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第49話 ハズレスキル、全宇宙を救う



 エントロピー=『煩雑さ』『散らかり具合』という概念がある。


 形あるものはいつか壊れて散らばる。熱いものは熱が分散して冷めていく。この原則を、エントロピー増大の法則という。

 しかし、その法則に逆らうのが、生命であり文明だ。壊れたものを元通りにする。冷めたものを温めなおす。そして、無秩序状態に秩序をもたらす。

 宇宙全体の生命活動により、減少していくエントロピー。そのバランスを保つために、異世界――別宇宙から転移してくるのが、ダンジョンなのだ。


 ダンジョンの内部構造や生態系は常に煩雑であり、また、ダンジョンの発生によって文明の秩序は大きく揺るがされる。これはエントロピーの増大につながっていく。

 逆に、ダンジョンを攻略することで、宇宙のエントロピー増大にブレーキをかけるために生まれてくる存在もある。それが冒険者だ。


 宇宙における生命体の繁栄とダンジョン、そして冒険者の相関関係。

 これにいち早く気付いたのが『大賢人』アスミトスであった。

 約一万年前――『魔王大戦』の直後、彼は宇宙の未来についてある重大な予測をした。


 ダンジョン頻出期の周期と規模は宇宙全体の文明進度と比例する。

 すなわち、生命体の繁栄とともにダンジョンの周期と規模がこのまま上昇していくと、いずれ二つの宇宙が引き寄せ合い、衝突してしまう。

 それはすべての終焉を意味していた。


 彼はこの結末を回避すべく、ある『装置』を開発した。

 それは二つの宇宙の間に磁力反発のような現象を引き起こし、両者を引き離すというものだった。

 一方で、この『装置』はある危険性も孕んでいた。逆利用することで、磁石が引き合うように宇宙の衝突を加速させ、より激しいものにできるのだ。


 世界を救うことも滅ぼすこともできる『装置』。その動作に必要な重力エネルギーを充填するには一万年の歳月を要する。

 そこでアスミトスは、この『装置』を実験都市ごと惑星セッドの地底に封印し、一万年後の人々にあらためて未来を託すことにした。

 『呪われし八つの秘宝オクト・エクサル』を封印の『鍵』として宇宙にちりばめ、予言の一節を遺したのだ。


『汝、呪われし八つの秘宝を集めしもの、世界のてに望むれば、凍れる死の都、その門を開きて、世界の命運を左右せし力、その手に託さん――』


 そして5000年後、ガルーニ・レム両博士が、惑星セッドの遺跡調査に乗り出した――。



 * * *



「なるほどな。レム・ベアムの目的がわかったよ。『装置』の独占だ。『装置』がなければ宇宙は滅びる。救世主になれるってわけだ」

「半分正解、といったところだね」


 円巳の言葉にレム・ベアムが応える。


「私は『装置』を独占し、宇宙を滅ぼす」

「なっ……!?」


 円巳のみならず、メルトや帆波も言葉を失った。


「やはりそうか……」


 ガルーニ博士のコピーはかつての友を見つめながら言った。


「この男は二つの宇宙を材料にし、新たな世界の創造主となろうとしている」

「そんなことが……!?」


 円巳が言葉を失う。

 それはまさしく究極の野望といえた。


「レム・ベアム、この宇宙をあなたの思うようにはさせないわ。絶対に」


 帆波の言葉に円巳とメルトが深くうなずく。


「……作戦通り、ミュゴはわたしが引き受ける。みんなはレム・ベアムを頼む」

「面白い、決着をつけようか。5000年ぶんのね!」


 メルトの言葉にミュゴは自身の両肩を抱き、初めて心底楽しそうに笑った。


「メルト……!」

「大丈夫だマルミ。わたしは必ず勝つ。だから、世界の命運は任せた」

「わかった。絶対、また会おう」

「ああ。約束だ」


 円巳まるみとメルトは向かい合い、ほんのわずか言葉をかわす。万感の思いを込めて。


「メルトさん、また一緒に打ち上げできるって信じてますよ」

「よし。今夜は寝かせないぞ、ホナミ」


 帆波ほなみとメルト、二人の右手が軽やかな音を立てて触れあった。


「では、来たまえ。世界の命運を左右する力を、見せてあげよう」


 レム・ベアムの立つ床が分割され、エレベーターのように地下へ沈んでいく。

 メルトとミュゴを残し、円巳たちも沈む床へ飛び乗った。


「さあ、ようやく二人きりだ。おいで、いつものように殺してあげるよ」


 ミュゴは灰色の瞳でメルトを見やった。

 一方のメルトは大鎌『オーバード』を構え、距離を保って対峙する。

 ミュゴの必殺武器は未だ不明だ。こちらから仕掛けることは死を意味する。

 ――そうだ、チャンスはミュゴの攻撃の瞬間。

 その瞬間だけが、やつの秘密を暴き出せる。



* * *



 それは『装置』というよりも、一種の生物のようだった。

 絶えず脈動し、呼吸している。

 悠久の過去からここに存在してきた、銀色の巨大な命。

 円巳と帆波はその威容に圧倒された。


「さあ、私が真の神となる時が来た」


 レム・ベアムは『エンシェント・フェアリーの手』を起動し、最後の願いを込めた。

 彼が『勇者族』に一度これを奪わせたのは、今この時のためだったのだ。

『装置』が動作を止める。一万年ぶりの静寂が辺りに降りた。


