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第45話 勇者の地



 そこは帆波ほなみの部屋だった。


 帆波の机。帆波のベッド。制服に、カバン。

 幼い頃、遊園地に行ったときの家族写真。

 地球にある帆波の部屋と


 唯一違ったのは、色だった。

 その部屋は白かった。

 色素が抜け落ちたかのようにあらゆるものが真っ白で、ぼんやりと発光している。

 帆波は夢うつつの表情で、白猫になった黒猫のぬいぐるみを撫でていた。


 と、部屋の壁が水面のようにゆらゆらと揺らぎ、そこから二つの人影が現れた。

 リオスと、ディズナフだった。


「君の記憶をもとに再現された空間だ。居心地はどうかな」

「女の子の部屋に、勝手に入ってこないでください」


 帆波はリオスを睨みつけた。


「これは失礼。しかし、君たちの文化は興味深いね。……かつて『勇者』は、地球という星の女性を愛したという。二人が結ばれることはなかったが――彼女が子供を宿していたとすれば、その末裔が君だろうね」

「そんなことどうだっていい。私は玉串たまぐし帆波よ。それに、彼女は……牡丹さんだわ」


 帆波の言葉に対して、少女の姿をしたそれは無機質に応えた。


「今の私は『ブレイブドール』ディズナフだ」


 ――こんな人ではなかった。

 帆波は幼き日の記憶、太陽のような牡丹の笑顔を思い出した。

 目の前にいるのは、彼女にそっくりだが、氷のような戦士だ。

 しかし、心のより深い部分では、彼女が間違いなく宇路うろ牡丹であるという確信があった。


「彼女が君の知る姿より若いのは、『勇者』の力によるものだ」


 リオスは首から提げたペンダントを――『勇者』の骨を握った。


「この『勇者の地』においては、『勇者』の遺骨が時間逆転現象を起こす。そのおかげで、僕たち『勇者族』は今日こんにちまで生き永らえてきた」

「『勇者の地』?」

「君たちの宇宙の裏側にある虚数の世界だ。僕たちはかつてここに封印された。しかし、それも今日までだ。二つの計画を発動し、僕たちは宇宙をひっくり返す。『エンシェント・フェアリーの手』を使って」

「それはもう使えないはず……まさか」


 リオスはにやりと笑った。


「使えるんだよ。『勇者』の遺骨の力で、『エンシェント・フェアリーの手』が使われる以前の状態まで時間を戻せばね」



* * *



 死神の惑星――セッドの地表に発生した異常は、タオトからも複数のタキオン通信衛星を通じて観測されていた。

 大地を割って現れた巨大な漆黒のドーム。

 それがスクリーンに映し出されている。


「これが、『世界のて』の『門』……?」


 円巳はその巨大さに呆然とした。


「ああ。予言の通りなら、このドームの中に『凍れる死の都』がある。『世界の命運を左右せし力』もな」


 メルトの言葉に、会議場に集まったタオト首脳陣、および魔王軍、新生スペース・パトロールなどの代表者たちがざわめく。


「まだ『門』が開いていないところを見ると、八つの秘宝が『鍵』の役割も兼ねていると思われる」

「なら、『勇者族』がそのうちひとつを握っている今がチャンスですな」


 タオト代表のテレパシーを受け、メルトは首を横に振った。


「いや、当面最大の危機は、その『勇者族』の方だ」


 メルトは全員に説明した。

『勇者族』の狙いは『エンシェント・フェアリーの手』ただひとつだったということ。

 彼らがその『願いを叶える力』を再び使えるようにする方法を持っている可能性が高いということ。


「なんてことだ。それでは、すぐに連中の本拠地を攻めなければ、何が起きるかわからんぞ」


 スペース・パトロールの総監が机を叩きながら言った。


「その通り。しかし、『勇者の地』は封印の地。そう簡単には攻め込むこともできない。……そこで、彼女の力を借りる」


 メルトの言葉に応え、ばっさばっさと音を立てて会議場の中心に舞い降りてきたのは、騎竜ガイバーンテイアだった。

 彼女はしなやかな脚で床を踏み鳴らしながら言った。


「私はかつて、不本意ながら『勇者族』の封印に関与した。この宇宙と『勇者の地』を繋ぐことができるのは私だけだ」

「テイアとともに『勇者の地』へ踏み込める人数は限られている。よって、わたしのパーティーがその役目を担い、『エンシェント・フェアリーの手』を奪回する。あなた方は、死神本星への総攻撃を予定通りのスケジュールで進めてほしい」


