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第11話 渋谷さん、ルナさんなんでここに!

 14時になったので、私は成田さんと交代をして4階の事務所に行った。

「友永社長、『フルーティーズ』のダンスの振り付けを考えてきたので3人を呼んでもらえますか?」


「今、苺と桃香しかいないのよ。りんごは今日は学校行くって言っていたから後で来ると思うけど、2人はレッスンルームにいるから行きましょ」


 私はふと『フルーティーズ』の3人が昨日は学校を休んでいることに気がついた。

 それに苺と桃香は今日も学校を休んでいるようだ。


 義務教育だから学校に行かなくても卒業はできるかもしれないが、彼女達の将来が心配になってきた。

 隙を見て将来恥ずかしいと思わない程度に学力をつけさせた方が良さそうだ。


「こんにちは。昨日しっかり自己紹介できなかったけれど、梨田きらりと申します。今日は新しいダンスの振り付けを覚えてもらいますね」


「苺です。梨子姉さん。とりあえず踊ってみてくれますか?」

「桃香です。私も最初に梨子姉さんのダンスが見たい」

 苺と桃香は私をなぜか梨子姉さんと呼んだ。


 苺は昨日のブリブリした自己紹介からはかけ離れた体育会系の娘だった。

 桃香は最年少らしく甘えた感じがする子だ。


 私が鏡の前で拍を取りながらダンスを踊ると苺の口撃が始まった。


「がっかりっすわ。梨子姉さん、そのレベルで本当にオールジャパンのテッペンとったんすか? もしかしてウチら舐められてます? 本気で来てください。私、プロのパフォーマー目指してるんで!」


 苺は私の考えた振り付けが気に入らなかったようだ。

「私は良いと思ったけどな。可愛くて流行りそう」

 桃香は可愛く言ってくるが、私は苺から売られた喧嘩を早く買いたい。


「プロのパフォーマーって、苺はどんなアイドルになりたいの?」

「私、将来的にはラスベガスでカイコ・デ・オレイユの一員として観客を沸かしたいんです。その目標に向かう過程で今、私の年齢でパフォーマンスを大衆に見せれるのがアイドルって訳っす」


 カイコ・デ・オレイユと言えば世界一のサーカス集団と言っても良い。


 つまり苺の目指すところは野球選手でいうメジャーリーグだ。

 それならば、私も自分の持ちうる全てを出して本気のパフォーマンスを彼女に教えたい。


「すごい! そんな将来のことまで考えているんだね。なら、『フルーティーズ』もプロのパフォーマンス集団を目指すか」


 「えー! 私はそんなキツイのは無理だよ。運動神経切れてるもん」

桃香が甘えたような声で首を振っている。


「桃香、運動神経はみんな繋がってるわよ。桃香はどんなアイドルになりたいの?」

「うちはママがアイドルになりたかったんだけど、うちを妊娠して諦めたんだって。だから、枕やってでもアイドルになる夢を叶えて欲しいってママから言われてるんだ」


 桃香が13歳なのに、「枕」だなんて言葉を知っているのにショックを受けた。

 「枕やれ」だなんて言う毒親がいるとは驚きというか、一度考えを改めさせる為にも保護者面談しておく必要があるだろう。


「枕なんてやっちゃダメよ。自分を大事にしなきゃ。あと、ハグ会をしてCDを売っているみたいだけど、あれもこれからはなし。何を触ったか分からない手で触られるのは嫌でしょ」


「確かに。うちは蝉の抜け殻触った手で触られたりしたら気持ち悪いかも⋯⋯」

 ここで、「蝉の抜け殻」という桃香が幼い感じがして可愛かった。

 でも、なんだか言動からも彼女はとてもアンバランスな気がする。


「私もハグ会やめるのは賛成っす。でも、本気のパフォーマンスは教えてください。私、蜜柑にだけは負けたくないんすよ」

「なんか、蜜柑のやつ倉橋カイトと撮られてリアルタイム検索1位になってたね」


「蜜柑とはどうして拗れちゃったの?」


 私は友永社長から聞いて理由がわかる気がしたが、本当の理由を本人たちに尋ねていこうと思った。


「蜜柑はいつも私たちを見下してたからかな。倉橋カイトとファンタジーランドなんてうちらじゃ絶対いけないっす。でも蜜柑は有名デザイナーの娘で倉橋カイトはそのブランドのアンバサダーなんだ。だから、彼女はそのコネを利用して、今度は写真を撮らせて男を利用してどんどん上がってく仕組みっす。この業界ってコネが1番効くんっすよ」


