな人か少し調べれば分かったはずだよ。あの人は元歌手だけど売れなくて引っ込んだと思ったら、整形して別名のおネエキャラのタレントとして出てきた。当時そういうのが受けてたからね」


「えっ? あのオネエキャラって作ってるの?」 


「そうだよ。売れるためなら、何でもやってきて売れなかった人⋯⋯きっと、枕とかもやってただろうね」


 私の中でオネエというのはクリエイティブな才能を持った人が多い印象だが、同時に偏見に苦しんできた人たちだ。

 それを狙って演じて売れようとするなんて、何だか酷い。


 枕営業も30年生きてきて、私の周りでやっている人を見たことがない。

(そもそも、友永社長って男なのに男も枕営業があるってこと?)


 今までの自分の常識が通用しない世界から逃げ出したくなる気持ちと、愛しい3人娘を守りたい気持ちが戦っている。


「それから新会社を設立して、『フルーティーズ』を独立させる。社長は梨田きらりで会社名は『果物屋』で一応登録してきた。社名変更は後でいくらでもできるから」


「えっと、私が寝ている間にそんなことが?」


 だんだんと話についていけなくなってきた。

 引越しの時もそうだったが、彼はどんどん自分で決めて実行してしまうので私の頭が追いつかない。


「新しい事務所のテナントも借りてある。バレー教室の居抜き店舗で、メンバーの家からは今よりも通いやすくなると思う」

 私は苺やりんごや桃香がどこに住んでいるかも知らない。

 彼はいつの間にかそんなことも調べて、新事務所の場所まで借りたらしい。


「お金は? 東京にテナントとか借りたら賃貸料半端ないんじゃ。それに会社設立も資本金とか⋯⋯」

 私の今までの知識じゃ、彼の展開の速さと行動力についていけない気がした。


「それは気にしなくて良いよ。俺のポケットマネーだし」

「そんなの悪いよ。林太郎にお金出してもらう理由なんてない! ちゃんと私が払うよ」


 はっきり言って雅紀に貢ぎ過ぎて、私の貯金は底をついている。 


 だから、チビチビと返済するしかないが、3人娘の貞操を守るためには独立一択だろう。


 林太郎がカレーを食べる手を止めて立ち上がって、私の隣に屈んで顔を覗き込んでくる。


「じゃあ、きらりからキスしてくれたらお支払い完了にする」


 彼は私のことは好きじゃなくなったようなことを言っていたのに、なぜこんなことを言ってくるのだろう。

 彼の顔が美し過ぎて、形の良い唇が近くにあり心臓がおかしい程うるさい。


「そんなことできないよ⋯⋯」

「何だよ。気持ちいいって言ってたくせに」

 彼が昨日の私の失言を言及してきたので、私は恥ずかしくて固まってしまった。


「まあ、そんなのは『フルーティーズ』が売れて、弊社に利益をもたらしてくれれば十分だし気にするなよ」


「分かった。全力で頑張るよ! 林太郎、本当にありがとね」


 昨夜の件で、自分があまりに浅はかで無力だったかを悟った。

(本当に怖かった⋯⋯あんな思いを3人娘がするなんてありえない!)


 今は3人娘のためにも、林太郎の力を借りるのが最善だろう。


「それから、今日、倉橋カイトの喫煙とセクシー女優との同棲報道が出たから。しばらくは、きらりは俺の部屋に住んで! 部屋はさっきまで寝ていた部屋を使ってくれれば良いから」


「え? 昨日、引っ越して来たばかりなんだけど」


 倉橋カイトの報道が出たのは、黒田蜜柑の仕業だろうか。


 彼女は彼に復讐すると言っていた。


 傷つけられたら、やり返すくらいの気の強さがないと芸能界じゃやってけなそうだ。


 私は雄也さんや林太郎がいなければ、雅紀の裏切りも今回の件も泣き寝入りしていた。

(もっと、強くならないと⋯⋯3人娘は守れないわ)


「このマンションでこの部屋だけ、専用の出入口があるの。共用の出入り口から出ると、きらりまで倉橋カイトと噂になる」


「あんな若い子と噂なんてありえないよ」

 確かに芸能人はよく同じマンション内の別の部屋に住んで恋愛したりする。


 でも、私と倉橋カイトは干支が一周するレベルの年の差だ。


「倉橋カイトのお相手のセクシー女優はきらりより年上だよ」


「そんなお年を召した方のセクシーも世の中に需要があるの? 倉橋カイトは熟女好きだったってこと?」


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