「うぅぅー」
廊下で泣いている長い黒髪ロングの女の子が見えた。
(あれは、黒田蜜柑?)
「大丈夫? こんなところで泣いていたら風邪引くよ。よかったら話聞くけど」
私は泣いている彼女に声をかけると、彼女が顔を上げた。
近くで見ると驚きの可愛さだ。
白い肌に艶やかな黒髪。
彼女ならピンで売れると友永社長が言っていたのも頷ける。
「梨子さん?」
私が彼女に笑いかけると、彼女は私について私の部屋に入ってきた。
今、帰る予定だったはずの林太郎まで私の後について部屋に入ってくる。
「どうしたの? 誰にも言わないから話してスッキリしなよ」
私は彼女をテーブルの前に座らせ、お茶を出しながら語りかけた。
「同じマンションに住んだ方が付き合いやすいかと思って下見に来たら、カイトに他に女がいて⋯⋯」
私は倉橋カイトが実はセクシー女優と同棲していると、林太郎が言ったのを思い出した。
中学3年生の蜜柑さんは年上男性に憧れる年頃だ。
きっと、本当に倉橋カイトが好きだったんだろう。
「好きだったんだね、彼のこと⋯⋯」
「全然、好きじゃないよ。ただ、名前を売るのに利用できると思ってただけ。でも、セクシー女優と出来てる男に二股かけられてたなんてマイナスでしょ。そんな男と噂になったことを恥じてたの!」
黒田蜜柑の回答は予想の斜め上だった。
黒田美柑は私の半分しか生きていない少女。
それなのに、自分を売り込む術を知っている。
こないだ面接に落ち続けた私とは対極だ。
「そうなんだ⋯⋯まあ、彼の本性が早めにわかってよかったじゃない? 私なら10年くらいは気がつけなかったと思うよ」
私の言葉に林太郎が耐え切れないように吹き出してて、彼を睨みつけた。
「有名になりたかったの。私はここにいるっていうのを周りに示したかった。トップアイドルの彼女でも、アイドルでもなんでも良い。でも、私にもプライドはある。二股されたり、枕を強制されるのは嫌!」
「枕って枕営業のこと? そんなの本当にあるの?」
「友永社長は売れる為には何でもやれって人だよ」
蜜柑さんは枕営業の強制が、バシルーラの友永社長によってされていたことを話してきた。
確かにハグ会など際どいことはしていると思っていたが、未成年に性接待を強制するなどあってはならないことだ。
「『フルーティーズ』良いグループになったね。苺や桃香やりんごもイキイキしてた。あの子たちは、まだ枕とか強制されてない? 私だけ逃げちゃったみたいで心配だよ」
音楽番組に出ていた時に、蜜柑さんが彼女たちを心配そうに見つめていたのを思い出した。
彼女は逃げたと他の子たちを心配している。3人娘が彼女の脱退に過剰に反応したのは仲間意識があったから。
そして、脱退してピンになった蜜柑さん自身も彼女たちに仲間意識を感じている。
一緒の目標に向かって頑張って来た4人がいつかまた分かり合えると良いと心から思った。
「そんなことがあったなんて知らなかった。3人娘は私が守るから大丈夫よ。蜜柑さんこそ大丈夫?」
15歳の蜜柑さんが1人で悩んでいたことを考えると胸が苦しくなった。
「私は大丈夫。でも、こないだのルナさんや『フルーティーズ』を見て中途半端はダメだってやっぱり思ったよ。パフォーマンス本当に感動したもん。楽に売れたくてカイトで話題作りしようとして本当に反省」
泣きながら笑っている蜜柑さんを見て、彼女の心を弄んだ人間たちに怒りが湧いた。
(たった15歳の子供が色んなことに悩んで、頑張ろうと誓った仲間とどんな気持ちで離れたのか⋯⋯)
「きらり、『フルーティーズ』を守りたいなら独立した方が良い。俺も手伝うから」
黙って私たちの話を聞いていた林太郎の言葉に私は戸惑った。
「独立しなくても、友永社長に性接待強要をやめるようにように言えばいいだけなんじゃないの?」
そもそも独立というのは、そんな簡単にできるものなのだろうか。
(会社を設立するってことだよね? 林太郎は簡単に言うけど⋯⋯)
「きらり、人を変えるっていうのは難しいことだよ。腐った人間とは距離をとった方が良い」
私は1ヶ月前にバシルーラと契約したばかりだが、契約書はどんなことが書いてあったか覚えていない。
3人娘の契約もどうなっているのか分からない。
違約金とかが発生するのであれば、決して裕福ではない3人娘や私が事務所から逃げるのは難しい。
「待って、まずは友永社長と話してみるから」
「梨子さん。無駄だと思いますよ。腐った人間ってのは本当に腐り切ってるんです。私は自分を傷つけた倉橋カイトに復讐します。機材トラブルがあったじゃないですか。あれもカイトがやったって言いましたよ。彼、本当に腐ってるでしょ」
蜜柑さんから告げられた事実に私は動揺した。
倉橋カイトが『フルーティーズ』に嫌がらせをしたとした理由として考えられるのは、私が彼の喫煙を注意したからだ。
私は友永社長に行いを忠告することで、何かよからぬことが起こるのではないかと怖くなった。
しかし、大人の私が動かなければ3人娘を守ることはできない。
私は友永社長と戦う決意をした。