目次
ブックマーク
応援する
1
コメント
シェア
通報

第27話 ちょっと、何するのよ!(林太郎視点)

  彼女は別れた男から貰ったぬいぐるみを大切にするタイプだから、思い出を重んじる性格なようだ。

俺はこのマンションのセールスポイントを彼女にアピールすることにした。


ここはプライバシーが守られるマンション。

コンシェルジュが暴走しない限りは安全。

しかも家具付きなので、引っ越した今日からホテルのように暮らせる。


「家具の趣味合わなかった?」

「えっ? 家具? 素敵だね。デザイナーズ家具だよね」


きらりがダイニングの椅子を興味深そうに見ている。海外の新進気鋭のデザイナーが手がけた椅子。座り心地も良いと評判だ。


「その椅子好き?」

「いや、やっぱりお洒落だなって思って」


 俺はきらりの手を引き、リビングのショッキングピンクの布地のソファーに座らせた。


「うわ、フカフカ」

きらりが楽しそうにソファーに座っていて嬉しそうになる。


「このソファーは好き?」

「座り心地は良いけれど、私には色が可愛すぎるかな」

きらりが照れたように頬をポリポリしている。


「きらりは可愛いよ」

真剣な眼差しで口説き文句を言うが、全く彼女に聞いていない。

きらりが今度はリビングのサイドテーブルを触った。

曲線を描いたこのガラスのサイドテーブルは昨年グッドデザイン賞を受賞したものだ。


「そのサイドテーブルは好き?」

「お洒落だけど、ガラスって割れそうだよね」

きらりがサイドテーブルをツンツンしながら呟く。


「いや⋯⋯強化ガラスはそう簡単に割れませんから⋯⋯」

「そうなんだ。今は凄い素材があるんだね」

 俺はため息をついた。

 俺と2人きりにいる時、きらりは全く恋愛モードになっていない。

 渋谷雄也と3人でいる時の方が、恋愛スイッチが入っていた。

 そして、俺が先程からきらりの口から「好き」と言う言葉を引き出そうとしているのに全く気がついていない。


『これ、好き?』

『好き』

『あれ、好き?』

『好き』

『俺のことは、好き?』

『⋯⋯好き?』

その身体の部分が「ひじ」なのか「ひざ」なのか分からなくなる質問クイズのように彼女に「好き」を言わせるつもりだった。

「好き」と言わせてドキッとさせ、恋愛モードを引き出そうと思ったが失敗。


俺も自分からアプローチをした事がないので、明らかにやっている事が中学生レベルになっている。

とりあえず、他人の恋バナでもして恋愛話に持っていく事にした。


「ここ、芸能人御用達のマンションで、倉橋カイトとかもいるよ。セクシー女優の彼女と同棲している」

「えっ? 倉橋カイトの彼女って黒田蜜柑じゃないの?」


 確かに公には倉橋カイトと黒田蜜柑は噂がある。

 黒田蜜柑は社長令嬢でイメージが良いから、女性受けの悪い本命彼女を隠すためのカモフラージュにしているのだろう。

 芸能人にとって大切なのはイメージ。

 昨今は、昔と違って恋人がいたらファンが減るという単純構造ではない。

 恋人が皆が認めるような人ならアリ。

 黒田蜜柑のような生まれからして容姿と能力を備えている女なら認められる。

 逆にカップルで応援して貰えるケースさえある。



「まあ、大学生と中学生が付き合うわけないか⋯⋯」

 続いて言ったきらりの言葉を俺は見逃せなかった。


 倉橋カイトは18歳で、黒田蜜柑は15歳。

 2人はたった3歳差で、きらりと俺は5歳差だ。


 きらりは度々俺を子供扱いする。

 おそらくそうする事で俺とは恋愛関係にならないと一線を引いている。

 5歳差なんて気にする小学生と高校生の時ならまだしも、今気にする年齢差ではない。


「きらり、俺は今25歳で十分大人の男だよ。きらりのことが好きで仕方がない1人の男として扱って欲しい」

「ごめん、本当に林太郎のことはそんな風に見られないんだ」

 間髪入れずに断りを入れてきた彼女の言葉に俺の中の何かが切れた。


 気がつけば俺は彼女の頭を押さえ込んで深いキスをしていた。

 彼女の口の中が甘くて頭がとろけそうになってくる。


「ちょっと、何するのよ!」

 しばらく放心として俺のキスを受け入れていた彼女は我に返ると、俺を突き放し部屋からつまみ出した。

 外に追い出され、自分が思いの外ショックを受けている事に気が付く。


「やばい、泣きそう⋯⋯」

 こんなにも人に拒絶されたことがなくて、その拒絶してくるのが初めて本気で好きになった人で俺は泣きそうになった。


 渋谷雄也というライバルがいようと、結局は自分が好きになれば彼女を手に入れられると思っていた。

 廊下のスペースにある白い革張りのソファーに座りしばらく考え込む。

 諦める選択肢なんてないけれど、これ程、脈がないとは思わなかった。


「好みじゃないと言う事か⋯⋯」

 俺は恐ろしい結論に辿り着いていた。

 俺にも好みがある。

 日本では童顔の低身長の子が人気だが、俺は海外生活が長かったせいか高身長の美人が好みのタイプ。

 実は中身だけでなく外見もきらりは俺の好みのど真ん中だ。


 俺は万人受けするイケメンだと自負していたが軽薄そうに見える陽キャな見た目。

 比べて、渋谷雄也は誠実そうだが、闇がありそうな神秘的な男。

 俺は渋谷雄也がどこか影があるような雰囲気を持っていたのを思い出した。

(きらりは、ああいう大人の色気がある男が好きなのかな⋯⋯声も低め的な⋯⋯)


 きらりが影がある男が好きなら、影のある男を目指しても良い。

 俺は初めて人に合わせようとしていた。


 手元にあるスマホで「影がある男」について検索する。


 ーいつも冷静で落ち着いた雰囲気がある。

 ー一人行動が多くどこか孤独感を感じさせる。

 ー強い信念があり、周囲に流されない。


 「あれ、これ俺じゃね?」

 俺は重大な事実に気がついてしまった。







この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?