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第7話 君が欲しい(冬馬視点)

 城ヶ崎冬馬27歳。

 アパレルブランドの『ブルーミング』の副社長をしている。


 ルックスが良いせいか、女は黙ってても寄って来た。

 体を重ねても全く本気になったことはない。

 俺は女遊びは好きだが、女自体は嫌いなのだ。

 強かで計算高く吐き気がする。



 だから、後腐れない相手を選んで1、2度遊ぶだけにしていた。

 しかし、たまに重い女を引き当ててしまう。

 尻軽に見えて、体を重ねた事で本気になってしまう女だ。

 そういった女はストーカー化する。


 そのせいで、俺は2年に1回は引っ越しをするはめになっていた。

 普段はバイト率の高くなる引っ越し業者の繁忙期である3月末は避ける。

 しかしながら、モデルのEMAこと笹倉絵馬のメンヘラ具合は想像以上にやばく、一刻も早く引っ越さなければならなかった。



 引っ越し業者の人材難は年々酷くなるばかりだが、今回は大外れだと思った。

 明らかに3人はバイトで、唯一の社員は叩けば埃が出そうな男だ。

 そもそも、公共の温泉やプールにも入れない刺青入りの男を、新居に入れなければいけないこちらの身になって欲しかった。


 前回、アルト引っ越しセンターにお願いした時に時計を盗まれたので、ソプラノ引っ越しセンターに変えたがこちらもハズレだったようだ。


 仕事の電話がひっきりなしに掛かって来るが、前回の盗難騒ぎの教訓を生かし今回は引っ越し作業中ずっと見張っていた。


 案の定、照明を壊した事を隠蔽しようとしているソプラノ引っ越しセンターの社員の澤田優斗にため息が漏れる。


 そんな時に、俺に照明の弁償を申し出て来たのが、明らかにバイトの小柄な女の子だった。

 澤田が女の子に腹パンしていたところは見えていた。


 繁忙期だから、おそらく後2件は回るだろう。

 このメンバーだと、その間もトラブルが続いて彼女はまた危ない目にあいそうだ。

 俺は気がつけば目の前の正直過ぎて損をしている女の子を守ろうと、彼女を自分の部屋に置いて行かせた。


 女の子は小柄で透き通るような白い肌をしていた。

 澄んだ瞳に小さい口をしたその子は、揶揄いたくなるような可愛らしさがあった。

 彼女はいつも遊んでいるモデル連中とは全く毛色が違う。

 揶揄い半分の俺の行動は、真面目過ぎる彼女の逆鱗に触れ警察を呼ばれた。


 被害届を出すのを手伝っただけでお礼を言ってくる彼女のお人好しさが面白くて、揶揄って楽しんでいたら怒らせてしまった。


 可愛いけれど、潔癖過ぎる彼女は自分とは合わないと思った。

(そんな生き方してたら、絶対に損するぞ⋯⋯)


 もう、彼女とは会うこともないだろうと思った時に、笹倉絵馬に刺されそうになった俺を庇って彼女は倒れた。


 彼女は出血多量で意識を失い、一時は心停止して意識不明の重体となり目が覚めても障害が残る可能性が高いと言われた。


 俺は自分のせいで人が死ぬかもしれないという場面に直面して動揺した。

 多分、俺の親でさえも身を挺して俺を庇ったりしない。

 それなのに、俺を軽蔑しているだろう初対面の女が命をかけて俺を守ろうとしてきた。


 彼女がチューブに繋がれて、生死を彷徨っている間は気が気じゃなかった。

 彼女の身内に連絡しようとしても、彼女の持ち物には一切の身分証明書が入っていなかった。


 ソプラノ引っ越しセンターに提出していた履歴書から、彼女の身元を割り出した。

 彼女は未婚の母に育てられて、母を失った天涯孤独な身の上だった。

 千葉の港町で育った生まれ育った彼女は、真面目で優秀な子だと評判だった。

 しかし、中学校でイジメにあい、それから10年も引きこもりだったらしい。

(繊細過ぎるだろ⋯⋯)


 俺は彼女の亡くなった母親である桜田美亜を調べ始めた。


 国立大学を主席で卒業した彼女は4カ国語を操る才女として、業界大手の小山内食品に就職。新卒で社長秘書に抜擢されるも、2年で退社している。退社後、半年後には娘の未来を千葉の港町で出産していた。


