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第44話 再会



「もう終わり?」

「遊ぼうよ」


 帆波ほなみとペルミナを引き裂くように死神ラバルバの爆発魔法が炸裂し、『ハーベスター・バルバラ』の刃が襲いくる。


「タイミングはいつでもよろしくてよ!」

「じゃあ、遠慮なくいかせてもらうわ!」


 二人は爆音に負けない声量で叫びながら散開した。

 作戦は至ってシンプルだ。

 ペルミナが敵をひきつけ、帆波が魔法を発動する。

 そして――


 爆風をかわしたペルミナは『バルバラ』と斬り結んだ。

 相手は両手足の刃を自在に操る、不死身の人型武装。人間となった彼女の身体能力では当然、不利だ。

 斬り合いが続くほど追い詰められていく。

 きめこまやかな白い肌に紅い傷口がいくつも開き、鮮血がしたたる。


 ――だが、これでいい。

 ペルミナは口の端を緩めた。

 手負いの彼女にとどめを刺そうと、ラバルバが『輪爆エクスプロンド』の焦点を無防備な背中に合わせる。

 その瞬間、帆波への爆撃は止んだ。

 ――いま、だ。


「『氷葬クレイオニキス!!』」

「『神炎プロヴィネンス!!』」


 二人はそれぞれの魔法を同時に発動した。

 ペルミナは死神と『ハーベスター』の相手をしつつ、帆波の魔力の流れをも注視していたのだ。

 だからこそ、そのタイミングは完璧だった。


「成功ですわね」

「ふぅーー」


 帆波は安堵の息を漏らした。

 彼女の氷魔法の発動と同時に、ペルミナは自身を炎魔法で包み込み、巻き添えを逃れたのだ。

 相反する属性の使い手だからこそ、なし得たコンビネーションである。


 一方、ラバルバと『バルバラ』は空間ごと凍りつき、宙に制止している。

 こうなった時点で、普通の生命体なら死滅しているはずだ。

 しかし、死神はそうもいかない。

 氷の表面にヒビが入り、今にも動きだそうとする。

 チャンスはわずかしかない。


「貴方に合わせますわ、ホナミ!」

「お願い、ペルミナ!」


 二人は大地を蹴って飛翔した。

 完璧な呼吸で振り下ろされた刃が、それぞれの標的を粉砕する。

 宝石のような氷の結晶が降りしきるなか、


「負けちゃったよ」

「負けちゃったね」

「バイバイだ」

「ずっと一緒」


 『バルバラ』とラバルバは、あるいはそのどちらでもないモノたちは、砕けゆく手をとり合いながら、静かに活動を停止した。


 帆波とペルミナが敵の最期を見届けたとき、階下で異様な発光現象が起きた。

 メルトと円巳の身を案じた二人は、静かにうなずき合い、一階へと降りていった。



* * *



「キレイだね。世界を統べる光というのは、こうでなくちゃ」


 集結した『呪われし八つの秘宝オクト・エクサル』に囲まれながら、ミュゴはうっとりと唇に手を添えた。

 ――しかし、その幻想的な光景は長くは続かなかった。

 闇の中から伸びた一本の腕が、円を描く秘宝のひとつをもぎ取ったのだ。


「ん?」


 ミュゴが背後を振り向く。

 『エンシェント・フェアリーの手』を奪ったその人物は、リオスの影の中からゆっくりと全身を現しつつあった。

 アーミーグリーンのボディスーツに、日本刀のような一振りの片刃剣を背負っている。

 紅茶色のポニーテールにスレンダーなスタイル。

 その少女の姿は、リオスの一撃で朦朧としていた円巳の意識を、一気にまさせた。


「二次元に潜航するスキルとは珍しいな。キミも『勇者族』かい?」

「違う」


 少女はぶっきらぼうに言った。

 その声も、円巳の脳髄をチリチリと刺激する。


「なるほど。最初から『勇者族』の目的は『エンシェント・フェアリーの手』だった。それを手に入れるためだけに、わたしたちと死神を引き合わせたわけか」

「つまり、ボクもまんまと担がれた、と」


 メルトとミュゴを同時に相手どる状況ながら、少女に恐れや動揺は一切見られない。


