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第28話 林太郎じゃ雄也には勝てないよ⋯⋯。(林太郎視点)

 渋谷雄也は見るからに「影がある男」だが、俺もまた隠れ「影がある男」。

 一見、明るそうに見える俺だが一人行動が多く結構孤独。強い信念もあるし、歳の割には落ち着いていると言われる。

 どうやら、ありのままの俺で良いらしい。


 あとは、きらりに本当の俺を知って貰えば、実は「影のある男」である俺の魅力に気がつきそうだ。


 念の為、「渋谷雄也の」欠点を探り、彼を引き摺り落としておいた方が良さそうだ。

 俺は「渋谷雄也」をネットで検索した。

 いくら調べても、悪い情報が上がってこない。

 「チッ、裏アカとかもないか⋯⋯」


 俺は意を決して、立ち上がり自分の部屋に戻る。

 渋谷雄也と同級生だった兄を召喚する事にした。

 彼なら、渋谷雄也の過去のやらかしを知っているかもしれない。



 俺はシンガポールに住んでいる兄に電話した。


 5コールで兄が電話に出る。



「兄貴、久しぶり。元気してた?」

「林太郎、久しぶりだな。お前が電話してくるなんて珍しい。何かあったか?」

「⋯⋯」

「あれ? 電話遠いか? 林太郎、社長就任おめでとう。流石だな。おーい! 聞こえてるか?」

「⋯⋯」


 兄の言う通り、俺が兄に電話するのは何年振りかも分からない。俺と兄はあまりベタベタした兄弟ではない。俺も兄も個人主義。

 久しぶりの電話で同級生の過去の失態を探る弟。

 客観的に考えて、気恥ずかしいことをしているが今は背に腹は変えられない。


「⋯⋯あのさ、兄貴の友達に渋谷雄也っていたじゃん。なんか、悪い噂とかってないの?」

「雄也がどうした? あいつは若くして苦労人だよ」


 俺はリビングの黒革のソファーに座りながら頭を抱えた。

 「苦労人」だとか如何にもきらりが好きそうなエピソードが欲しいんじゃない。

 実は隠し子がいるとか、何股もかけている遊び人だとかネガティブなエピソードが欲しい。



「そういう話じゃなくて、二股をかけた上に女をボロ雑巾のように捨てた話とかないの?」

 真面目そうに見えて実はチャラ男。

 そういうエピソードがあれば、一発で渋谷雄也を倒すことができる。


「雄也は研修医時代に父親が倒れてからは、恋人も作らずひたすらに勉強してたよ」

 渋谷雄也は割と自由にやってきた俺とは真逆の人間のようだ。

(俺がダークサイドに落ちてる⋯⋯だと?)


 でも、ダークサイドの何が悪い。

 品行方正に振舞って負けてしまったら意味がない。

 サッカーだって、審判の見えないところでダーティープレイをしている。

 俺が今戦っているのはルールのない恋愛という戦場。

 だから、いくらダーティープレイをしても許される。


「もう、この際なんでもいいや。学校で消化器で遊んでてぶちまけたとか、女子更衣室を覗いてたとかないの?」

「ないよ。そんな話。そもそも、高校まで男子校だし」

「そっか、男子校⋯⋯実は高校に元カレがいたとかいう話もないの?」

「ないよ。何で勝手に雄也をゲイにしてるんだよ。大学の時は普通に彼女いたぞ」


 兄は俺の真剣さが分かっていないのか、少し笑ってしまっている。

 俺は今とても困っていて、初めて兄に助けを求めている。


「その大学時代の彼女の妊娠が分かった途端、捨てられたとかいう話は⋯⋯」

「ないよ! 雄也が忙しくなって普通に自然消滅したんじゃないかな。そんな悪い奴じゃないから。めちゃくちゃ良い奴だから雄也は」

 俺は兄の言葉にガックリと肩を落とした。


 渋谷雄也に惹かれているきらりに、彼のダーティーな部分を教え失望させる。

 小さな恋をしていた事に気がつき落ち込むきらり。

 その心の隙間に入り込み彼女をゲット。

 もう勝利までの道筋は見えている。

 恥を忍んで兄に協力を頼むのみ。


「⋯⋯どうしたんだ? 無敵の林太郎がダークサイドに落ちてる気がするけど、何かあったのか?」

 電話先で少し考え込んでいたような兄が少し心配そうに話し掛けて来る。


「好きな子が被って、どうしても譲りたくないだけ⋯⋯」

「雄也も恋愛する余裕ができたんだな。父親が亡くなって病院継ぐことになって、昨日まで研修医だったような若造と舐められて大変だって言ってたのに⋯⋯俺は雄也を応援したいな。林太郎は別に他の女でもいいだろ」


 俺は実の兄にも自分の恋心を軽んじられているのに衝撃を受けた。

 そして、俺から見て渋谷雄也は腹黒さを感じるのに兄の彼の評価も抜群だ。



「兄貴は俺を応援してくれよ。兄貴が為末家から距離をとって家だって俺が継ぐことになったんだから」

 別に家を継ぐことは嫌ではない。


 でも、本来ならば俺がやらなくて良かったことなのに、兄貴が嫁さんを連れて海外逃亡したから今こういうことになっている。

 兄貴は俺に借りがあるはずだ。


「応援しても、林太郎じゃ雄也には勝てないよ⋯⋯」

 少し間があって返ってきた兄の返答は意外なものだった。


 俺は人生で誰かに敗北を味合わされたことはない。

 女には嫌ってほどモテた記憶しかなく、そっけなくされたのはきらりが初めてだ。

 せっかく本気になった恋なのに、負け戦だと身内から言われる。


 今まであった無敵感が足元から崩れ去る。

 なりふり構わず本気になれば手に入れなれないだろうか?

 俺は様々な企みを思い巡らせていた。

 自分が負けるようなことは、想像もできなかった。


 きらりは今まで見てきた女とは違って変な拗らせ方をしている。

 そして、俺は自分から女にアプローチした事がない。

 来るもの拒まず、去る者追わず。

 俺は自分が必死に追わないと、始まらない恋を前に初めて壁にぶつかっていた。


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