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第43話 集いし秘宝



「とにかくここじゃ不利だ。中に入るぞ!」


 ゲートが開き、メルト一行は内部に転がり込んだ。

 背後から死神と『勇者族』が追う。

 そこはかつての宇宙船のブリッジとおぼしき場所で、かなりの広さがあった。


「ミュゴ、お前の相手はわたしだ」

「キミが? 今度はクビを斬るだけじゃ済まないよ?」


 メルトとミュゴは吹き抜けとなったブリッジの二階部分から一階へ向かって飛び降りていった。


「メルト!」


 円巳もその後を追う。

 さらに続こうとした帆波とペルミナの前に、双子が滑るように回り込んだ。


「遊ぼうよ、ペルみん?」

「うちら、友達じゃん?」

「生まれてこのかた、友達なんかいませんわ」


 ペルミナはにっこり微笑みながら吐き捨てるように言った。


「死神と元・死神で勝手に戦ってくれればいいのに……巻き込まれたんですけど」


 帆波が剣を青眼に構えつつ口を尖らせる。


「ぶつくさ言ってないで、戦いますわよ。あいつらは歌死舞死かしましのラバルバと、その人型武装『ハーベスター・バルバラ』ですわ」

「どっちがどっちなの?」

「どっちもどっちですわ」

「???」


 帆波の頭上に特大のハテナマークがいくつも浮かぶ。


「やつらは量子論的にラバルバの状態と『バルバラ』の状態が重なりあって存在しているのですわ。だから、両方がラバルバともいえるし、『バルバラ』ともいえる」

「ややこしいわね……」

「本体のラバルバを倒さなければ、『バルバラ』は無限に再生しますわ」

「つまり、両方同時に倒せばいいわけね」

「いぐざくとりぃ」


 ペルミナが指をパチリと鳴らした。

 その様子を見て双子がくすくすと笑う。


「簡単に言うね」

「簡単じゃないよ」


 人形のように愛らしい二人から、次第にどす黒い殺気が湧きあがってくる。


「わたくしは右の方をやりますわ。貴方は左を」

「わかったわ」


 帆波は素直にうなずいた。

 ――正直まだ、ペルミナに対して思うところはある。

 が、今はモヤモヤを引きずってる場合じゃない。

 協力しなければ勝てない相手なのだ。


 二人が左右に分かれると、死神は前後に陣形を組んだ。

 前衛の『バルバラ』は両手足の甲から刃を伸ばし、舞い踊るように襲いかかってくる。

 一方、後衛のラバルバは踵を踏み鳴らして魔法を詠唱した。


「『輪爆エクスプロンド』」


 ペルミナは『バルバラ』の前に出つつ、帆波に向けて叫んだ。


「無属性の爆発魔法ですわ。的にならないよう動き回りなさい!」

「言われなくてもやってるってば!」


 ズドドドドド!!


 帆波とペルミナの周囲に連鎖爆発が起こる。

 ペルミナは前転してかわすと、ガントレットとブレードが一体となった新武器『バトラー』で『バルバラ』の斬撃を跳ね返した。


「今ですわ! 同時に攻撃を!」

「わかった!」


 帆波は爆発をかいくぐり、死神ラバルバに斬りかかった。

 白銀の魔法剣『玉屑ぎょくせつ』が鋭い煌めきを放つ。


 ――が、その切っ先は足から伸びた刃によって弾かれた。

 帆波の目の前にいるのは、ラバルバではなく『バルバラ』だった。

 ふたつの存在が入れ替わったのだ。


「うそっ!?」


 帆波が慌てて飛び退すさる一方、ペルミナは眼前の敵へ一気に距離を詰めた。


「ならこっちが本体ですわねっ!」


 一文字に振るわれた『バトラー』の刃が、死神の首を切り落とした――かに思えた。

 宙を舞った首がニヤリと笑ったかと思うと、磁石が引き合うように胴と合体、瞬く間に再生した。


「こいつ、『バルバラ』ですわ!」

「え、そっちも!?」


 ドグァアッ!!


 狼狽するペルミナと帆波を爆発魔法が容赦なく襲う。

 爆風に吹き飛ばされ、二人は壁にしたたか叩きつけられた。


「やっば……死ねる……」


 ポーションを一本あけながら帆波がうめいた。


「どうやら、コンマ秒単位で存在を変動できるようですわね」


 同じく、喉を鳴らして飲み干しながらペルミナが呟いた。


「完璧にタイミング合わせないと無理かぁ……」

「ひとつ、確実な方法がありますわ」


 ペルミナが立ち上がり、帆波に手を差し伸べながら言った。


「わたくしが攻撃をひきつける。その間に、氷の最大魔法でまとめて凍らせておしまいなさい。動きさえ止めてしまえば同時撃破もたやすいですわ」


 確かに、帆波の最強魔法『氷葬クレイオニキス』ならば、空間ごと周囲を一時的に完全凍結させることが可能だ。

 しかし、


「あなたも巻き込まれるの、わかって言ってる? 死神はともかく、人間にとっては即死級の威力なのよ」


 帆波はペルミナの手を借りずに立ち上がり、正面から向かい合った。


「もちろん、自己犠牲なんてむさ苦しい英雄的行為に耽溺するつもりはありませんわ。ただ、わたくしは合理的選択をしたいだけ。無様に共倒れするより、貴方ひとりでも生きて帰った方が――」