 俺は未来の母親である桜田美亜の身に何が起こったのかを察した。

 彼女の就職した小山内食品の社長、小山内進は仄暗い繋がりも噂される上に女好きで有名だ。

 一回だけ遊んだモデルが、小山内食品のキャンペーンガールをしていた時に彼に手を出され妊娠して堕胎させられたと言っていた。


 未来の母親である桜田美亜も彼に手を出され妊娠させられたのだろう。

 そして、堕胎を迫られたが、キャリアを捨て田舎に逃げひっそりと出産し未来を育てた。

 小山内進の目につかないように、未来を守ったのだ。


 小山内進は裏社会との関係も噂される危険な男だ。

 それゆえに、彼女は貧しい生活を強いられても目立たぬように未来を育てるしかなかったのだろう。


 未来が目覚めて記憶がないのを良いことに、俺は気がつけば彼女の恋人だと嘘をついていた。

 おそらく、それは自分の願望みたいなものだったのかもしれない。

 魑魅魍魎渦巻くこの世界で、2度と出会えないような天然記念物のような純粋な女の子。彼女のような子に愛されたいと願ってしまった。


 俺の恋人だと聞いた彼女は、俺を素敵な人だと言ってくれた。

 でも、俺には彼女が自分と一線を引いている事に気がついていた。

 俺は彼女のことを知ろうと調べ尽くしたのに、彼女は俺を知ろうとしない。

 年齢も職業も全く聞いてこない。


 彼女を早く手に入れたくて、抱こうとしても断られた。


『キスとかそれ以上のことは絶対に結婚する人としかしたくないんです』

 彼女の言葉に今まで俺の頭になかった『結婚』という文字が浮かび上がった。



 最終的に後継ぎが必要だから結婚しなければいけないが、あと15年は結婚する気はなかった。

 でも、結婚で未来を繋ぎ止められるなら、彼女と今すぐにでも結婚したいと思った。

 自分の初めて持つ感情の正体が、恋なのか愛なのか分からない。

 ただ、2度と出会えないような女の子と出会って、絶対に手放したくないと強く思っていた。


 そして、今のままだと未来が記憶を取り戻したら、関係が終わることが俺には分かっていた。

 いつ彼女が記憶を取り戻して自分から離れていくかと思うと怖くなった。


 土曜の仕事は来月からファッションウィークが始まるので、行かない訳には行かなかった。

 未来にクレジットカードと現金を渡したのは、彼女に俺の金を使わせて記憶が戻っても直ぐに離れられないような罪悪感を持たせようと思ったからだ。

 クレジットカード会社にカードが使われたら直ぐに連絡をするように伝えた。


 仕事中も未来に記憶がいつ戻るのか怖くて気が気じゃなかった。

 明日、今季の秋冬のファッションショーをやるから、今日はそのリハーサルだ。


「副社長! RINAから昨晩、新居にお呼ばれしたって聞きましたよ。なんで、私を呼んでくれないんですか? こないだ、言われた通りに小山内社長の髪の毛を持ってきたのに。ご褒美くださいよ」

 体をくねらせながら擦り寄って来たのは、モデルの桃香だ。

 彼女は3年もの間、小山内社長の愛人をやっている。

 彼女自身も彼の子を堕胎した経験があるが、贅沢をさせてくれる小山内社長の元を離れようとしない。


 RINAはうちのブランドのランジェリーラインのモデルをしている。

 未来とサイズも同じだし、直ぐに新品の下着を持ってこいと言われれば在庫を持っていると思って連絡した。昨晩、彼女の事は直ぐに追い返したのに、他の子にマウントを取るために俺の新居に呼び出されたと都合の良い情報だけ流している。

(だから、女は嫌いだ⋯⋯)


 俺はDNA鑑定により小山内進と未来に親子関係がある事まで突き止めていた。


「桃香、俺はお前に毛髪の件は忘れろって確かに言ったよな。干されたくなかったら口を塞いで消えてくれる?」

 桃香は俺が本気で怒っている事に気がついたのか、そそくさとリハーサルに戻って行った。


 俺は昨晩のRINAとのやりとりを思い出し、自分の今までの女遊びがバレても未来は離れて行く事に気がついた。潔癖な彼女にとって俺のしてきた事は軽蔑の対象だ。


「ごめん、急用を思い出した。あとは、任せるわ!」

 俺は一刻も早く未来を手に入れる為に、婚約指輪を買いに走った。



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