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第30話 この質問ってセクハラだと思うんですけど?

 面接に行くと、昨日のデート報道について尋ねられて困ってしまった。今は、経験を活かしたいなどと悠長なことは言っていられない。

 私は未経験でも受け入れるという銀行の案内係の面接に来ていた。

 正社員ではないアルバイト。

 予備校のバイトは譲ってしまったから、確たる実入がない。

 アイドルとは儲けているのはひとつまみの子たちで、他は下手すれば支出の方が多い。


 分かっていたのに、なぜ私は足を踏み入れてしまったのだろう。

 扉をノックして入ると、面接官が三人待ち構えていた。

 真ん中に年配の男性がいて、横に若手の男性と、母親くらいの女性がいる。

 皆、ビシッとネイビーのスーツを着ている。

 私は世の中、いや、銀行を甘く見ていたかもしれない。


 「どうぞ、お座りください」

 真ん中の年配の男の言葉に、パイプ椅子にゆっくりと腰掛ける。

 床にカバンを置き、背筋を伸ばす。


 「座れ」と言われる前に座ったらアウト!

 社会人経験のある私は知っている。


 私は就職活動を最初に内定をとったラララ製薬で終えてしまった。

 特に何をやりたいとかなく、大手だから受けた。

 若干のセクハラ面接を潜り抜けて採用。

 普通に言葉のキャッチボールができれば受かるのが面接だと思っていた。


 しかし、入社してから私は散々「顔」採用だと陰口を叩かれた。

 仕事で成果を出すと次に出るのは枕営業疑惑。

 真面目にやろうとしても、派手顔が邪魔する。


 そんな私がなぜアルバイトとはいえ、銀行というお堅い場所に来てしまったのだろう。

 扉を開けるなり面接官が私に鋭い視線を向ける。

 女性の面接官は既に顔を顰めている。

 新卒のようなリクルートスーツを着ていてもこれだ。



 口座開設に行けば、フラフラと寄ってくる案内係のおばさん。

 別に面接を受ければ、自分は当然のように通ると思っていた。


「アイドル活動をして、えっと有名社長とお付き合いもしてるんですよね」


 女性の面接官の鋭い指摘は、履歴書には書いていない。

 私はSNSをしていないが、自分がネットで話題になってしまったのは知っている。

 目立たず生きていくのをモットーにしてきたのにこの様だ。


「副業禁止ではありませんよね」

 縋るように発した自分の声が掠れている。

 副業を禁止するような仕事でもない。

 なぜなら、この銀行の案内係のバイトは東京都の最低賃金。

 こんな収入だけでは東京に住居を構えることはできない。


「言われたことに、答えようね」

 真ん中の年配の面接官が呆れたように言う。

 基本、男性受けは良い私の見た目。

 でも、稀に私のような派手顔女を一眼で追い出す男がいる。

 今日はそんな男に当たってしまった。


 おそらく派手顔女に嫌な思い出でもあるのだろう。


「為末さんとはお付き合いしておりません。この質問ってセクハラだと思うんですけど?」

 落ちるにしても普通に終わらせれば良いものを、私の気の強さは黙っていなかった。

 私の言葉を聞いて驚いたように面接官三人が顔を見合わせる。


「申し訳ございません。私の質問が不適切でした」

 女の面接官が謝ってくる。

 流石、業界第一位の都市銀行の総合職。


 私はこの面接に確実に落ちたことを悟った。

 急に軟化する面接官の態度。

 これは、お客様に対する対応。


 つまり私は採用しないが、ゆくゆくはお客様になるかもしれないから丁寧に接している。

 大学生の時とは違い、社会人経験のある私は色々な面が見えてしまう。


おそらく今回も不採用だろう。


 落ち込んだ気持ちのまま、家に帰ると林太郎の秘書と引越しのトラックが待ち構えていた。

 『フルーティーズ』を彼の会社のイメージキャラクターにする話は、3人娘が喜びそうだった。

 私は今の住まいではセキュリティー的に問題があるので引っ越す必要があるといわれ、有無をいわせず引越しさせられた。


 おまかせパックというやつなのか、引越しはゴミ箱の中のものまでそっくりと新しいマンションに移動させられた。


 一等地にある5ツ星ホテルのような部屋に戸惑ってしまう。


 部屋が広過ぎて、凄く寂しい気持ちになった。

 着信がたくさん来ていたので母に連絡を返した。


 仕事を辞めたことと、デート報道は嘘であること、アイドルを期間限定ですることになったことを報告した。


「雅紀くんはどうしたの?」

 母の当然の疑問に私は「別れた」とだけ応えた。

「そうか」とだけ言った母は、雅紀の母親とも仲が良いから私たちが別れたことを伝えてくれるだろう。


 ピンポーン!

 来訪を伝えるチャイムに扉を開けると、林太郎がいた。


 急に引越しをさせられたことを抗議すると、あのマンションだと私を守れないと言われ抱きしめられた。

 彼に1人の男として見て欲しいと言われたので、正直にそんな風には見られないと答えた。



 突然、彼にディープキスをされて驚いた。

 まるで蕩けるようなキスに、思わずうっとりしそうになった自分に引いてしまい彼を引き剥がし追い出した。


 急に彼を男として意識してしまって、心臓の音のうるささに戸惑いながら楽な部屋着に着替えていた。



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