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第47話 別れの雷鳴



 騎竜ガイバーンを駆る『勇者族』は、死神たちの撃ち込んでくるタキオン兵器や魔法攻撃を機動力でかわし、一撃離脱の戦法で着実に仕留めていく。

 だが、戦況が覆りかけたとき、巨大な灰褐色の物体がいくつも死神本星から飛びたった。

 死神テクトシーペと補助AIによって運用される、超弩級死神艦隊である。

 スペース・スーツの上から軍服を羽織り、軍帽を斜めに被ったテクトシーペは、たったひとりの艦橋で前方に手をかざしながら叫んだ。


「全艦発進! 目標、『勇者の地』! 最大戦速!」


 獅子奮迅の勢いで死神軍を駆逐していた『勇者族』たちも、十九隻におよぶ艦隊を前にして緊迫した。


「全砲門開け! 『勇者の地』もろとも、宇宙の藻屑と化してくれるわ!!」


 テクトシーペが全艦に攻撃指令を出そうとした、その瞬間――

 巨大なエーテルの波が押し寄せ、艦隊の横っ腹を叩いた。


「なんだ……ッ!?」


 大きく揺れるブリッジで、テクトシーペは軍帽を直しながらAIに状況報告を急がせた。


『付近にワープアウトする艦影あり。数、36』

「なんだとう……!!」

「わーーーーーーっはっはっは!」


 高笑いとともに現れたのは、『魔王』軍の誇る『アイソーンの月』を旗頭に、メタリックブルーが目印のタオト軍、白基調の新生タイム・パトロールとその他の惑星からなる、銀河連合艦隊の威容だった。


