退院して向かった先は、友永社長に指定されたカラオケルーム。
「こんばんは。『フルーティーズ』の梨田きらりです」
指定されたカラオケの部屋はVIPルームというものだろうか。
とても広い部屋で、そこには6人のスーツ姿の男性がいた。
(ここで歌うのか⋯⋯緊張するなあ)」
「うわー上玉だねー! 実物はびっくりするくらい綺麗じゃない。さあ、こっちにおいで」
男性たちは自己紹介もせず、私を自分たちの間に座らせようとしてくる。
(名刺も渡す気がないなんて、変だ⋯⋯)
「あの⋯⋯歌ったら帰ります⋯⋯」
私は嫌な予感がして、少し後ずさりした。
すると1番若手っぽい男性が私の腕を乱暴に引いて、男たちの間に座らせてきた。
「歌なんていらないの。君の取り柄はそのルックスでしょ」
私の太ももに手を置いて撫でながら、話してくる男性の手をそっと振り払う。
「そういうのは、専門のお店でやって頂けますか? 特にお仕事のお話がないようでしたら帰らせて頂きます」
ラララ製薬にいた時も、軽いボディータッチやセクハラ発言は受けたことがある。
しかし、そのどれもここまで露骨ではなかった。
「友永社長から、君のことを好きにして良いって聞いたからワザワザ集まったんだよ。話が違うだろ!」
突然、恫喝されて驚いてしまった。
壁を見るとこの部屋は音楽室のように防音設備がしっかりしているようだ。
(何? 好きにしていいって、何の権利があって友永社長はそんなことを言ってるの?)
「そういうことなら、失礼します。そんな話は聞いていないので。それから、あなたたちがやろうとしていることは犯罪ですよ」
私はそう言い残すと扉の前に向かった。
すると、扉の前に若手っぽい男性がいて前を塞がれてしまう。
「処女ってわけでもないのに、勿体ぶってんじゃねーよ」
男の発したその言葉に私は彼らが何の目的で集まってるのか分かってしまった。
再び私は手首を掴まれて、男たちの間に連れてかれる。
「まあ、落ち着いてこれでも飲んで、ゆっくり仲良くなろう」
両側の男に押さえ付けられ、何かを飲まされそうになる。
(何これ⋯⋯こんな怪しい飲み物を飲めるわけないじゃない)
バーン!
その時、カラオケルームの扉が開いて皆がそちらを向いた。
「ゆ、雄也さん? 何でここに!」
「皆さん、すぐに逃げた方が良いですよ。ここに警察を呼びました。その飲み物の中には違法薬物が入っていたりしませんか?」
その言葉に私を掴んでいた男が手を離し、他の男たちも慌てたように部屋を飛び出した。
「雄也さん!」
私は思わず彼にしがみついた。
彼が私を抱きしめ返してくる。
「きらりさん、無事でよかった⋯⋯」
「警察は?」
「あれは、でまかせです」
「流石です。雄也さん」
私はホッとして思わず涙が溢れた。
雄也さんが手の指でその涙を掬いながら、笑いかけてくる。
「それにしても、なんで私の居場所が分かったんですか? 」
「実は、きらりさんのカバンの中にGPSを入れて居場所を確認してました」
私はこの1ヶ月、雄也さんと度々会っていたのを運命だと思ってた。
しかし、それはGPSで私の位置を確認していただけのうようだ。
(何だろう、少しがっかりしてる私⋯⋯)
「渋谷雄也! お前、きらりのストーカーかよ!」
突然聞こえた大きな声に振り向くと、林太郎が怒った顔で立っていた。雄也さんの登場にも驚いたが、林太郎もなぜここにいるのか不明。
「いや、違うよ。雄也さんは私のことを心配して⋯⋯GPSで位置確認して私を見つけてくれたの」
おそらく雄也さんは私のことが心配でそんなことをしたのだろう。
なぜなら、雅紀に裏切られて以来、私の精神は自分でもおかしいと感じる事が多かった。
妙に落ち込んでしまうことが多く、このまま消えたいと思うことさえあった。
それがあっという間に回復したのは、1ヶ月間毎日のように雄也さんが励ましてくれたからだ。
林太郎が雄也さんから私を引き剥がして、自分の方に抱き寄せる。
「ストーカーは立派な犯罪行為ですよ、渋谷さん。きらりにはもう近づかないでください」
「林太郎、雄也さんが私を助けてくれたの! GPSの件だって私の為にやってくれたことなんだから」
私の言葉に林太郎がますます怒った顔になり、私を米俵のように抱き上げるとそのまま出口に移動し始めた。
「雄也さん、助けてくれてありがとうございます」
一瞬、雄也さんが見たことないような顔で林太郎を睨み付けていて、ドキッとする。
しかし、すぐに微笑みを返してくれてホッとした。
林太郎は私を送迎車に乗せると、マンションまで行くように運転手に告げた。
「林太郎も来てくれるとは思わなかった。本当にあったんだね、性接待⋯⋯」
私は6人の男の恐怖を思い出し思わず涙が溢れた。
すると、林太郎が急に運転席と後部座席の間のカーテンを閉めて、私の頭を抱え込みディープキスをしてきた。
「ちょっと、気持ちいいからダメ!」
私は思わず本音を言って彼を突き飛ばした。
彼が驚いたような顔になっていて、恥ずかしくなる。
(なんでキスするの? 海外では友達とディープキスするのが普通?)
「ごめん、言い間違えた」
「何だよそれ」
言い訳さえも思いつかなくて謝る私に、林太郎が笑い返してきて安心する。
「実は友永社長に指定された場所に行ったら、6人の男に囲まれて大変だったんだよ。そこを雄也さんが助けてくれたの」
「だから腐った奴は変わらないって言っただろ。それに、渋谷雄也のことも盲目的に信用し過ぎ。危なっかし過ぎるよ、きらりは⋯⋯」
林太郎は怒っているけれど、私の髪を優しく撫でてくれている。
その感触が気持ちよくて、涙がひいてきた。
「そもそも、林太郎はどうして私の居場所が分かったの?」
「⋯⋯直感かな。俺、そういうの働く方だから」
直感でこの広い都会の中で私を見つけ出せる訳がない。
「私の危険を察知したって事?」
「⋯⋯まぁ、そうだな。運命に導かれるまま行動して、本当に良かったわ」
なんだか、しどろもどろになっている林太郎が怪しい。彼も私の位置をGPSで常に確認してたりはしないだろうか。
林太郎は人を管理しようとするところがある。イメージキャラクターだからって、自分と同じマンションに引っ越させた事に関してもそうだ。
でも、今は私では手に負えない状況。少々の不満はあっても彼に頼るしかない。
「独立した方が良いよね。でも、違約金のこともあるし、どうしたら良いのか⋯⋯」
「俺が全部何とかするから、きらりはもう悩まないで。少し寝たら? 着いたら起こしてあげるから」
私はその言葉に甘えて、目を瞑って彼の肩に頭を乗せた。
本当は林太郎を頼るのは間違っているかもしれない。
しかし、彼が全部何とかすると言った言葉を信じたくなった。
それくらい私は自分の想像を超えた酷い出来事に心が疲弊していた。