「うちらは要するに何も持たざるものの嫉妬を蜜柑に持ってたわけだ」


 私はまだ幼いアイドルを目指す2人が現実を見えすぎてて少し哀れに思った。

 純粋に必死に頑張っててもコネを持っている人には叶わないと嫉妬しては現実に失望している。


「負けないよ。本当に必死に頑張っていれば、裏道通ってくるやつになんて絶対に負けないから」


 私は30年生きてきて、本当は努力は報われないことも、人には裏切られることも知っていた。

 それでも、苺や桃香には絶対にそんな風に思ってほしくなかった。


「ちわーっす。大会近いんで部活で遅くなりました」

 遅れてきたりんごが体育会系の挨拶をしてきた。


「りんごは、走り高跳びの東京都代表なんっすよ」

 苺が教えてくれたりんごの情報に私は血が騒いだ。

(このチーム、ポーテンシャル高いわ。一流のパフォーマンス集団になりそう)


「梨子姉さん、超美人だけど今まで御曹司とかIT社長を捕まえられなかったんですか? だからその年でアイドルを?」

 昂った心に、りんごはなぜだか鋭利な刃物を刺してきた。

 私は振られたばかりで恋愛や結婚に対して考える気にもなれず、今は指摘されるのも辛い。


「いや、私は『フルーティーズ』を世に広めたいと思っているだけで、裏方に徹するつもりだから」


 りんごはリッチマンを捕まえることに価値を感じる子なんだろう。

 私は現実主義なので、同じようなバックグラウンドを持った人と結婚したいタイプだ。

 だから、長い間関係を深めてきたと信じていた雅紀との結婚を夢見ていた。


「梨子姉さんが本気なら、自分がうちらの仲間に入らないことはないですよね。ガタイ的にも姉さんが入らないとリフトができません」


 苺が真剣な表情で言ってくるが、きっと彼女は私がチアリーダーの日本代表として活躍していた時の動画を見たに違いない。

 なんだか学生時代に必死に取り組んだチアを思い出し、また気持ちが熱くなってくる


 苺は煽るのが上手く、私は簡単に乗っかってしまった。


「分かった。私も一員として入るよ。こうなったら度肝抜くくらいのパフォーマンスをしてやろう」

 そのように、上手いくらいにのせられた私は『フルーティーズ』を本格パフォーマンス集団にするべく本気の練習をしだした。

 今、定職も失い、お金もなく、人生詰んだ状況で、一周回って無敵な気もしてきた。


 三十路が中学生アイドルの中に入ったら痛々しいだろうが、今の私は客観的に見ても十分痛い大人だ。

(もう、こうなったら痛々しさを極めてやる!)


 誰に笑われても良いから、もう1度この頑張り屋の子達と頑張ってみようという気になった。


 それくらい、3人娘はピュアで一所懸命で私には魅力的に見えた。

 結局、本気を出した私は足が生まれたての子鹿くらい疲れてしまってそのまま帰宅した。

(どうしよう、ハローワーク今日も寄れなかった⋯⋯)


 定職に就かないと、月15万円の家賃は払えなくなる。

だけど、もう特訓で疲れすぎていて家で泥のように眠りたかった。


「渋谷さん、ルナさんなんでここに!」


 渋谷さんとはもう会いたくないのに、マンションの前でルナさんと一緒に明らかに私を待っていた。

(昨日は、ルナさんと私を会わせたくないって言っていたのに何で彼女を連れてくるの?)

 昨日のキスの記憶も蘇ってきて私はとても気まずい気持ちになった。







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