「こちら『魔王』ルーコじゃ。『勇者族』ども、聞いておるか」


 『アイソーンの月』戦闘用ブリッジから広域テレパシーが発信される。


「きさまらの先祖には、ふかーいうらみがある。しかし、それはそれじゃ。今は宇宙のために、『勇者』と『魔王』、力をあわせて戦うべきときじゃ。よいな!」


 『魔王』の言葉に、『勇者』の末裔たちは各々の武器を頭上に掲げて応えた。


「『王』よ……ご立派になられて……」

「あー泣いちゃった。ベーバちゃんは涙もろいなぁ」


 ベーバの頭をぽんぽんと叩きながら、リッキはブリッジを飛び回った。


「よーし、リッキも頑張っちゃうよ~~~!」


 どこからともなく魔法少女のステッキのようなものを取り出し、クルクルともてあそぶ。

 それは一種の拡声器マイクだった。


『宇宙バンバン♪ 地雷バンバン♪』


『踏んで♪ 踏んで♪ 踏み抜いて♪』


『乗って♪ 乗って♪ 乗っちゃって♪』


 リッキは己の声をエーテル振動波に変換し、超広域における敵への攻撃、および味方へのバフを同時に行うことができる。

 この能力こそ彼女の真価であった。


『星屑破壊宇宙地雷乙女哀歌♪ 星屑破壊宇宙地雷乙女哀歌♪』


 振動波を受けた死神艦隊の装甲が剥離し、速力が低下していく。

 逆に、『勇者族』の勢いは目に見えて増し、銀河連合艦隊の士気も爆上げしていた。


「すごい……これなら……!」


 地表の帆波ほなみたちからしても、戦況は見るからに圧倒的だった。

 ――だからこその、油断だったのかもしれない。


「これだったらきっと勝てますよね、牡丹さん……牡丹さん?」


 牡丹は無言のまま、どしゃりと倒れ伏した。

 白い砂地が赤く染まっている。

 帆波は凍りついた。


「まんまと、空のドンパチに気をとられてくれたね」


 振り向いた彼女が見たのは、死神ミュゴと――


「初めてお目にかかるね、『勇者族』。私が死神を統べる者、レム・ベアムだ」


 黄金の鎧を纏い、恐ろしく整った顔かたちをした、スキンヘッドの男がそこにいた。

 その手には『エンシェント・フェアリーの手』が握られている。


「これですべての秘宝がようやく私の手に収まった。『門』を開き、世界の命運を我が物としよう」

「残念ながら、キミはそれを見られないけどね」


 ミュゴが帆波に向かって一歩、踏み出したときだった。


「そこまでだぜ!」


 ミュゴの眼前に巨大な魔法陣がそびえ立ち、その中心から三人の人影と一頭の騎竜が飛び出した。


「無事か、帆波!」

「まだ息はあって?」

「メルトさん、円巳まるみ、ペルミナ! テイアまで!」

「キミたちもまとめて斬られに来たのかい?」


 ミュゴは余裕の態度を崩さない。


「円巳、牡丹さんが死神に……!」

「母さん!?」


 円巳はすぐさま母親に駆け寄った。

 ……まだ息はある。


「私の魔法で治療してみよう」


 テイアが彼女にそっと翼を被せた。


「まる……み……」

「喋っちゃダメだ!」


 母親の手を握りしめながら、円巳はミュゴを睨んだ。


「お前か……お前が」

「そんな顔しないでよ。仲良く天国に行かせてあげてもいいんだよ?」


 ミュゴは空虚な表情で肩をすくめる。


「【空白ブランク】ホルダー、それに『死神の死神』。会えて光栄だよ」

「そう言うあんたは……『死皇神レム・ベアム』か」

「君たちとの決着は『死の都』にてつけよう。……だがその前に、目障りな物体を始末しておこうか」


 レム・ベアムは右の人差し指を空に向け、呟いた。


「『神雷ジンライ』」

「――ホナミ、離れなさい!」


 ペルミナが叫び、隣にいた帆波を突き飛ばした瞬間――


 ガガァアッ。


 巨大ないかずちが大地に突き刺さり、ペルミナを呑み込んだ。

 閃光が消えたとき、そこには何もなかった。

 塵の一片すら残さず、ペルミナは消滅していた。


「ウソだろ……」


 円巳は愕然とするしかなかった。


「……ぁ、ああああああああっ」


 帆波の目から涙がとめどなく溢れた。

 両膝を折り、大地に向かって彼女は叫んだ。


「ペルミナぁあっ……!!!」


 恐怖と憎しみの対象から、信頼できる仲間へ。

 円巳たちとペルミナの時間は、短くもかけがえのないものだった。

 しかしそれは、唐突に、呆気なく奪い去られた。

 もう彼女はいない。宇宙のどこにも。思い出のなか以外には。


「レム……ベアム……!!」


 メルトは燃える刃のような視線を仇敵に向けた。

 彼は涼しい顔で応えた。


「では、待っているよ」


 そう言い残すとレム・ベアムは金色こんじきいかずちと化し、空に昇っていった。


「じゃあね。ボクも待ってるから、来てよ」


 ミュゴもまた、その姿を一瞬で消した。


「……決戦だ。やつらを倒すぞ」


 メルトの言葉に、円巳も帆波も無言でうなずいた。

 三人の目には決意の炎が燃え盛っていた。



 * * *



 死神本星セッドの地表。

 八つの秘宝を周囲に漂わせたレム・ベアムが両の手をかざすと、漆黒のドームの外壁が地響きとともに変形を始め、やがて彼の正面に渓谷のような入り口が現れた。『鍵』に『門』が応えたのだ。


『死の都』と予言にうたわれた通り、それは都市というよりも墓碑の群れのように見えた。

 同心円状に屹立する黒いプレート状の建造物の隙間を、血のような赤い道が縦横に走り――それらの中心に、途方もなく巨大な塔がドームの天井を突いていた。


 塔の地下深くに安置されたの前に、ミュゴとレム・ベアムは瞬時に姿を現した。

 その装置こそ、『呪われし八つの秘宝オクト・エクサル』をもって守り、隠し通さなければならなかった、世界の命運そのものだった。


 * * *


 アーウィルに乗ったメルト・円巳・帆波の三人は、『死の都』の中心部へ到達した。


「地下でなんらかの装置が作動しているらしい。一定周期で重力震が感知されている。レム・ベアムたちはそこだろう」


 塔は玄武岩のような未知の素材で作られており、経年劣化の跡は見られなかった。

 正面のゲートから内部に入ると、エントランスホールとおぼしき場所で一組の男女が待っていた。

 死神ミュゴと『死皇神』レム・ベアムだった。


「君たちを待っていたよ。……だが悲しいかな、すでに宇宙の命運は決した。せめて私から、最後の趣向を君たちに贈りたい」

「趣向だと?」

「そうだ。『死神の死神』、君は今こそ、本来あるべき姿に戻るのさ」

「何を――言って――?」


 レム・ベアムがにこりと微笑んだ瞬間、それは始まった。


「メルト?」


 円巳の声が遥か遠くに聞こえる。

 メルトの意識は明らかな異常をきたしていた。


 墨を流したように思考が黒く染まっていく。

 前後左右。過去、現在、未来。

 すべてがわからなくなる。

 守るべきもの。戦うべき相手。

 使命。友情。愛情。

 すべてが黒く塗りつぶされる。

 わたしはだれだ。

 わたしは死神の――

 ちがう。

 わたしは。

 死神。


 死神だ。


「メルトさん!!」


 悲鳴じみた少女の声。

 ――そうだ。悲鳴だ。

 わたしが、わたしのあるじが、求めてやまないもの。

 もっと悲鳴を。苦しみを。死を。


「メルト……君は」


 青ざめた目でこちらを見る少年に、わたしは背負っていた大鎌の刃を向ける。


「わたしは死神――死流星ながれぼしのメルト」




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