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第46話 真の勇者



 ……ゴゥゥウウウウウ……ン!!


 帆波ほなみとリオスの決闘がまさに始まろうとするとき、それは起こった。

 約一万年もの間、静寂に包まれていた『勇者の地』が震撼している。


宇宙からの干渉か……?」


 リオスは剣を鞘に納め、頭上に手をかざした。

 部屋の天井にスクリーンが現れる。

 そこには巨大な次元の穴と、その向こう側にある天体が映し出されていた。


「死神本星……!」


 リオスははっとして全身をまさぐり、自分の肩に塗られた不可視の塗料に気がついた。

 次元マーカーだ。


 ――あの死神に接触されたときか――


 彼は自分の失態に歯噛みした。


「はは、言っただろう。ボクからは逃げられない」


 その死神、ミュゴの遠距離テレパシーが響き渡る。


「あのときボクがあえて引いた意味がわかったかい。――マーカーを伝って本拠地をひきずり出し、『エンシェント・フェアリーの手』の奪回とともに『勇者の地』の歴史に幕をおろす。いい作戦でしょ」


 本星セッドから数名の死神が飛びたつのが見えた。


「迎撃に出ます」


 ディズナフはそう言い残して壁に消えていった。


「時間がなくなった。僕は隙さえあればすぐにでも『手』を使うよ。止めたくばかかってくるんだ、ホナミ」

「くっ……!」


 狭い室内で帆波とリオスは対峙した。



* * *



 惑星タオト宇宙港。


「急いでくれ、テイア」

「ああ、まかせてくれ」


 メルトに応えてひと声いななくと、テイアの前に巨大な魔法陣が発生した。


「これはまだ不完全だ。私が記憶した次元座標を開くためには、調整が要る」


 テイアは頭部や尾を動かしてパズルを解くかのように魔法陣のパーツをぐるぐると回転させ、噛み合うポジションを探した。

 円巳たちは固唾を呑んでその様子を見守る。



* * *



 リオスの蹴りを盾で受け、帆波はリビングのテーブルの上を転がり、床に落下した。

 この空間には、帆波の部屋だけでなく、家全体が再現されているようだった。

 今にも父や母が顔を出しそうな錯覚をおぼえる。


「『立花リリィ・ズァーロ』!!」


 帆波の詠唱とともに、氷魔法と連続斬撃の融合技が発動した。

 しかし、リオスはすべての斬撃を鞘で受け流した。体を包み込もうとする凍気すら、彼が臙脂のマントを翻すと、綺麗に消滅してしまった。


「『氷針弾ゼルシク』! 『氷葬クレイオニキス』!!」


 帆波は攻撃の手を緩めなかった。

 ツララの連射で牽制し、最強奥義で空間ごと凍結させる。

 その波状攻撃は成功し、リオスを封じ込めたかに見えた。

 が、彼の纏う鎧が太陽のように発光したかと思うと、氷の束縛を消滅させた。


「それで終わりじゃないだろう?」

「……っ」


 リオスが剣の柄に手をかけ、帆波も迎え撃つように剣を構えた。

 ――魔法は通じない。これで決着をつけるしかない。


 帆波の胸には様々な感情が去来した。

 リオスとの出会い。『魔星』で救ってくれたこと。『朽ち果ての星』で騙されたこと。『勇者族』という、絆と呪い。

 自分にとってリオスが憎むべき悪なのか、それは正直、わからない。

 けれど、彼のやろうとしていることは、宇宙の平和を乱す。多くの人を確実に不幸にする。

 それを止められるのは帆波だけなのだ。

 そうだ、覚悟を決めろ。負けられない。


 帆波の目つきが変わった。冷たく、鋭い。氷の刃のような。

 その切っ先にさらされて、リオスはなぜか微笑んだ。


「いくぞ――」


 その声を置き去りにして、リオスは駆けた。

 帆波も地を蹴った。

 刃と刃がぶつかり、跳ね返る。

 帆波はその反動を利用して身を翻すと、真一文字に剣を滑らせた。

 『玉屑ぎょくせつ』の刃と帆波の技とが一体となったその斬撃は、鎧ごと敵の胴を切り裂くのに十分だった。


 ぶつり。


 その重く鈍い手応えに帆波は震えた。

 そして、愕然とした。

 リオスは剣を上段に構えたまま、動きを止めていたのだ。

 本来、よくて相討ち。先に振り下ろされていれば、帆波が負けていた。


 リオスは

 帆波にはそう思えた。


「どうして……」


 倒れ込もうとしたリオスを帆波は抱き止めた。


「『エンシェント・フェアリーの手』は君のものだ。宇宙のために、願いを叶えるといい。……ただし、ひとつはディズナフの――ボタンのために使わせてあげてくれ」

「やっぱりそうだったんですね。牡丹さんは、願いを叶えるために」


 リオスは苦しげにうなずいた。


「もう勝負はつきました。『勇者』の遺骨で、傷を治しましょう」

