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第31話 今はこうしていたい⋯⋯。

 スマホの着信音が鳴り、私は我に返り慌てて電話に出た。


「ちょっと、きらりさん。貴方って結局見たまんまの尻軽女だったのね」

 私を非難する突然の声に息が止まるかと思った。


 着信は雅紀の母親からだった。

 彼の母親は私と彼が別れたと聞いて連絡をよこしたのだろう。


「あの、違います。雅紀さんが⋯⋯」

 私は事情を説明しようと思ったが、一方的に彼女は私を非難してきた。


「あんなに可愛がってやったのに、この恩知らず! いい年してアイドル始めたんでしょ、この恥晒しが! あんたがとんでもないアバズレ二股女だって週刊誌に売ってやるから」

 そう言い残して電話を切った彼女は、私を娘のように可愛がってくれた人だ。


 私はあまりの彼女の剣幕にショックで1人部屋で泣いていた。

 週刊誌に私の悪い情報が出てしまっては、3人娘に迷惑がかかる。

 早く対策を取らなければいけないのに、泣き止むことができなかった。


 ピンポーン!

 再びインターホンが鳴ったので、私は涙を拭いて扉を開けると林太郎がいた。


 夕飯時なのでお腹が空いたのだろうか。

 彼は私の涙のあとに、気がつくと告白を撤回すると言ってきた。


 ショックなことは続くものだ。


 今朝、私に告白してきた男が、私の本質を知り告白を撤回してきた。

 一目惚れされて、告白を断ると他の女にすぐいかれることはよくあった。


 見た目だけで寄って来た男なんて願い下げだと私も思うことができた。

 しかし、林太郎は私の弱い本質を見て、こんな女は願い下げだと言っている。

 カッコつけて、大人ぶっていたことを見透かされたようで居た堪れない。


「ラーメンで良い?」

 料理でもしていた方が、何も考えなくて済みそうだ。


「なんで、泣いてたの?」

『フルーティーズ』に関わることだから、林太郎にも伝えた方が良いだろう。

 彼は本当にのらりくらりとしていてて、考えが読めない。


 今まで周りにいなかったタイプだ。

 そもそも、私は高校まで公立で庶民の中で暮らしてきた。

 彼のような生まれながらの坊ちゃんとは接した事がない。

 経済感覚だけでなく、考え方全てが自分からは大きく離れていて私は彼が苦手に感じ始めていた。



「実は元彼のお母さんから連絡があって、アバズレ二股女だって週刊誌に売ってやるって怒鳴られちゃって⋯⋯元彼が私と別れた理由伝えてなかったみたいなんだ」

 包丁を持つ手が震える。

 声が震えてしまったのが林太郎にバレたかもしれない。

 あまり話したくない内容。

 昔から学力テストで良い点数を取るだけで、教師とできてるだのあらぬ噂をたてられてきた。


「美人で羨ましい」

「顔でかなり得をしている」

 いつも言われるが、私は全くその経験がない。


 もっと儚い雰囲気を持っている美しい人なら庇護欲を唆り男にも守って貰えただろう。

 私はいかにも遊んでそうな派手顔。

 だから、チャラい男にいつも言い寄られる。


 そして、簡単に捨てても後腐れないサバサバ女と勘違いされる。

 きっと、チャラそうな林太郎も私と少し遊びたかったけれど、面倒そうでやめた。


 私は全くサバサバ女ではない。

 今、林太郎の心変わりにすごく傷ついている。


 またすぐ泣く女だと軽蔑されたくないのに、今にも涙が出そうだ。

 どうして、雅紀が親にも私にも伝えずに勝手にルナさんと結婚したのか。

 あれだけの裏切りをして私を苦しめながら、どうしてまだ傷つけてくるのか。


「富田花江さんでいらっしゃいますか? 梨田きらりへの名誉毀損と結婚詐欺の件でお電話致しました。この電話は念の為、録音させて頂きます」

「えっ! 何ですか? うちの子は被害者なんですが」

 突然、テーブルに置いていた私のスマホで林太郎が雅紀の母親に連絡をし出した。


 着信履歴から掛けて、スピーカーにしたのだろう。

 録音されていると思って緊張しているのか、雅紀の母親に先程の勢いがない。


「梨田さんと息子さんが交際している時、息子さんは他の女性の彼女に内緒で入籍しました。梨田さんが14年間、彼を支える為に使った金額は700万円以上です。それは、彼が結婚をチラつかせる事で彼女から搾取したものだと考えるのが妥当かと思われます」


「入籍? なんのことですか? 息子は何にも⋯⋯」


「まずは、結婚したことも報告されていない息子さんと、しっかりお話しされてください。貴方が梨田さんにすべきは、謝罪と彼女の温情により訴えないでくれていることへの感謝です」


「は、はい。分かりました。すみません。あの、警察沙汰にはしないでください。梨田さんにも謝罪しといてください」


「あ、切れた。自分で謝れよな。本当に勝手だな⋯⋯」

 どうやら電話は切られたようだ。


 私は突然のことに驚いてしまった。


 そして、自分が改めて700万円を愚かな男に貢いでいたことまで彼に暴露していたことに恥ずかしくなる。

(林太郎のこと、なんでも話せる友人扱いして話し過ぎた⋯⋯あのキスから妙に意識しちゃう)


「ありがとう林太郎。私を娘のように思ってた方から見たまんまの尻軽女とか言われて少し動揺しちゃったよ。慣れてるんだけどね、そういう扱いは⋯⋯」

「そんなもん、慣れなくていいよ」


 ラーメンを作っている私を後ろから彼が抱きしめてくる。

(そういえば、すごい良い体してた⋯⋯)


「あと少しでできるから待ってて。ダンベル貸してあげるから筋トレでもしてなよ」

 私は自分と同じく筋トレが趣味だろう彼にダンベルを貸した。


「ダンベルいらないよ。今はこうしていたい⋯⋯」

 私に告白したことを撤回した、彼が私を愛おしそうに後ろから抱きしめてくる。

 私は緊張で手を震えるのを抑えながら食事を作った。


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