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第3話 きらりが俺からの1番の寵愛を受ける側室だと思ってくれれば良いかな。

 怪しいピンクカーディガンの男と対峙していると、聞き慣れた声と共に雅紀が現れた。


「きらり! しっかり、話そう」

 息を切らして走ってきた彼は、癖毛がいつになく爆発している。


「あの、すみません大切な話があるんで外して頂けませんか?」

 雅紀がピンクカーディガンの男に伝えると、男は私に名刺を差し出してきた。


「私、芸能事務所『バシルーラ』の友永寛太と申します。気が変わったらこちらにご連絡くださいね」


 先ほどまでの軽い感じとはうって変わって真剣な表情で友永さんが私に名刺を渡してきた。

「ラララ製薬の梨田きらりと申します」

私は咄嗟に癖で自分の名刺を出して名刺交換をした。

(会社はどうなっているんだろう⋯⋯明日出勤するのが怖すぎる)


「梨田! 素晴らしい苗字ですね! 本当に運命ですね! 梨田とは」

 なぜか、私の苗字に興奮しながら友永さんは去っていった。


「きらり! 驚かせたよな。本当は今日、ちゃんと話す予定だったんだ」

 急に雅紀が私を抱きしめてこようとしてきたので、思いっきり押し返した。


「話すって何を? 3ヶ月前に結婚って何? あの子妊娠までしてるって。いつ、ハワイになんて行ってたの?」


 結婚式は2人だけでしたのだろう。


 雅紀は周りに気を遣いたくないから、結婚式は2人だけでリゾートで挙げたいと言っていた。

 私は当然、彼が結婚相手として想定しているのは自分だと思っていた。


「興奮するなって。ちゃんと俺が1番好きなのはきらりだから。ルナが正妻で、きらりが俺からの1番の寵愛を受ける側室だと思ってくれれば良いかな」


 こんな時におちゃらけて話してくる雅紀に殺意が湧く。

 彼は顔はイケメンではないけれど、昔からお笑い芸人のように話が面白かった。


 私は、彼となら楽しい家庭を作れるのではないかと想像していた。

 彼は医大にもなかなか受からなくて笑える状況ではないのに、いつも明るかった。

 そんなどんな逆境でも笑っている彼を尊敬さえしていた。

(いや、今、本当にこいつって笑えないわ)


「何様なの? しかも、なんで無責任に女子大生を妊娠させてるの? あの子、休学までしたって言ってたじゃない? 彼女の人生考えるなら順序を考えなさいよ。そもそも、私がいながら何で⋯⋯」


 そもそも、私というステディーな彼女がいながら他の女を妊娠させて結婚までしているのに腹が立つ。


 それに、明らかに世間知らずの女子大生を妊娠させて休学までさせているなんて良い年した大人がやって良いことじゃない。


 私はいつもの癖で雅紀を叱っていた。


 雅紀は酔っ払って駅のトイレの扉を壊したり、火事でもないのに店の消化器をいじって噴射してしまい店を汚損したりした過去まである。


 その度に私は彼の母親のように謝って叱り、弁償をしたりしていた。


「魔が差したとしか言いようがないんだ。人数合わせに頼まれていった合コンでルナと会った。きらりのことを愛しているけど、最近、お前気を抜いてなかったか? なんか、オカンみたいに見える時があったぞ。そんな俺の心の隙間に入ってきたのがルナだったんだ」


 雅紀の言い分だと、まるで私が悪いようだ。


「はあ、もう良いよ。でも、慰謝料は請求するから。ルナさんはどうしたの? 妊娠初期で不安定な時期なんだから側にいてあげなきゃ」


「ルナは先に帰らせたよ。あのさ、慰謝料って何の? 俺たち別に婚約してたわけじゃないじゃん。そういうお前の金にうるさいん所が嫌だったんだよ。ルナは資産家の娘だし、将来的に開業するってなってもお金を出してくれるらしいんだ」


 雅紀の言い分にスッと胸に冷たい空気が入ってくるのを感じた。

 彼のいう通り、結納を交わしたり、婚約指輪を貰ったわけでもない。


 でも彼とは最近、毎日のように結婚の話で盛り上がっていた。

(彼にとって結婚がタイムリーな話題だっただけ?)