 メルトの発言を受けて会場は大いにざわついたが、最終的には、彼女の言う通りに作戦を実行することになった。



* * *



「かつて『魔王』との大戦において、『勇者』は三つの願いを叶えた。

 一つ、『魔王』の能力の封殺。

 二つ、『魔星』に破壊された星々の再生。

 三つ、戦乱による死者の蘇生。

 彼はただ宇宙の平和のためだけに願いを使った。……だが、それが彼を苦しめることになった」


 リオスは『勇者』の遺骨をきつく握りしめた。


「労せず元通りの平穏を取り戻した宇宙の民たちは、大戦の痛みもすぐに忘れてしまった。『勇者』の身をにした戦いぶりさえいつしか忘れ、危険な異能者として、一族もろとも追放した」


 押し寄せる激情を殺しながら語るリオスの姿は、帆波から見ても痛々しかった。


「この地に封印された『勇者族』は、気の遠くなる年月をかけて力を集約し、ようやくひとりの戦士を解き放つことに成功した。それが僕だ。僕の使命は、時を巻き戻した『エンシェント・フェアリーの手』によって、二つの計画を実行することだ」

「二つの計画……?」

計画プロジェクト・リベレイター。そして、計画プロジェクト・スタンピード」



* * *



 ギンク・ルー宇宙港。

 滑走路に立つのは円巳、メルト、ペルミナ、そしてテイア。


「『勇者の地』における時間の進みは我々の宇宙より遅い。十分に間に合うはずだ」


 円巳たちは、修復を完了したそれぞれの武器を握りしめながら、テイアの言葉を聞いた。

 ちなみに、円巳の武器は母の剣の複製――折れた『プーガヴィーツァ』を鍛え直したものだ。


 ――『魔鎧まがい』を持たない自分に、どこまでやれるかはわからない。それでも、帆波と母さんは絶対に連れ帰って見せる。


 彼の決意は固かった。

 だがそのとき、管制センターからのテレパシーが事態を一変させた。


「セッド付近に大規模な次元振動が観測されました。異なる次元への接続が試みられている可能性があります」

「まさか……」


 メルトの言葉をペルミナが継いだ。


「先を越されたようですわね」



* * *



計画プロジェクト・リベレイターは、すべての『勇者族』の解放。計画プロジェクト・スタンピードは、すべての魔物の解放を意味する」

「魔物の……解放?」

「ダンジョンから魔物が溢れだす。宇宙の平穏は去り、『勇者』なくしては存続しえない世界となる」

「そんな!?」


 帆波は叫び、無意識に腰の剣を確かめていた。

 武器は奪われていない。おそらく、わざとだ。


「さあ、ごらん」


 リオスはどこからともなく取り出した『エンシェント・フェアリーの手』に『勇者』の遺骨を近付けた。

 と、小さなミイラの手は青白い光に包まれ、ほんのわずか大きくなったように見えた。


「これで、時間が巻き戻った。すぐにでも願いを叶えることができる。……止めてみるかい、ホナミ」


 愉しげにミイラをもてあそぶリオスに、帆波は無言で剣を抜いた。


「どうしても――やめるつもりはありませんか?」

「ないね」


 牡丹――ディズナフは、後ろで手を組んだ状態でじっと控えている。手を出すつもりはないらしい。


「同じ『勇者族』として、君の意見は聞き入れたい。だが、君とはどうしても相容れないようだ。だから、正面きっての決闘ですべてを決めようじゃないか。いいだろう」

「望むところよ」


 帆波は腹をくくった。

 だが、まだ気にかかっていることがある。

 牡丹はなぜ『ブレイブドール』となったのか。

 そして、『エンシェント・フェアリーの手』を使って二つの計画を実行したあと、最後の三つめの願いはどうするつもりなのか。


 ――もしかして牡丹さん、それがあなたの――?


 帆波の脳内でパズルが組み上がろうとするそのとき、リオスの鞘から抜かれた『オールドワン』が、目の前で凶暴な煌めきを放った。




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