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最終話 冒険は終わらない



 『死皇神レム・ベアム』の死。

 それは死神ミュゴ、および準死神メルトに等しく伝わった。

 テレパシーに似た直感として。


「……レム・ベアムは死んだ。お前は自由になった。戦う意味はあるのか?」


 メルトの言葉をミュゴは笑い飛ばした。


「わかっているくせに。あんな奴は関係ない。ボクが望むのは――キミとの決着だけさ!」


 ミュゴは一撃必殺の武器を抜き放った。


 星殺死ほしごろしのミュゴが使いこなす、最強の『ハーベスター』。

 その正体を探る鍵は、『魔星』での戦いのあとに見つかった。


 アーウィル本体とドロイドには、それぞれ宇宙標準時計が内蔵されている。

 しかし、『魔星』でミュゴに斬られたドロイドを修復する際、本体との間に0.001秒の誤差があることがわかった。

 そこから推察できることはひとつ。


 ――やつは時空を切り裂いている。それが見えない攻撃の正体だ。


 今まさに、時間と空間を超越する攻撃がメルトを捉えようとしていた。

 が、しかし。


「う……?」


 ミュゴが己の目を疑う。

 見えない攻撃が、時空の狭間に滑り込むはずの必殺武器が、

 メルトの鼻先で空中に静止したそれは、十字架と手裏剣と回転ノコギリをかけ合わせたような、荘厳かつ機能的で凶悪な造型をしていた。


 『ハーベスター・ジャンヌ』。


 時空の狭間に潜み、本来は観測すら不能なその姿が、白日のもとに晒された。


「なぜだ」

「重力機雷だよ」


 ミュゴの疑問にメルトは即答した。

 彼女はミュゴと対峙しつつ、足に仕込んだ重力機雷をあらかじめ自分の前方に仕掛けていたのだ。


「このためにタオトで調達した一発だ。

 重力機雷が作動した際、範囲内の物体は湾曲空間に閉じ込められるが、副次効果として、外縁部の時間が無限に引き伸ばされる。

 その領域を通り過ぎる間だけ、静止した状態になるのさ。

 時空を切り裂く武器といえど、刃物である以上、抜き差しできなければ役に立つまい」


 メルトは『オーバード』を振るい、『ジャンヌ』をたやすく両断した。


「なるほど。事象の地平面を盾にするとは考えたね」


 最強の武器を失ってなお、ミュゴは余裕の笑みを浮かべていた。


「だが、キミはそこまでだ。ボクには絶対に勝てない」


 ミュゴの右目が発光し、新たな武器が体内の圧縮空間から転送される。

 ひと振りの飾り気ない両刃剣が彼女の手の中に実体化した。


「『ハーベスター・マリア』」


 その名を呟きながらミュゴは駆けた。

 メルトが『オーバード』でその斬撃を受け止める。


 ガキャァアアアアアアアン。


 甲高い残響音を響かせながら、『オーバード』は粉々に砕け散った。


「終わりだよ」


 ミュゴはあざけり笑った。


「これが力の差だ。キミにはもう、ボクを倒す武器が残っていない」

「…………」


 メルトは『オーバード』の残骸を放り捨て、宇宙の銀河連合艦隊、および地下の円巳まるみたちへテレパシーを送った。


「こちらメルセグリット。『連結魔導砲』を死神本星へ向けて発射せよ。円巳、きみたちは先に脱出するんだ」


 その言葉は仲間たちを騒然とさせた。


「『連結魔導砲』じゃと……本気か!?」


『魔王』ルーコが思わず玉座から腰を浮かせる。


「本気だ。死神はここですべて殲滅する。1分後に敵の艦隊と本星を同時に貫け」


 『連結魔導砲』とは、『戦略魔導砲』の心臓部を現代技術で再現し、その機能を二つに分割したものである。

 片方をタオト軍、もう片方を新生スペース・パトロールが保有し、宇宙的有事の際にはこれらを連結することで使用可能となる。

 オリジナルに比べて大型化しているが、そのぶん威力では上回っている試算だ。

 今回の決戦のために用意した、連合艦隊の切り札であった。


「メルト!」

「メルトさん、駄目!」


 円巳と帆波ほなみは叫んだが、それを掻き消すような音を立て、アーウィル本体が地下へ突入してきた。

 メルトがあらかじめインプットした動作を実行しているのだ。


「……これでいい」

「なるほど、勝ち目がないとみてボクを道連れにするつもりかい」

「いや、『魔導砲』は保険さ。お前はわたしが倒す」


 メルトはミュゴに向き直り、左手で宙に刻印を描いた。