 私はてっきり自分の誕生日である今日にプロポーズされて、彼から婚約指輪を貰えると信じていた。

 きっと彼が私と婚約をしなかったのは、慰謝料を払わなくて済むようにだろう。


 彼はおちゃらけて何も考えていないように見せながらも計算高い所がある。

 その抜け目なさを頼り甲斐と勘違いしていた私はバカだ。


 私は彼に尽くしていて惚れ込んでいると思われていたから、いつでも切れるキープだったと考えるのが妥当だ。


 高校の頃付き合い始めの時は確かに彼の方が私に惚れ込んでいたと思ったが、いつの間にか私は彼にとって金づるになってたということだ。

 私の気持ちは病院で私を無視し、彼がルナさんにだけ話しかけた瞬間から冷めていた。


 だから、今、冷静に対処できる。


 14年以上も無駄にされて彼に復讐したい気持ちがあるが、彼が何も知らないルナさんのお腹の子の父親と考えると復讐する気がなくなった。

(700万円か、高い勉強料だったな⋯⋯)


「もう、いいわ。さようなら。もう、2度と会うこともないから」

 こんなにも自己中心的な雅紀の本性に気が付かなかった私が悪い。


14年以上も一緒にいたのに、本当に私は彼の何を見ていたのか。


 もう、結婚とか、男とかいらないから、とにかく明日からの仕事のことを考えたい。


「ちょっと、待てよ。俺、きらりの事も必要としているんだって。ルナは若くて可愛いんだけど、感情の起伏が激しくて疲れるんだよ。仕事やルナの相手で疲れた俺を癒す女としてきらりにはいて欲しい」


 私の腕をひき、キメ顔で語ってくる雅紀に本当にうんざりした。


「研修医! 人を大事にできない人間は医者に向いてないと思うぞ!」

 イケメンボイスに振り向くと、私より少し年上くらいの白衣の美しい男性が立っていた。

 そして、隣には顔を真っ赤にして明らかに怒っている富田ルナがいる。


「渋谷院長! 俺は彼女を大事に思っているからこそ、それを伝えているんです。彼女は俺のこと大好きで、俺の役に立つことを喜びと感じる女なんです」


 雅紀は慌てて白衣の男性に擦り寄っていく。

 とても若く見えるけれど、彼は院長らしい。


「私は、もう富田雅紀さんのことは好きじゃないので、ルナさんとお腹の子を大事にしてください。私はこれで失礼します」


 私がその場を立ち去ろうとすると、渋谷院長が私の肩に手をそっと添えてきてアイコンタクトをとってきた。


 私はイケメン院長に自分の恥ずかしい場面を見られていたのが嫌で、早くこの場を立ち去りたかった。


「雅紀、私と離婚して⋯⋯この子は私、1人で育てるわ」

 冷めたような声で静かに言うルナに驚いてしまった。

 私の会社で大暴れしていた時とは別人のように落ち着いている。


「ルナ! 何を怒っているんだ? そんな顔しているとお腹の子がママ怖いってなっちゃうぞ」

「お前、ふざけるなよ。日本は一夫多妻制じゃないんだよ」

 ルナは静かに雅紀の胸ぐらを掴んで低い声で言った。


「なんか、ヒートアップしてきそうだから、俺たちはもう行こうか」

 耳元で渋谷院長に囁かれ、私はビクッとしてしまった。

(なんか、この人イケメンな上に声が良すぎない? 院長を辞めても声優になれそう⋯⋯)


「あの、私、もう帰るんで⋯⋯」

「家まで送るよ、うちの研修医が迷惑かけたみたいだし」

 イケメンでイケボの若き院長が手を挙げると送迎車がきた。


 彼は慣れた手つきで私を運転席後ろの後部座席に乗せて、自分も白衣を脱いで隣に座る。


 私はその様子を映画でも見るように見ていた。

 ハイスペイケメンに優しくされて、ときめいても良いはずなのに私の心は静かに冷めている。

 この時、私はもう心に決めていた。


 もう、一生誰も好きにならないし、誰との未来も夢に見ないことを。


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