「『装置』の機能は、今やここにある」


 そう言ってレム・ベアムは己の胸を示した。

 彼の願いとは、『装置』を自身の能力として取り込むことだったのだ。


「宇宙の破壊も、創造も、今や私の意のままだ。残念ながら、君たちがそれを見ることはないけどね」


 レム・ベアムの右手が、円巳たちに向けられる。


「『神雷ジンライ』」


 回避不能のスピードで、いかずちが獲物に襲いかかる。


 ガガァアッ。


 その一撃を受け止めたのは、アーウィルDドロイドだった。

 円巳と帆波が息を呑む。


「娘を――いや、メルトを頼む」


 その言葉を残して、ドロイドは爆散した。

 無数の部品が降り注ぐさなか、


「つまらない最期だったね、ガルーニ。さあ、今度こそ君たちも逝きたまえ」


 レム・ベアムが追撃を放とうとする。

 ――だが、円巳は剣を構えようとすらしなかった。


「諦めたのかい?」

「いや、勝負がついたからさ」

「可哀想に、錯乱したようだ」


 レム・ベアムは円巳に手をかざし、


「――『神雷』」


 雷撃を放った。


 ――はずだった。


 しかし、何も起こらない。


「あ?」


 静寂。

 帆波がずんずんと彼に近付いていく足音だけが響く。


「『神雷』!」


 静寂。

 彼の魔法は応えない。

 帆波が腕を振りかぶる。


「ま、まて――」


 ごっっっ。


 鉄槌のような右ストレートがレム・ベアムの顔面に突き刺さり、骨格を粉砕した。


「ひゅげええっ!!? ら、らんでらぁっ!??」


 血を吐き、地面を転がりながら彼は叫んだ。


「これはペルミナとガルーニさんの分よ」


 氷のような瞳で見下ろしながら、帆波が言い放つ。


「ふぐぉ……おのれぇ」


 ヨロヨロと立ち上がったレム・ベアムに、今度は円巳がゆっくりと近づいていく。

 死皇神と崇められた男は両の手を天にかかげ、究極の力を発動した。

 世界の命運を、思うがままにする力を。


「宇宙よ、ほろぶぇええええええええ!!!」


 こちらの宇宙とダンジョンの宇宙、二つの世界が衝突し、破壊され、新たな宇宙が創世される。


 ――はずだった。


「なぜだ……なぜ何も起こらない……」


 5000年の野望が砂の城のごとく崩れ去り、レム・ベアムはただ呆然と立ち尽くす。

 しかしそのとき、円巳の視界には青白い文字列が表示されていた。


 ―――――――――――――――――――


 【神雷】は無効化されています

 【死神の皇】は無効化されています

 【無限波動】は無効化されています

 【絶望の胎動】は無効化されています

 【睥睨する支配者】は無効化されています

 【世界の命運を左右する力】は無効化されています


 …………


 ―――――――――――――――――――


「お前の魔法も、能力も、たった今ぼくがすべて無効化した。ガルーニさんが時間を稼いでくれたおかげでね」

「馬鹿な……スキルだけでなく……魔法と『装置』の力まで封じたというのか? 接触なしで? 【空白ブランク】にそこまでの力はないはずだ!!」

「いや、あるんだよ」


 円巳は母の剣を――『プーガヴィーツァ』を抜いた。


「ぼくはぼくなりに、【空白】という特異なスキルについて考えてきた。

 そもそもスキルってなんだ。それはきっと、宇宙の法則をねじ曲げる力のことだ。

 だとしたら、そのカウンターも存在する。それがぼくだ。ダンジョンと同じように、ぼくもまた宇宙のバランサーのひとつなんだよ。

 お前は『装置』を自分の力として取り込んだ。宇宙のバランスを著しく破壊する行為だ。だからこそ、カウンターたるぼくの力も同じだけ増大する。

 宇宙のことわりは、お前ひとりが好き勝手にできるものじゃない」


 レム・ベアムはわなわなと全身を震わせていた。

 憤怒。恐怖。

 5000年にわたってクローン再生を繰り返すなかで、次第に薄れていった感情が、いま彼を揺さぶっていた。


「お前の野望も、ここで空白まっさらにする」


 円巳はレム・ベアムの首を、一刀のもとに切り落とした。

 迷いはなかった。

 同時に、レム・ベアムに機能を奪われていた『装置』が息を吹き返す。

 彼が圧縮携帯していた八つの秘宝もまた、解放されて周囲に散らばった。


「あとは、『装置』を動かすだけか」

「なんとなく、わかる。私たちに、教えてくれている」


 円巳と帆波が同時に『装置』へ手をかざし、宇宙の衝突回避を願う。

 これは決してひとりでは使えないシステムだったのだ。

 『装置』の脈動が、呼吸が、次第に鎮静化していく。

 役目を終えたのだ。


「これで宇宙は救われた……のかしら? 本当に?」

「わからない。結局、ぼくたちが成功したか失敗したかは、遠い未来の人にしか判断できないのかもしれない。……けど」

「けど?」

「もしも宇宙が、意思をもった一個の生命体だとしたら……いや、なんでもない」


そのとき、円巳の視界にはひとつの言葉が映し出されていたのだ。


 ―――――――――――――――――――


 ありがとう


 ―――――――――――――――――――


 この日、ハズレスキルが全宇宙を救った。




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