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第32話 褒めたはずなのに傷つけてた。

「あー美味しいわ。なんか沁みるね」

 林太郎がラーメンを食べながら、幸せそうにする。

 彼のようなセレブもラーメンを美味しいと思うとは嬉しくなる。

 どうせ、キャビアやフォアグラ、トリュフばかり食べているのだと思っていた。


 ランチを毎日一緒にするようになって思ったが、彼はカロリー高めな食事が好きだ。

(昼もカルボナーラだし、味覚が子供で何か可愛い⋯⋯)


 セレブな彼は食事など作ってくれるメイドがいそうなのに私のところに来るのは何故だろう。

 それよりも、彼はいかにもモテそうで彼に食事を作りたい女がいくらでもいそうだ。


 キスも今思えば場数を踏んだからこそのプロのキスだったから気持ちよかったのかもしれない。

 そんなプロのキスのテクニックに、脳が簡単にとろけて彼を意識しはじめてしまった。

 一方、彼の方は簡単に泣くような私に幻滅したと言っている。


「林太郎も何かあったんじゃない?」

 私は彼が空元気のような気がしていた。


「あった⋯⋯中身で選んだって兄嫁を褒めたはずなのに傷つけてた」

 彼がラーメンをすする手を止めて何事もないように語る。

 でも、彼の発言には驚きだ。

 明らかに私に弱みを見せている。

 私と同じで、彼も人には弱みを見せられないタイプだと思っていた。


「義姉さんのこと、素敵な人だって褒めたかったんでしょ。大丈夫だよ。ちゃんと話せば林太郎の気持ちは分かってもらえる」

 彼は人を傷つけるような言葉をわざと言うような人間ではない。

 そういった思いを伝えたくて私が言うと、彼は私の箸を握る手を重ねるように握って縋るように見つめてきた。


「きらり、医者とは結婚しない方が良いよ。自分の子供も医者にしなきゃいけないから、罰ゲームみたいな子育てをしなきゃいけなくなる」

 雄也さんが私にプロポーズしたと聞いて、私の行く末を心配してくれてるのだろう。

 確かに雄也さんには惹かれているが、結婚することまでは想像はできていない。


 そして、今、私は目の前の林太郎のことを気になってしまっている。

 ただキスが気持ちよかっただけで意識し始めるなんて、雅紀の母親のいう通り私はアバズレ女なのかもしれない。

 彼はもう私のことは願い下げだと言っているのだから、この芽生えはじめた気持ちは無視した方が良いだろう。


「結婚なんてしないよ。今は、『フルーティーズ』の子たちのことで精一杯」

 これは、紛れもない私の本音だ。頑張っている中学生の子たちが大人に良いように利用されないよう見守りたい。そういうリスクがあるのが芸能界だと言って仕舞えばそれまでだが、私はひたむ    きな彼女たちには思った場所にたどり着いて欲しい。


 雅紀の母親のいう通り30歳の私が、中学生のアイドルグループに入るのは恥知らずだ。

 でも、懸命な3人娘の存在を知ってしまった以上、私は自分の評価は置いて彼女たちの為に尽くしたい。


「『フルーティーズ』来年のきらりの誕生日に武道館でライブすることにしたから。スポンサーになる以上、武道館を満席にするよ」

 私はラーメンを食べる手を止めて思わず、林太郎の目を見つめた。武道館とは玉ねぎの形の日本武道館のことだ。アイドルたちの一つの目標になる場所らしい。


「満席にしても、武道館は赤字が出る。でも、グッズ販売やライブ映像を売って必ず黒字にする。俺がやる以上はそれが絶対条件だ。きらり、就職活動をしながらやれるほど芸能界は甘くない。あと、10ヶ月はアイドル活動に専念して」

 私を独り占めしたいからアイドル活動をやめてほしいようなことを言っていた彼が、アイドル活動に専念するように言っている。


 私は、それが彼の気持ちがもう私にないことを示しているような気がした。

 恋人にしたい女にアイドルになれとは普通言わない気がする。

 渋谷さんはくだらない嫉妬とかもしないような大人な人だから例外。


 でも、普通の感覚なら自分の恋人が他の男たちに「私はみんなのもの!」みたいに笑顔で手を振っていたら嫌だろう。

 私も彼氏がアイドルになりたいと言ったら、申し訳ないが幻滅する。

 そんなにチヤホヤされたいのか、じゃあ、私はいらないよねと思う。


 アイドルと付き合うことにステータスを感じる人間もいるだろう。

 いわゆるトロフィーワイフ的に女優と結婚する社長のような承認欲求を持った人たち。


 林太郎はそういった承認欲求というものが全くないように思う。

 ずっと認められて持て囃されてきて、人に受け入れられるのが当たり前という自信。

 彼からは他の男とは違うそう言った揺るぎない自信を感じていた。


「わかった。私もできる限りのことを『フルーティーズ』の為にやるよ」

 私の言葉に優しく頷いて、彼はまたラーメンを食べ始めた。


 調べたところ彼の母親は元芸能人で、有名なモデルだった。

 よく見れば絶世の美女と呼ばれた母親の面影を彼は持っている。

 そんな生まれだからこそ、息子の彼もある程度この世界の厳しさを知っているのだろう。


 林太郎が食事を済ませて、部屋を出ていくのを見送る。

 ふわっと彼の爽やかな匂いが私の鼻口をくすぐって、押し倒された時そのままにしていたら私たちはどうなっていたかと考えてしまった。

(それでも、本当の私の情けなさを知ったら振られていたよね)


「じゃあ、また」

「ちょっと、きらりスマホ出して。位置情報共有アプリ入れるから」

 私はスマホを彼に渡した。

 スポンサーになったのだから、常にどこにいるかを把握しておきたいということだろう。







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