「いや……それはできない。遺骨の力も無限ではなかった。ボタンの体を全盛期に戻し、『エンシェント・フェアリーの手』を使用可能にし……それで限界のようだ」

「……ひとつだけ教えてください。なぜ、わざわざ決闘を挑んだりしたんです。しかも、手まで抜いて。目的は簡単に達成できたのに」


 帆波の問いかけに、リオスは口の端から血を流しながら、ふっと微笑んだ。


「馬鹿だと思うかもしれないけどね。……初めて会ったときから好きだった。『勇者族』がどうかなんて、本当は関係なかった。関係なかったのさ」


 彼は震える手で帆波の手を握った。


「僕は君の未来を壊したくなかった。たとえ、『勇者族』に背いてでも。そしてホナミ、最後に言っておくが、僕は手を抜いてなんかいない。君は実力で勝ったんだ」

「リオス……」

「君こそ、本当の勇者だ」


 リオスの手から、ふっと力が抜けた。

 彼は、眠るように息をひきとっていた。


「襲ってきた死神の第一陣はすべて始末した」


 いつの間に戻ったのか、『ブレイブドール』が帆波の背後に控えている。

 彼女は横たわるリオスに跪き、黙祷した。


「……これを使って、牡丹さん。そのために戦ってきたんですよね」


 帆波は今際いまわきわに受けとった『エンシェント・フェアリーの手』をディズナフに差し出した。


 ――その瞬間、円巳とそっくりの長い睫毛が震えた。

 仮面のように白かった頬に朱が差し、ひとすじの光が頬を伝う。


「ありがとう。……本当に強くなったのね、帆波ちゃん」


 その笑顔は帆波の記憶にぴたりと重なるものだった。


「10年前……私は、欲望に負けた。大切な家族がありながら、最高難度の『隠しダンジョン』に挑まずにいられなかった。そしてそれが、最悪の結果を引き起こしたの」


 『キベリスプの竜洞』にて、牡丹とそのパーティーは、見事にボスキャラを打ち倒した。しかし、ドロップした『魔剣』に魅入られた牡丹は、仲間たちをその手にかけてしまったのだ。

 絶望の淵で偶然出会ったのが、『勇者族』リオスだった。

 『エンシェント・フェアリーの手』を探していた彼に協力を持ちかけられ、願い事をひとつ分けてもらうことを条件に、『勇者族』の傭兵となったのだ。


「じゃあ、牡丹さんの願いって、やっぱり……」

「私の手でロストしてしまったパーティーの仲間たちを、蘇らせることよ」


 牡丹は帆波から受けとった『エンシェント・フェアリーの手』を強く握りしめた。


「さあ、願ってください。あなたにはその権利があると思います」


 帆波の言葉にうながされ、牡丹は強く念を込めた。

 真っ白な空間をさらに白く塗りつぶすような閃光が小さな『手』から溢れる。

 帆波は思わず顔を覆った。


「……成功したんでしょうか?」

「ええ、きっとね」


 そう言った牡丹の表情は、心から安堵したように見えた。


「さあ、円巳のところへ行きましょう!」

「……そうは問屋が卸さないみたい」


 牡丹がスクリーンを指差す。

 百舌キルダートに乗った第二陣の死神たちが『勇者の地』へ接近していた。


「この星に迎撃や防衛のシステムは備わっていない。地表へ出て応戦するしかないけど、二人でどこまで持ちこたえられるか……」

「いえ、円巳たちがきっと助けにきます。――それに、考えがあるんです」



* * *



 『勇者の地』はイメージによって支配される空間である。地表には白い砂漠、地下には『勇者族』の牢獄だけがあり、帆波たちが居た部屋などは、その都度、記憶や想像から造り出される。

 荒涼たる大地に帆波と牡丹は立っていた。


「本当に大丈夫かしら?」

「私は信じます。信じてみたいんです」


 帆波は『エンシェント・フェアリーの手』を頭上に掲げた。

 砂漠に閃光が灯る。

 そして彼女は、見えない牢獄の『同胞』たちへ語りかけた。


「あなたたちの封印を解きました。でも、それは復讐のためじゃありません。宇宙を救うために、いま、力を合わせて戦うこと。それが『勇者族』の、本当の絆だと私は信じます」


 静寂。

 乾いた風が砂を巻き上げる。

 星空を背景に、キルダートの群れとそれに乗った死神たちが猛然と接近してくる。

 帆波と牡丹が、それぞれの剣に手をかけたときだった。


 彼女らの周囲で砂の海が次々と爆発し、水柱ならぬ砂柱がいくつも空に伸びた。

 その中から現れたのは、黒い騎竜ガイバーンの群れだった。

 乗りこなしているのは、鎧とマントを身に付けた騎士たち――11人の『勇者族』だ。

 彼らを代表するように、顔に大きな傷のある女性が言った。


「私はラジム。リオスは我々のリーダーだった。彼の認めた『真の勇者』に、我々は従おう。――『勇者族』として」

「ありがとうございます!」


 帆波は涙を浮かべて応えた。




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