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第29話 ギャップ攻撃がえげつない!(林太郎視点)

「俺じゃ勝てないってどういう意味?」

「そのまんまだよ。雄也はいつも自分より相手の気持ちを考えて動くタイプ。気遣いと思いやりでできた人間だから、彼に愛される子は幸せだよ。林太郎とは真逆」


 兄の話ぶりだと、まるで俺と付き合うと女は不幸になるようだ。

 女と付き合ったことなど一度もないから、誰も不幸にしていない。

 その場限りの逢瀬を適当に楽しんで、さよならしてきた。


 別に変なストーカー被害にあった訳でもないし、俺に寄ってくる女は軽い女ばかり。

 皆、俺のようなルックスと財力がある男の前ではなんでもする女。

 きらりに恋愛対象外だと迷惑がられて戸惑っている。


「俺、本当に彼女のことが好きで幸せにしたいと思っているんだけど⋯⋯」

「林太郎は俺が為末家から距離をとったのを、母さんが原因だと思ってるだろ」

 兄が為末家から距離をとったのは間違いなく母が原因だ。


 母は再三、兄の嫁の政子さんを「太り過ぎ」「その顔で良く生きてこられた」と口撃していた。

 ついには、子供のことまで貶したので痺れを切らして兄が嫁と子の精神を守るため距離をとったと思っていた。


「政子と会った時、俺に中身で選んだんだねって言ったの覚えている? ルッキズムの権化の母さんに言われるより、あの言葉が政子には辛かったみたいよ」

 俺が考え込んでいたところに返ってきた兄の言葉は俺にとって予想外だった。


「なんで? 中身があるって褒めてるじゃん」

 政子さんは賢く知識も豊富で話してて面白い人だった。

 これから長い人生を歩むのに、今、ただ美しいだけの女ではなく中身で選んだ兄を賞賛したつもりだった。

 政子さんを見た時、確かに外見や女としての魅力は全くないと思った。

 そんな彼女の隠れた魅力を讃え、外見に囚われなく人を見れる兄を評価したつもりだった。


「中身で選んだって伝えるのは外見を貶しているのも一緒。お前は思ったことを口に出して、やりたいことをしているだけのつもりだろうけど相手を傷つけていることに気がつかない」

 兄の言葉に俺は何と返して良いか分からなかった。


 先程、きらりも辛そうな顔をしていたからだ。

 自分は今まで世渡り上手だと思っていた。

 しかし、兄の目にはそう映っていない。

 俺は人の気持ちの分からない、酷く言えばサイコパスだと評されている。



「兄貴、政子さんに謝っておいて。傷つけるつもりなんてなかったんだ」

「ごめん。俺も言い過ぎた。でも、本当に林太郎がその子が好きなら、自分の気持ちよりもその子の気持ちを優先してあげた方が良いと思うぞ」

 電話を切った後も、兄の助言がずっと頭に残っていた。


 きらりは明らかに俺に恋心を持っていなくて、俺とは友達でいたいと思っている。

 彼女のことを思うなら、友達に戻ってやるのが正解だろう。


 俺は突然引越しさせられ戸惑っていた彼女にキスしたことを謝ろうと思いきらりの部屋に急いだ。


 ピンポーン!


 「はーい!」


 インターホンがあるのに、また確認もせず扉を開けるきらりの危機感の無さに不安を覚えた。

 今すぐ俺が彼女を押し倒す確率を考えていない。

 力の差は歴然で、俺はやろうと思えばすぐに彼女を自分のものにできる。

 テクニックには自信があるし、渋谷雄也が自分より上の男だとも思っていない。

 今まで女を自分から落とした経験などないのに、俺に落とせない女はいないという自信があった。


「林太郎! どうしたの? お腹すいたの?」

 部屋着姿で俺を出迎えた彼女は明らかに泣き腫らした後だった。

 何だか弱々しくて守ってあげたくなるウサギみたいだ。

 押し倒して、メチャクチャにして無理やり自分の女にしてやろうと一瞬でも思った俺は罪人。

(キュンとする⋯⋯可愛すぎる)


 ずっとカッコいい女と思っていた彼女が、とんでもない可愛い女だと気がついた。

 繊細なのに強がる彼女がたまらない。

 こんなに可愛い生物を地上は生み出していた。


 俺は無防備に扉を開ける彼女を押し倒してやろうと邪心があったが一瞬で消えた。

 そして、聞き分けの良い男のように彼女を諦め、安心安全の渋谷雄也に引き渡してやろうと冷静に思い直す。


(ギャップ攻撃がえげつない! 諦める決心が揺らぎそうだ)


 渋谷雄也の可愛いデザインのネックレスのプレゼントを思い出した。


 彼は彼女が歌っていたところを見て惚れたと言ったが、おそらく泣き顔を見て完落ちしたのだろう。

 彼女の誕生日といえば、彼女が14年付き合った元カレから振られた日だ。

(こんな姿見たら一生守ってあげたいって思って、プロポーズするよな⋯⋯)


 おそらく、可愛いぬいぐるみをプレゼントした元彼もこの激カワな彼女を知っている。

 カッコいい彼女しか知らなければ、ダンベルをプレゼントしていたはずだ。


「お腹すいた! なんか食べさせて! それから俺の告白は忘れて! さっきまで、泣いてたでしょ。俺、すぐ泣く女って苦手なんだ」

 俺は彼女が望む、「友情関係」に戻るために自分の気持ちに嘘をついた。





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