 ――ぱんっ。


 ペルミナの言葉を遮り、帆波の手が彼女の頬を打った。


「……あら」


 ペルミナが目を丸くする。

 帆波は目に涙を溜めていた。


「そういうところが無理なの。あなたは人間になったんでしょ。命を大事にしてくれるって、私は信じたいの。それは、あなた自身の命も同じことなのよ」


 ――帆波にはわかっていた。

 このふざけた元・死神は、本当のところ、自分のしてきたことを悔いている。

 でも、だからこそ、自身を投げ出すような償い方をさせたくなかった。


 帆波の気持ちがいくらか伝わったのか、ペルミナは眉尻を下げて微笑んだ。

 それも束の間、すぐに勝ち気な表情を取り戻すと、


「よっしゃ。いい刺激をもらったおかげで、アイディアが浮かびましたわ」


 赤く染まった頬を指差しながら、ペルミナはばちりとウィンクした。



* * *



 メルト・円巳と対峙するミュゴの隣に、リオスが降り立つ。


「そうだ、せっかくだから『勇者族』の力を見せてもらおうか。ボクが手を下すと簡単に終わってしまってつまらないからね」


 リオスの肩に頬杖をつきながらミュゴは言った。


「いいだろう。僕に任せてくれ」

「どういうことだ? なぜ死神と手を組んだ?」

「答える義務はない」


 メルトがリオスの真意を探る一方――

 明かりの下で彼の格好を目の当たりにした円巳は、雷に打たれたようなショックを受けていた。


 古めかしい鎧と、臙脂のマント。

 その装備はまさしく、『魔剣』の記憶にあった男――円巳の母をどこかへ連れ去った、その人物のものだった。


「……母さんをどこへやった」


 リオスはやはり答えなかった。しかしその沈黙は、円巳の疑問に対する回答を彼が持っていることを暗に語っていた。


「どこへやったぁああああああっ!!!」


 円巳は絶叫とともに『魔鎧まがい』を装着した。

 もはや装着コードを唱える必要すらなく、臨界に達した闘争本能が鎧を起動せしめたのだ。

 その鬼神めいた姿を目の当たりにしながら、ミュゴは満足げに笑った。


「やはり持ってきてくれたね。キミたちにとっちゃあ、貴重な戦力だものなぁ」

「がぁああああああああああああっ!!!」

「マルミ、待てっ!」


 メルトの制止に耳を貸すことなく、円巳は全身から白い炎と燐光を噴き出しながら疾駆した。

 ほとばしる激情のままに、小惑星を砕く威力の拳がリオスの頭へと振り下ろされる。

 ――しかし、彼は一歩もそこから退かなかった。


 ガギン!!


 『魔鎧』渾身の一撃を、彼は剣の鞘で受け止めていた。


「――『オールドワン』」


 リオスがその名を呟きながら抜き放った剣は、『魔鎧』を一瞬で真っ二つに切り裂いた。

 鎧は光となってほどけ、リオスの手の中で人型スタチューに収束する。

 円巳の体が床を転がった。


「マルミ!」


 メルトが駆け寄り、彼を抱き起こす。鎧のおかげで外傷は無いようだった。


「お見事だよ『勇者族』。さあ、準備はととのった。約束のものを出してもらおう」


 ミュゴの言葉にリオスはうなずき、懐から取り出した小箱を『魔鎧』とともに宙へほうった。


「受けとってくれ」


 小箱の蓋が開くと、中から飛び立った光が空中で巨大化し、それぞれ形を変えた。

 ひとつは盾、ひとつは竪琴。


「約束通り、キミたち『勇者族』には死神本星の財宝をまとめてさしあげるよ。……さあ、いよいよだ」


 ミュゴの手のひらが光り、体内に圧縮保管されていた残り五つの秘宝が解き放たれた。


 ――『呪われし八つの秘宝オクト・エクサル』、ここに集う。


 魔導書『黒き落日』。

 『巨人の心臓タイタス・コア』。

 『魔鎧』シンハ。

 『魔剣』メ・サラム。

 『魔盾』アークディーレ。

 『戦略魔導砲』。

 『ゆるしのハープ』。

 そして、『エンシェント・フェアリーの手』。


 八つの秘宝が光を纏い、宙を舞い、死神の周囲で円を描く。


 その瞬間、遥か彼方の惑星セッドでそれは始まった。

 惑星全土を震わせる大激震ののち、地底から巨大な何かがせり上がる。

 漆黒のドーム。

 成層圏まで達する高さの壁に囲まれたそれは――まさしく、『世界のて』と呼ぶにふさわしいものだった。


 その光景に、死皇神レム・ベアムは両手を掲げて歓喜し、


「汝、呪われし八つの秘宝を集めしもの、世界のてに望むれば、凍れる死の都、その門を開きて、世界の命運を左右せし力、その手に託さん――」


 陶然とした調子で予言の一節を歌い上げた。


「ついに現れたか、『門』よ。あとは『鍵』を待つのみだ」


 1万年の時を越え、いよいよ世界の命運が決しつつあった――。




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