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第38話 恋は落ちるものだった(雄也視点)

 1ヶ月前、僕、渋谷雄也は衝撃的に梨田きらりに恋をした。


 忙しさに恋の仕方なんて忘れていたのに、そもそも恋は落ちるものだったと気がついた。

 きらりさんを初めて見た時は、病院の広場で呆然と立っていて心配になった。


 しかし、彼女は次の瞬間には周りの視線を集めてキラキラと歌い踊っていた。

 その姿に心が揺れ動くと同時に、彼女のことが心配になった。


 家まで送ると言って、彼女を車に乗せると突然に彼女は車を降りた。

 衝動的に髪を切り、店から出た時彼女は泣いていた。


 俺は彼女が躁鬱状態にあると診断した。


 俺は彼女が衝動的に命をたったりしないか心配になり、彼女のカバンにGPSを仕込んだ。


 彼女に今まで味わったことのない恋心を感じていた俺は彼女にプロポーズをした。

 その時は全く俺に気がなかった彼女だが、毎日のように顔を合わせる内に心を開いてくれるようになった。


「こんなに会うなんて運命かも⋯⋯」

 ふと彼女が呟いた言葉に、俺はそのまま彼女と偶然の出会いを装って会い続けようと魔が差した。


 彼女の心が回復して、自殺の心配がなくなってもGPSをカバンから取り出すことはしなかった。


 「偶然の出会い」による「運命」を感じることで、彼女の俺への気持ちが作られてくのを感じてしまったからだ。


 彼女は見た目のクールな感じとは異なり、少女のような乙女心を持った子だった。


 為末林太郎と彼女のデート報道が出た時には心配した。


 彼は僕の親友の弟で、彼が15歳の時に彼の送別パーティーで会ったことがあった。


 モデルのような年上美女に囲まれてチヤホヤされて、「日本の女は飽きた」なんて言ってる生意気な子だった。


 彼はステディーな彼女も作らず、適当な付き合いしかしないと聞いていた。


 彼の兄である俺の親友は、彼とは真逆の性格で真面目だった。


 そして、自分より優秀で何の責任も持たず自由な弟を羨み劣等感に苦しんでいた。


 そんな身近な人間の苦しみにも気づかず、「金髪美女と遊んできます」と宣言してアメリカに渡ったのが林太郎くんだ。


 僕はそんな彼と噂になったきらりさんのことが心配になり、家を訪ねると既に手の早そうな彼が彼女の部屋に入り込んでいた。


 話してみると10年前よりは大人になった彼に出会えた。

 そして、彼も僕と同じようにきらりさんを本気で好きなことが分かった。


 その日の夜きらりさんの位置情報を確認すると、都内の一等地の超高級マンションにいた。

 僕は林太郎くんが彼女を部屋に連れ込んだと思って心配になり、彼女にメッセージを送った。


「住んでいたマンションのセキュリティーがアウトらしく、引っ越しました」と彼女から帰ってきたメッセージに安心した。


 彼女の位置情報を確認するのは日課になっていた。


 最初は彼女の安全のためだったが、今は忙しい毎日の中で何処かで彼女と会えないかと思いながら確認している。


 彼女の行動パターンは一定していて、芸能事務所や就職活動をしたら寄り道をせずに帰宅しているようだった。


 それなのに、今日だけは夜の21時にカラオケにいるという不思議な状況だった。


 『フルーティーズ』の他のメンバーの幼さを考えると、その時間にカラオケはあり得ない。


 僕は嫌な予感がして、そのカラオケルームに急いだ。


 このような高級なカラオケルームが存在するのかと初めて知ったが、案内表をみるとベッドが置いてある部屋まである異質な場所だと分かった。


 店員に尋ねると、超美人のきらりさんの容姿のおかげでどこの部屋に入ったか覚えられていた。


 部屋の前に明らかに見張りのような男がいたので、その男を脅して部屋を開けると信じられない光景が広がっていた。


 きらりさんが男たちに抑えられて、謎の飲み物を飲ませられようとしていたのだ。


 僕は彼女を救い出し、GPSを彼女のカバンに入れていたことを告白した。


 軽蔑されるかもしれないと思ったのに、彼女は自分のことを心配してやったことだと分かっていると言った。


 僕はそんな風に人の行動を肯定的に考える彼女を、愛しくなると共に心配になった。


 そして、彼女は興奮状態の林太郎くんに連れて行かれてしまった。


 彼は手が早そうな男だが、彼女のことは心底好きなようなので彼女の嫌がることはしないと信じた。


 彼女の性格上、落ち着いたらお礼で電話をかけてくるだろうと思った。

 翌日の夜、スマホが着信を知らせたので名前をみると愛しい彼女の名があった。


「雄也さん。昨夜はありがとうございました。それと、GPSのことですが、もう大丈夫なので今度お返ししますね」


「きらりさん。確かに僕は最初はあなたのことが心配でGPSをカバンに入れました。でも入れっぱなしにしたのは、きらりさんが僕との偶然の出会いを運命と思ってくれたのが嬉しかったからです。ズルイやり方をして申し訳ありませんでした」


 僕は本当の気持ちを暴露するつもりはなかったのに、気がつけばきらりさんに軽蔑されるかもしれない真実を語っていた。


 僕は彼女にだけは嘘をつきたくないと思えるほど、彼女に惹かれているのだと気がついた。


「雄也さん、演技上手いし面白過ぎです! 偶然ですねって何時も現れるからびっくりしたし、今日も会えるかもって楽しみにもしてたんですよ」

 きらりさんがケラケラ笑いながら言ってくれる言葉に胸が熱くなった。


「偶然じゃなく、これからは約束して会いたいです」

 僕の言葉に、きらりさんが少しの間沈黙する。


「実は来年の9月9日に武道館でコンサートをすることになったんです。それまでは『フルーティーズ』に全力投球しようと思います。雄也さんもコンサートに来てくださいね」


「は、はい。武道館なんて凄いですね。ルナにも教えておきますね」

 来年の9月9日なんて、あと11ヶ月もある。


 今の彼女の言い方だと、11ヶ月間は僕と会う気がないと言うことだ。


 でも、ストイックな彼女の決意を曲げるのは違う気がして、僕は彼女が会いたいと言ってくれるまでは自分からアプローチするのは控えることにした。

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