ユベレーとの決戦後、タオト軍は魔王軍と共同し、死神の本星への総攻撃を計画した。
敵が幹部クラス――
もちろん、
激しい戦いが予想されるが、再びタオトや別の惑星が戦場にされることを防ぐためでもあった。
「今までにない、大きな戦いになるのね」
ギンク・ルー市内のホテル、そのラウンジ。
飲み物で満たされたグラスを不安げに握りしめながら
「ああ、タオトのお偉いさんが張り切ってな。死神にぶっ潰されたスペース・パトロールの残存戦力までかき集めてるって話だ」
「艦隊戦とかになったら、ぼくらにできることなんてないよなぁ」
カウンターにはメルト、円巳、それからペルミナも座っていた。
「いや~~、最初は面倒だと思いましたけど、食事ってのも悪くないですわね。めっちゃうめぇですわよ、このスイーツ」
ペルミナは食べ放題の高級菓子をもっしゃもっしゃと頬張りながら言った。
人間になってからというもの、お嬢様キャラまで崩壊しつつある。
「あなたは気楽でいいわね、元・死神さん」
帆波が嫌味を込めた口調で言うが、スイーツ効果かペルミナはまったく意に介さない。
「まあ、なるようになるだけですわよ」
「真理だな」
メルトが深くうなずいた。
「そんなんでいいのかね……。とりあえず今はゆっくりしようか、帆波」
円巳が気遣うように言ったが、帆波はとてもそんな気分になれなかった。
* * *
真夜中になっても帆波は落ち着かなかった。
ペルミナが急に仲間になったこと、恋のライバル(?)が増えたこと、そして大きな戦いのこと。
胸騒ぎは止まりそうにない。
個室のバルコニーに出て夜空を仰ぐ。
「明日になったら、テイアさんに相談してみようかな」
幽閉されていたとはいえ、『魔星』の空気にすっかり馴染んでしまったらしい。
帆波はゆっくりと深呼吸した。
タオトの風は乾いていて、どこか寂しげな匂いがした。
――しかし、その時、ふと――
何者かの気配を感じて、帆波はぞくりと身を震わせた。
「……誰?」
バルコニーの隅の暗がりに目を凝らすと、何者かがそこに佇んでいる。
赤い髪と古びた鎧、臙脂のマント。
「リオスさん……」
「ホナミさん、こんな形で申し訳ない」
薄い寝間着一枚しか纏っていない体を隠しながら、帆波は後ずさった。
「人を呼びますよ」
「君にあることを伝えにきた」
「あること?」
「残る『
「どうして、それをわたしに?」
「仲間だからだよ。そして、死神は全宇宙共通の敵だ。やつらに奪われる前に、君たちに手に入れてもらいたい」
「…………」
帆波は彼の言葉をどこまで信用できるか測りかねていた。
『魔星』で危険を冒しながら自分を助けてくれたことは事実なのだが……。
「いいかい、必ず向かうんだ」
そう言い残すと、リオスは手すりから体を踊らせた。
「あっ!?」
帆波が息を呑んだ次の瞬間、黒い大きな影がバルコニーの前を横切った。
星空に舞い上がっていったそれは、リオスの駆る騎竜だった。
* * *
翌日、帆波の部屋に一同が集まった。
「確かめてみる価値はあるだろう。何しろ、今の我々には『黒き落日』がない……『
メルトが腕を組みながら言うと、
「罠ではなくて?」
隣からペルミナが口を挟む。
「『勇者族』が我々を罠にハメるメリットが薄い。秘宝を集めるのが狙いなら、もっと早く戦うことになっていたはずだ」
「それもそうですわね……」
スイーツをぱくりと頬張ると、ペルミナはベッドにダイブした。
「じゃあ、総攻撃の前にひとつ、クエストを済ませておこうか」
メルトがそうまとめたが、円巳はふと頭に浮かんだ疑問を口にした。
