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第6話 彼は味方

 本当に酷い話だ。


 私が中学時代に受けたイジメは犯罪に値する。

 教科書は落書きだらけでビリビリに破かれ、ノートは真っ黒に塗りつぶされた。

 給食には、いつも食べ物ではない何かが浮かんでいた。


 中学生というだけで、それが罪に問われない。

 イジメという軽い言葉で片付けられる。

 私は人が怖くて仕方ない程に追い詰められたのに、私をイジメた人たちは普通に笑って生活している。


「鈴村さんと江夏君なんて、本当にお似合いのカップル」

 気がつけば声に出ていた言葉に自分でも驚いた。


「お似合いでしょ。ありがとう。なんで、こんなところに桜田さんがいるの? なんか、あんたみたいなのがいるだけで高級タワーマンションが貧乏臭くなるんですけど⋯⋯」

 鈴村楓は相変わらず歪んだ顔で私を蔑んで来た。


「桜田さん、今、どうしているの? こないだお母さん亡くなったよね?」

 江夏爽太は良い人そうな顔をして私を気遣ってくる。

 私にとっては、イジメられる私を傍観していた彼も同罪だ。


「爽太ってば、本当に優しいんだから。桜田さんが引きこもりになって高校にも行かなかったって有名な話じゃない。どうしてるも何も現在進行中でニートでしょ。お母様のお葬式ちらっと見にいったら、やばいくらいこじんまりしてたよ。ドラマに描いたような貧困層って存在するのね」


 どうしてこの世の中は勧善懲悪ではないのだろう。


 テレビドラマや小説では悪い奴はいつもコテンパンにされる。

 彼らは私を苦しめて楽しんだ悪い奴なはずだ。


 それなのに、彼らは成功者の象徴みたいなマンションにいて、過去にした理不尽な行いがなかったように笑っている。


「こんな所に何しに来たの? 配達? ハウスキーパー? 惨めにスーパーの袋なんて持ってて可哀想⋯⋯」

 私のことを馬鹿にする鈴村楓が憎らしい。


「鈴村さんには関係ないでしょ。私に話し掛けないで」


 心からの言葉だった。

 彼女みたいな人に自分の人生に関わって欲しくない。

 これ以上、自分の人生を彼女のせいで無駄にしたくない。


 たとえ彼女が強かさを駆使して今成功者として成り上がっていても、関わらないでくれるなら構わないと思った。


「あんたみたいな社会の底辺と関わるなんてこっちがお断り。私、今、モデルやってるんだ。爽太とは合コンで再会してさ。合コンって分かる? まあ、小卒じゃ行ったこともないか」


 私は中学校2年生から学校に行けていない。

 それでも義務教育なので中卒ということになっている。


「本当にあんたみたいなのがここにいるなんて不相応よ。この社会のダニが! わかった! パパ活してるんでしょ。あんたの母親も妾さんだったもんね。体売ってる女とか悲惨、きもっ!」

 私は母のことを侮辱されて頭の中の何かが切れた。

 母はどうしようもなくなった私を一言も責めず受け入れてくれた人だ。


「ふざけん⋯⋯」

 彼女を無視しようと思っても、母への酷すぎる侮辱に耐え切れなかった。

 くだらない奴らは相手にしないようにしようと思いつつも口を開いた私を止めたのは、冬馬さんだった。


 後ろから私を柔らかく抱きしめてきて、温かな温もりをわけてくれる。


「モデルってあんた誰よ。そんだけブスでどこのモデルな訳?」

「すっごいイケメン? もしかして、モデル仲間ですか?」

 冬馬さんの問いかけに興奮気味に鈴村楓が質問した。


「質問で質問で返すなんて頭悪いんだね。見たまんまの馬鹿女」

 冬馬さんが鈴村楓を睨みながら、私の左手の薬指にそっと指輪をはめてきた。


「冬馬さん? これは⋯⋯」

 見たこともないような大きな光り輝くダイヤモンドの指輪に私は見惚れた。


「江夏爽太です。三池商事のアパレル部門で営業をしています。一度ご挨拶した事があるのですが覚えて頂いていればありがたいです」

 江夏爽太が突然、冬馬さんに角度90度で頭を下げた。


「悪いけど、覚えてないわ。正直お前みたいな奴の事、知りたくもないけど!」

 私を抱き寄せながら冬馬さんは私にはめたダイヤモンドの指輪に軽くキスを落とす。

「冬馬さん、仕事は?」

「早く切り上げて来た。未来とできるだけ長く過ごしたくて。指輪、サイズがあってよかった。婚約指輪のつもりなんだけど、これで俺が本気だって分かってくれた?」


 彼が囁いてくる言葉に頭がこんがらがる。

 昨晩、確かに「結婚したい」と彼は言ってくれた。

 でも、その言葉を私は真摯に受け止めてはいなかった。

 彼が本気だったのなら、本当に失礼な話だ。


「分かりました。指輪嬉しいです、冬馬さん」

 自然と漏れた私の言葉に冬馬さんが顔を真っ赤にした。


「えっ? 何、誰なの?」

 鈴村楓の声が聞こえて気分が悪くなり胸を抑える。

 そんな私を慰めるように冬馬さんはコメカミにキスをしてくれた。


「城ヶ崎グループの『ブルーミング』の城ヶ崎冬馬副社長だよ。鈴村、お前、モデルなのに知らないのかよ」

 江夏爽太が鈴村楓に小声で耳打ちする声を耳が良い私は拾ってしまった。

 城ヶ崎グループといえば旧財閥の名家で、『ブルーミング』といえば私でも知っている業界最大手のアパレルブランドだ。



「初めまして、城ヶ崎様。私、モデルをしてます鈴村楓と申します」

 先程までのやり取りがまるでなかったかのように、優雅に気取った感じで鈴村楓が挨拶をする。切り替えが早く空気を読むのがうまい。私のように融通の効かない堅物とは真逆の女だ。


「お前の名前なんて興味ないけど、教えてくれてありがとう。未来を侮辱したんだから、当然この業界にいられないようにするから覚悟してろよ」


 冬馬さんはそう鈴村楓に言い放つと、私の持っていた買い物袋を掻っ攫う。


「こんな重い荷物を持つのは禁止! 未来は頑張りすぎないで⋯⋯俺に守られててよ」

 待ち侘びた高層階用のエレベーターが開く。

 冬馬さんは私の姿を2人から隠すように、エレベーターに入った。

 鈴村楓に江夏爽太⋯⋯どちらも二度と会いたくない2人だった。


「冬馬さん、私もあなたを守りたい」

 守られてばかりの現状に想いを馳せながら言った私の言葉に反応するように、彼は私を強く抱きしめた。



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