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第35話 もしかして、僕が誰だか分かりませんか?

 友永社長との話を終えて稽古場に行く。

 今日は休日だから学校も休みで3人娘が揃っている。


「梨子さん、昨日あれからイケメン社長とはどうなったんですか?」

 りんごが年頃の女の子らしく興味津々に尋ねてくる。蘇る林太郎の唐突な告白撤回に落ち込む。


「為末林太郎には振られたよ。それよりも、新曲の振り付けを考えてきたから練習しよう」

 社長が不在で拍子抜けしたが、あと11ヶ月で武道館を満席に出来る程のグループに『フルーティーズ』を育てねばならない。


 11ヶ月全力疾走するくらい努力しないと、とてもじゃないけど無理だろう。


 現状の『フルーティーズ』はショッピングモールなど無料でのイベントでは、人が溢れるくらい集めれる。

 しかし、有料のコンサートは小さな会場を満席にするのがやっとらしい。

(無料なら見てみたいけど、お金払ってまでは見たくないってことだよね⋯⋯)


「振られたって、梨子姉さんみないな超美人でも振られることがあるんですか?」

 苺の言葉に気持ちが落ち込んだ。


 私は見た目だけで中身がすっからかんということだろうか。

 14年付き合った彼氏にボロ雑巾のように振られ、気になりはじめた林太郎にも本質を知られたら振られた。


「私は振られてばっかだよ。今は恋愛より、『フルーティーズ』だから! 来年の9月9日に武道館コンサート決定したよ」


「武道館ってマジですか? ママの夢の舞台なんですけど」

「マジだよ。だから、頑張ろうね」


 桃香は相変わらず自分の母親の夢を代わりに叶えようとしているようだ。

 彼女は母親から枕営業をしてでも上に行くように言われていると言っていた。


 母親のためなら彼女は何でもやってしまいそうなところがある。

 そんなことをすればきっと後悔するから、私が止めてあげなければならない。


 5時間以上、稽古場を貸し切って練習した。


「『フルーティーズ』いつまでやってるのよ。対して売れてもない癖に! うちらここ使いたいんだけど」

 『フルーティーズ』よりもお姉さんで、よくお下がりの曲をおろしていた『ベジタブルズ』の子たちが顔を出す。


「お待たせしました。どうぞ」


 私たちが稽古室から出ようとすると、すれ違いざまに「おばさん消えろ」と言われた。

 このようなことは日常茶飯事で、私自身が彼女たちから見えればおばさんだと1番わかっている。

 彼女たちは私が傷つけたくて言っているのだろうが、そのような子供の言葉に傷つく程柔ではない。


「ちょっと、梨子姉さんに向かって何言うのよ」

 苺が切れて『ベジタブルズ』の小松菜子(こまつなこ)に掴みかかる。


 ちなみに小松菜子は流石に芸名だ。『フルーティーズ』がそこそこ売れたので、後発で出来たのが『ベジタブルズ』

 『ベジタブルズ』の子たちは、野菜の名前を芸名にしている。

 しかし、後発で出来た『ベジタブルズ』の方が売れてしまい、『フルーティーズ』は『ベジタブルズ』のお下がりの曲を使うようになっていた。



「はぁ? ババアにババアって言って何が悪いんだよ。どうせ、枕やってイメージキャラクターの仕事もとったんでしょ」

 私は唐突な枕営業疑惑を掛けられて驚いてしまった。


「はぁ、子供が覚えたての言葉を使わないの。枕営業なんてやる訳ないでしょ」

『ベジタブルズ』の子たちは高校生で、『フルーティーズ』は中学生。

そんな未成年の子たちが「枕営業」を連呼しているのが芸能界。



「嘘つくなよ。そうじゃないとうちらのグループの方が売れているのに『フルーティーズ』が選べれるなんて変だろ」

 小松菜子がブチ切れて叫ぶ。

 『ベジタブルズ』の子たちの敵意を最近ひしひしと感じていた。

 これは急に『フルーティーズ』の方が売れた事による嫉妬。


「うちらの方がダンスも曲も良いんだから、立場が逆転して当然でしょ」

 最年少の13歳桃香の言葉は客観性があり事実だった。

 ダンスは本格的になり、曲は天才柏崎ルナさんの書きあげたもの。

 話題になり、注目を集め、確かに今は『フルーティーズ』と『ベジタブルズ』の立場は逆転している。


「てめえ、チビのくせに生意気なんだよ」

髪を緑色に染めて気合いの入っている法蓮草子(ほうれんそうこ)がブチギレて、桃香に飛び掛かる。

「ちょっと危ない!」

私は慌てて間に入るも、床で滑って頭をゴチっと打ってしまった。


「梨子さん!」

遠くにアイドル仲間の声が聞こえる。

私はそのまま意識を失った。


目を開けるとそこは見知らぬ天井だった。

「ここは?」

「きらりさん、目が覚めましたね。頭の方は後で精密検査をしましょう」

「えっと、ここ病院ですか? 私、気絶してしまったんですか?」

「そうです。事務所の廊下で頭を打ったらしくて」


目の前には雄也さんがいて、私は自分が薄い検査着を着ているのに気が付く。

何だかこのような部屋着のような格好で彼に会うのは恥ずかしい。


私が慌てて体を起こそうとすると、雄也さんはサッと支えてくれた。



「他のみんなは?」

「『フルーティーズ』のみんな心配して先程までいたんですよ。でも、流石に時間も遅いので帰しました」

時計を見ると20時を回っていた。秒針の音がかすかにする中、私は雄也さんと二人きりになった。

「頭、今、どんな感じですか? 頭痛とかしますか?」

彼の手が後頭部に回って、顔が近くなりドキッとする。


「なんか、記憶が⋯⋯」

飛び掛かるほうれん草子から桃香を守った気がするが、あれは夢だろうか。

中学生と高校生なのにレディースの乱闘のようだった。


「記憶? もしかして、僕が誰だか分かりませんか?」

「えっ?」

「僕は貴方の恋人の渋谷雄也です」

私は柔らかく微笑んでくる雄也さんの言葉に呆気にとられるしかなかった。






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