「……母さん」


 一触即発の空気のさなか、円巳がぽつりと呟いた。


「なんだって?」


 メルトが耳を疑う。


「あれは母さんだ」


 少女の容姿は円巳自身とほとんど変わらない年齢に見える。

 しかし、少女は円巳の言葉を否定しなかった。

 その代わり、決然とした調子で言った。


「今の私は、『ブレイブドール』ディズナフ。『勇者族』のしもべにして、つるぎ


 ペルミナとともに駆けつけた帆波も、ディズナフを名乗る少女の顔を目の当たりにして愕然とした。


「牡丹さん……? えっ、どうして……」

「あれは確かにマルミの母君なのか?」


 メルトの問いに、帆波は自分の中で渦巻く情報を懸命に整理しようとする。


「あの顔立ち、髪の色、目元の黒子ほくろ――全部、牡丹さんと同じです。けれど、どう見ても――若すぎる」


 そのとき、少女の姿が再び影の中に沈み込んだ。


「――! 帆波、危ない!」


 メルトが叫んだときには、帆波の影から伸びた鎖のようなものが彼女の全身を拘束していた。

 謎の少女のスキルの一端であることは間違いない。


「ホナミさんには僕たちと一緒に来てもらう。……彼女は知らなければならない。『勇者族』のすべてを」

「ちょ、お待ちなさ――」


 ペルミナが駆けだすより早く、ミュゴがその手前に歩み出た。


「あのねえ。ボクがみすみす逃すと思っているのかい。――ん?」


 前髪に隠れたミュゴの右目がチカチカと発光した。

 それは何かの信号を表すようでもあった。


「そうかい。なら、キミの言うとおりにしよう」


 次の瞬間、ミュゴの姿はぷつりとその場から消えていた。

 当然、周囲に浮いていた残り七つの秘宝も同時にである。


「んんっ――」


 口を塞がれた帆波の体が、影の中へ引きずり込まれていく。


「お別れだ。もう会うことはないだろう」


 そう言ったリオスの足下に広がる影もまた、あるじを呑み込んでいく。


「待てッ!」

「お待ちなさい!」


 メルトとペルミナはそれぞれの武器を携えてリオスに飛びかかった。

 しかし、リオスと入れ替わるように、またも影の中から『ブレイブドール』が現れる。


「マルミの母君といえど、少し痛い目を見ていただく!」


 メルトは大鎌『オーバード』を振りかぶった。


 次の瞬間、ブリッジに雪の花が舞った。

 ――いや、銀雪と見えたものは、刃の欠片の煌めきだった。


 ディズナフの放った一太刀が、『オーバード』と『バトラー』の切っ先をまとめて砕いていた。


「――秘剣『風花かざはな』」


 勇者の剣を名乗る少女は無感情に呟いた。


「冗談……きつめですわ」


 ペルミナがひきつった笑いを浮かべる。

 タオトの最新鋭技術で作られた武器がこうも簡単に破壊されるなど、並みの芸当ではない。

 役目は果たしたとばかり、『ブレイブドール』ディズナフは刃を携えながら印を結び、影の中へ消えていった。


「帆波……母さん……ッ!!」


 リオスの斬撃によるダメージが内側からじわじわと円巳を痛めつけていた。

 目の前で様々なものを奪い去られながら、彼には叫ぶのがやっとだった。


「くっ……そぉおおおおおおおおおおッ!!!」


 円巳は錆びついた床に拳を叩きつけた。

 死神、リオス、帆波、そして母親――その誰がいた痕跡も、もはやこの廃墟には残されていない。

 メルトも、ペルミナも、円巳にかける言葉をもたなかった。


「……しかし、なぜだ? なぜ、ここまでして『エンシェント・フェアリーの手』が必要なんだ? 叶えられる三つの願いは、一万年前に使い切られているんだぞ」


 そこまで言ってメルトははっと息を呑んだ。


「……まさか」


 その仮定が正しいとすれば、宇宙はひっくり返る。


「使う方法があるのか。もう一度、『エンシェント・フェアリーの手』を」




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