「……でも、どうしてリオスは帆波にこだわるんだろう? 『魔星』では、わざわざ助けに来たっていうし」
「惚れたからじゃないか?」
「……あ……あのっ!!」
冗談めかして言ったメルトの隣で、たまりかねたように叫んだのは帆波だった。
「リオスさんが言ったんです。私のこと、『勇者族』の仲間だって。同じ、『勇者』の末裔だって。……黙ってて……ごめんなさい」
ずっと胸にとどめていたことを彼女はひと思いに打ち明けた。
今までの自分と違うモノとして見られることよりも、秘密を抱いたまま孤立していく方が怖かったのだ。
帆波は反射的に円巳の反応をうかがった。
「――かっ――」
彼の口がゆっくりと動き、
「――かっっこいいじゃん!!」
偽らざる感想が部屋に響き渡った。
「負けヒロイン属性かと思ったら、どっこい主人公属性でしたわね」
ペルミナもわけのわからないことを言う。
「なるほど、たしかにホナミこそ、『勇者』の名にふさわしい冒険者だ」
メルトがにこりと微笑んでそう言った。
すっかり拍子抜けしてしまい、帆波はぽかんと呆けた顔を晒していた。
そんな彼女に寄り添い、円巳はそっと囁いた。
「帆波、君の遠い遠いご先祖様が誰だろうと、気にすることなんてないんだ。君は、君だろ」
「円巳……」
眼鏡の下から涙がこぼれ落ちた。
――やっぱり、あなたを好きでよかった。
帆波は円巳の肩に頭を預け、しばらくその温もりを感じていた。
* * *
『朽ち果ての星』とは、老朽化した宇宙船を繋ぎ合わせて作られた人工天体だ。
……しかし、貿易の拠点として賑わったのも今は昔。
現在は無人の廃墟と化しており、二重の意味で『朽ち果て』ようとしている。
四人を乗せて定員ギリギリのアーウィルは、錆び付いたその港にひっそりと着陸した。
「宇宙船の寄せ集めといったって、ここから探すのは骨ですわよ」
「とりあえず、一番古い船のブロックに行ってみよう」
タオトで入手した記録をもとに、メルトを先頭にした四人は暗い船内を進んでいった。
明かりはそれぞれが持つ小さなフォトン・トーチのみだ。
やがて目的のブロックに到着すると、ゲートの隙間から光が漏れていた。
「幸いここは発電設備が生きてるらしい」
メルトがゲートの開閉スイッチに触れようとしたときだった。
コォン、コォン、コォン――。
くぐもった足音が近づいてくる。
トーチの光に照らし出された人影はふたつ。
しかし、足音はひとつ。
完全にシンクロしている。
「こんにちは」
「ごきげんよう」
それぞれ赤と青の髪を床まで垂らした、瓜二つの双子姉妹。
黒いボディスーツの上から揃いの白いジャンパースカートを履いている。
「うちはバルバラ」
「うちはラバルバ」
「「遊ぼうよ」」
人形のような二人の少女が並んで手をつなぎ、ぴぃちくぱぁちくと小鳥のように代わるがわる、また声を合わせて
廃墟の中でその愛らしい声はかえって不気味に反響した。
「こいつらも
ペルミナが警戒をうながす。
「なぜ死神がここにいる? まさか、『黒き落日』を解読できたわけでもないだろ」
当然の疑問を口にしたメルトに、双子の死神はくすくすと笑った。
「その答えはこれさ」
背後から響く声。
メルトたちが振り返ると、そこにも二つの人影があった。
「ミュゴ……!」
メルトは因縁の相手をそこに認め、
「リオスさん!?」
帆波は思わぬ人物の姿に驚嘆した。
「済まない、ホナミさん」
リオスの肩にもたれ、死神ミュゴが無表情のまま
「ご覧の通り、キミたちはまんまとハメられたんだよ。さあ、今日こそはすべての『