 それを見た死神は目を丸くし、やがて腹を抱えて笑い出す。


「あははは! おかしくなったのかい? 魔導書なしのキミは、魔法など使えないじゃないか」


 メルトは呪文を詠唱した。


アスケル、ラムバス、ロル、グレピモス、太陽と月の間に立つもの


 ――わたしが、元は人間だったというのなら。


レダイア、ミゲス、レム、オム、メルバス虹を踏みしめ、死を喰らう……」 


 ――魂で引き寄せられるはずだ。わたしの魔法を。


「……なに?」


 ミュゴが一転、目をみはった。

 メルトの右手に宿った光が、七色に輝きながら収束し、三日月のような大鎌を形作っていく。


「そんな……ことは……ありえない」


 呆然とする死神の前で、メルトは大鎌を振りかぶった。


「――現世げんせのうちに、懺悔しな」


 黄衣の断罪者が宙を舞った。

 美しき処刑装置がいま、罪人に慈悲の刃をくだす。


 数刻後、発射された『連結魔導砲』は死神の艦隊と本星を焼き尽くし、跡形もなく消滅させた。


 戦いは終わったのだ。



* * *



「もうちょっと若いままでいたかったわぁ~~~……」


 重くなった肩をトントンと叩きながら、牡丹はあくび混じりにぼやいた。


 朝の日差しが差し込む宇路うろ家のリビング。

 あの日、死にかけた彼女は、体に残っていた『勇者』の遺骨の力で一命をとりとめた。

 しかしその代わり、若返った体は年相応のものに戻っていたのである。


「元通りになってよかったじゃないか。母さんだけ子供になったら、ご近所付き合いもしにくいだろ」


 夫はもっともなことを言った。


「わかってないなぁ。女はいつでも若くありたいの。それに、本当は子供の格好で帰ってきてほしかったんじゃないのぉ?」

「ろっろろろロリコンちゃうわ」


 ――そういう性癖の話は息子のいない時にしていただきたい。

 激しく居心地の悪い思いをしながら、円巳は朝食を掻き込んだ。


「おっと、そろそろ出かけなくちゃ。パーティー再結成の初日から遅刻はマズい」


 玄関まで行きかけて、牡丹は振り向いて言った。


「今日の夕ご飯は?」

「おう。シチューに春巻、鮭のムニエル、きのこのサラダに、あとはパプリカのマリネ。母さんの好きなもんフルコースだ」

「よっしゃ。秒でクリアしてくるわ」


 ――それ、フラグじゃなきゃいいんだけど。

 牡丹より少し遅れて家を出ると、円巳はダン攻に向かった。

 宇宙から帰って以来、円巳と帆波は驚くほどすんなりと日常生活に戻ることができた。

 確かなことはわからないが、どうやら学園長をはじめとする教師陣がかなり頑張ってくれたらしい。

 おかげで、どうにか卒業はできそうだ。


 ――卒業か。ダン攻を出たら、ぼくはもちろん――


 頭上の青空に未来図を描きかけた、そのときだった。

 空の一点に、ゴマ粒のような黒いものが現れたのは。


 ――虫?

 カラスか?

 いや……この流れ前にもやらなかった?


 ――バッゴォオオオオオオオオオン!!!


「ゲホッ……ゴホ」


 激しい衝撃と炸裂音に全身が揺さぶられ、五感が掻き回された。


「ちょっと、私も円巳も死ぬ! 死にますから!!」

「いやーすまん、大気圏内飛行は久々だったんでな……」

「次からは私が運転します! 絶対にしますからね!!」


 ぐわんぐわん鳴る頭に、聞き慣れた声の応酬が聞こえてくる。

 砂埃が風に流れるにつれ、白いマシンが姿を現した。オートバイそっくりの姿をしているが、円巳はそれがマイクロサイズの宇宙艇であることを知っている。

 黄色いレインコートに大鎌を背負った少女と、ダン攻のブレザーを着た少女がシートに座っていた。


「太陽系を3つ越えたところに『隠しダンジョン』が見つかったんだって。私たちの出番よ!」

「きみの力が必要だ、マルミ」


 そう言って二人が少年に手を差しのべる。


 ――父さん、母さん、それと先生方、すみません。卒業やっぱり無理かも。


 全宇宙の命運を懸けた戦いから、いくらかの月日が流れた。

 ただ、ダンジョン頻出期はいまだに終わらず、全宇宙はダンジョンラッシュに沸いている。

 そして、そのさなかで――風の噂に謳われる、宇宙最強のパーティーがいた。


 『空白ブランク』。

 『氷の勇者』。

 そして『死神の死神』。


 彼らの冒険は、まだ、終わらない。




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