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第8話 私、もう恋愛はする気はないんです。

 為末さんは10分もしないうちに戻って来た。


「ファーストフードでよかったですか? とにかく腹を埋められるやつと思って買ってきたけど、ダイエットとかしてましたか?」

 私が料金を払おうとすると「流石に奢らせてください」と首を振られた。


 私はちょうどジャンクフードががっつり食べたかったので、ドンピシャで買ってきてくれて嬉しかった。


「私、別に太ってないでしょ。実は毎日腹筋200回やっているせいか、太り難い体質なんです。ポテトをがっつり食べたい気分だったんでありがたいです」


 私は実は根っからの体育会系だ。

 腹筋200回と腕立て伏せも200回、毎日するのが日課になっている。


「腹筋200回ってすごくないですか? もしかしてシックスパックだったりして」


 すかさず私のシャツをめくってこようとする為末さんを見て、雅紀を思い出した。


 こうやって嫌らしいことも悪気ない感じでしてきて、距離を詰められるのが雅紀だった。

 しかし、雅紀はイケメンじゃないけれど、為末さんはイケメンなので途端に緊張してくる。


「ちょっと何、服を捲ろうとしているんですか? セクハラです」 


 私がいうと為末さんが歯を見せて無邪気に笑った。

(なんだか彼って怖いもの知らずで、本当に若いな⋯⋯)


「こんにちは。あれ、バイトさん変わった? お姉さん、超美人じゃん。次のコマまでここで待たせてください」


 チャラそうな若い学生さんが私を見るなり、受付にある椅子に座った。


 教室に入るまでの途中に受付兼事務室がある。

 1日5コマから6コマの授業があって、授業の途中の入室は許されない。


 ここの生徒さんだろうと思って私が自己紹介をすると、彼も面倒そうに自己紹介を返してきて少年漫画を読み始めた。


 その姿に、私は浪人中も危機感を持たず漫画を読んでいた雅紀を重ねてしまった。


「ここで、待つのは良いんだけど、今、あなた授業に遅刻してきてるんだよ。せめて画面で授業を見たりしようよ。安くないお金をこの授業に払ってるんだからさ」


 私は事務室にある小さい画面を指差した。

 この画面は教室にプロジェクターでうつしている大画面と同じ内容をうつしている。


「なんか、うるせえな。あんたに関係ないでしょ」

 偉そうにまた漫画を読みだす男の子にため息をついた。

 これだから学生気分の若い子って嫌だ。


「関係はないかもしれないけれど、君のことを思って言ってくれてるの分からない?」

 為末さんが静かな低い声で言うと、彼の存在を今やっと確認したような生徒さんが急に勉強をはじめた。


「ありがとうございます。やっぱり、男の子にはガツンと言ってくれる男の人がいてくれる方が良いんですね」


 私がひっそりと為末さんの耳元で囁くと、彼は嬉しそうに笑った。


 次の授業のコマが始まったところで、遅刻した男子生徒が教室に入って行った。

「為末さんも仕事に戻った方が良いんじゃないですか?」

「そうだね。ねえ、明日から一緒にランチ食べませんか?」


「いや、実は私明日からの予定もよくわからないです。交代時間が午後2時だとだけ聞いてます。明日は午前9時にくるように言われたんですが、それ以降の予定もわかりません」


 私がそういうと、為末さんは引き出しを開けてシフト表を見つけ出してきた。

(他社の人なのに勝手に引き出しを開けて自由すぎる⋯⋯)


「ほら、シフト。今日辞めた子のところに梨田さんが入ると思いますよ。だから、それに合わせてお昼時に寄って良いですか?」


「為末さんと私ってランチをするような仲ですか? お昼を一緒に食べることで同じ会社の同僚と仲を深めたりした方が有意義だと思いますよ」


「今、一緒にランチ食べる相手がいなくて困ってるんですよ。奢るからさ、一緒にランチを食べましょうよ」

 社交的でイケメンのリア充にしか見えない彼が、ランチを一緒に食べる相手がいないようには見えない。

 しかし、「奢る」という言葉は金欠の私にとってはありがたい。

 それでも、彼が私に気があってこんな提案をしてくるのであれば最初に断っておくべきだと思った。


「私、もう恋愛はする気はないんです。それに元々年下って魅力を感じたことがありません。ただのランチ友達として私のこと見てくれているなら、ご一緒します」


 彼から、「お前の方が恋愛対象外だ!こっちから願い下げだ!」と罵倒されるかもしれない。

 それでも万が一こんな若い子が私に想いを寄せて、時間を無駄にしては申し訳がないと思った。


「⋯⋯俺ってそんなに幼く見えるんですね。確かに、まだ自分では何もできてない気もします。俺は梨田さんともっと話したいだけだから、そんなに警戒しないでください。それに年下の俺に敬語もおかしいです。仲良くなりたいので林太郎って呼んでくれませんか?」


 私は戸惑ったように話してくる為末さんを見て、彼を傷つけたと思った。


 そして、前の会社でも男の人はよく1人で、ランチをしていたのを思い出した。


 彼のように話好きだと一人でランチをするのも寂しいだろう。


 私も図々しいかもしれないが、ランチを買ってきて貰えてここで食べられる生活は助かる。

 何よりも彼は雅紀のイケメン版のようで、親しみやすく話しやすい。


「林太郎! 私のこともきらりって呼んでくれる? 敬語もいらないよ。私の方が精神年齢幼そうだし」

「きらり! 可愛い名前だね。そういや、『イケダンズ』のファンなの?」

 林太郎が成田さんから預かったC Dを見て尋ねてきた。


「別にファンとかじゃないよ。ここで働いている成田さんから預かっただけ」

 私はアイドルに全く詳しくない。

 スポーツ以外のテレビをほとんど見ないから、このCDのアイドルの子たちも知らない。


「そうなんだ。じゃあ、この中で誰が好み?」

「いやあ、こういう若くてキラキラした子が苦手かな。有名な子たちなの?」

 この中で誰が好みかを聞かれても、全員知らないし若すぎて好みじゃない。


 つまり、私はアイドルにハマる人間の感性を持っていないということだ。

 3人娘を売り出す為にもアイドルについて勉強した方が良さそうだ。


「ちなみに『イケダンズ』はセンターにいる倉橋カイトが1番人気。貧乏OLを溺愛してくる御曹司役で人気になったんだけど知らないのか」


「私は御曹司のどこが良いのかわからない。社長の息子ってだけでだけでしょ、魅力を感じないなー」

 昔も貧乏女子高生が御曹司から溺愛される漫画が流行ったが、いつの時代も玉の輿に乗りたい子は多いようだ。

(そんな苦労知らずの御曹司とは上手くいかないと思うんだけどな⋯⋯)


「⋯⋯そうなんだ。俺はダイエットとか気にしないでポテトとか美味しそうに食べちゃう子が好きかな。あと見かけとのギャップが強い子とかも魅力を感じる」


 林太郎とは結構打ち解けられたようでホッとした。

 前は玲香とばかりお昼を食べていたが、今はどこでランチをして良いのかも分からない。


 1人で食べるよりは誰かと食べたりしたい。

 林太郎は若い割にはしっかりしているし、これからのランチ友達ができたようでその時は嬉しいと感じていた。



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