「貴様の攻撃は私に通じない。いくら素早かろうが、いつまで持ちこたえられるかな!」
防御を捨てたユベレーの猛攻は凄まじいものだった。
メルトは『セシリア』の乱舞を懸命にかわしながら、わずかな隙を狙って『オーバード』の刃をひらめかせる。
しかし、ユベレーはその切っ先を首筋で受けた。
ギィンッ。
魔力の反発により、刃が弾き返される。
――やはり、駄目か。
その瞬間、ユベレーの脚がメルトの腹部を蹴り上げた。
吹き飛ばされたメルトは地面を転がり、げほげほと咳き込む。
「とどめをさしてやる」
ユベレーは口の端を吊り上げながら『セシリア』の切っ先を獲物に向けた。
……しかし、メルトは落ち着いていた。
ユベレーの様子を見極めるように、じっと視線を注いでいる。
「どうした? 無駄と知って諦めたか?」
「いや……そろそろかと思って」
「なんだと?」
コートについた砂埃を払いながら立ち上がると、メルトは手にした大鎌の柄で地面を打ち鳴らしながら言った。
「この『オーバード』には、魔力にバフをかける機能がついている。魔力のないわたしには意味がないけどな」
「ふん、それがどうした?」
「いや、お前には意味あるんじゃないかと思ってさ」
「何を言ってい……る゛……!?」
ユベレーは自身の体の異変に気が付いた。
全身が、細胞のひとつひとつが、まるで燃えるように熱いのだ。
「さっき斬りつけた瞬間、お前に最大限のバフをかけてやったよ」
「あ……がぁあああああ……ッ!?」
堪えきれず、ユベレーは『セシリア』を取り落とし、膝を突いてうずくまる。
「その体は、言うなれば魔力で隙間なく組み上げられたパズルだ。しかし、そのピースひとつひとつが肥大化したらどうなるか?」
ぱし、と音を立ててユベレーの右手が
「から……だが……ッ」
続いて左手が、両足が――。
「そうだ。お前の体は内部からの圧力に耐えられず、崩壊する」
「お……の……れぇええええええええッ!!」
「最後に聞かせろ。なぜ、お前たちは『エンシェント・フェアリーの手』の在処を知っていた?」
「きさまが……しる必要は……ないッ!!」
ユベレーは完全に人の形を失い、黒い液体となって蒸発した。
――しかし、次の瞬間。
ユベレーの消滅地点の真上に、空一面を埋め尽くす、大陸サイズの魔法陣が現れた。
「……死ぬ間際、自分を生け贄に最後の召喚を行ったってところか」
メルトは苦笑いした。
――これは本格的に、手の打ちようがないかもしれんぞ。
がきん、がきん、がきん。
魔法陣の機構が作動し、中心部から恐ろしく巨大な物体が姿を現す。
脈動する半透明の繭。
その内部には、胎児のように身を丸めた超巨大獣が収まっている。
肥大化した脳と心臓、無数の眼球をぶら下げたそれこそは、天体破壊用『召喚獣』ラロギガラダの威容だった。
その巨体が魔法陣を完全に通過し、実体化した瞬間、ギンク・ルーのみならず惑星タオトは死滅するだろう。
――タオト艦隊、いや、どこの星の援軍でもいい。いま間に合ってくれれば――。
メルトのかすかな望みは、しかし、意外な形で成就した。
タオト滅亡の寸前、空が白く輝いたかと思うと、数十門のハイブリッドビーム砲が魔方陣に突き刺さったのだ。
ろぉぉおおおおおおおおい。
ラロギガラダが悲しげな声で咆哮する。
さらに砲撃は続き、
最後の『召喚獣』はその巨体を実体化させることなく、幻のように空へ溶けていった。
「……間一髪だったな。どこの
メルトは額の脂汗をぬぐいながら、遥か上空に目を凝らした。
暮れなずむタオトの空は、黄色からエメラルド色に変化しつつある。
その空に白い艦影が浮かんでいた。
――いや、それは艦などというサイズではなかった。
タオトの衛星軌道に緊急ワープアウトしてきたその物体は、爆発直前に切り離された『魔星』の居住区。
『アイソーンの月』と呼ばれる小天体級宇宙船だった。
* * *
「メルト……本当に……メルトなんだな」
ギンク・ルーの中央広場にて、円巳とメルトは再会を果たした。
円巳は人目を憚らず彼女に駆け寄り、強く抱き締めた。
その温もりと鼓動を、ここに存在している事実を確かめたかった。
「心配をかけた」
「そういうレベルじゃなかっただろ……もう絶対、いなくならないでくれ」
「ああ」
二人が噛み締めるように言葉を交わすその隣では、タオトの代表と『魔王』ルーコが友好関係を結びつつあった。
上空にはタオト艦隊と『アイソーンの月』が仲良く並んでいる。
「民の受け入れ、まことにかんしゃするぞ」
『魔星』から移り住んできたのは、高い知能を持つ魔物、魔人とでもいうべき者たちだった。タオトは彼らとの共存を実現した、宇宙でもかつてない惑星となった。
「こちらこそ、あなたたちの援軍がなければこの星は滅びていた。どれだけお礼を言っても足りません」
代表の広域テレパシーに、周囲のタオト人も賛同する思念を次々と発信する。
その様子にメルトはにこりと笑った。
「あっちも丸く収まったみたいだな」
「本当によかった――ん?」
そのとき、円巳の視界にチカリと光るものが映った。
要人2人を囲む群衆のなかに、何かを腰だめに構えた爬虫類系ヒューマノイドがいる。
それは、銀色の
「あぶないっ!!」
円巳が叫ぶ声が辺りに響き渡ったが、しかし、その銃が火を噴くことはなかった。
白銀に輝く剣が、その凶器を真っ二つに切断していた。
「交渉の窓口を任された者として、見過ごせないわね」
しなやかな指先が、銀フレームの丸眼鏡をくいっと押し上げる。
「くそっ……死神万歳! 死にゆく者に、祝福――」
「『
トカゲ男は取り押さえられる間もなく、一瞬にして氷のオブジェと化していた。
「
「円巳、無事でよかった。本当に」
帆波は円巳と対面すると、凛々しい魔法剣士の姿から一転、ぽろぽろと涙をこぼし始めた。
「どんなに捜索しても円巳だけは見つからなくて、私……私……」
「ごめん。ごめんな」
今度は帆波を抱き寄せ、円巳はその頭を撫でた。
端から見れば、とんだ色男に映ったことだろう。
「これは……またしても借りが増えてしまったようだ」
「死神の隠れ信者って意外と多いのですわよ。『エンシェント・フェアリーの手』の在処を漏らしたのも、たぶんそいつですわ」
連れ立って広場に現れたのはベーバとペルミナだった。
転移魔法を使えるベーバは、円巳とともに西のラドカーンからギンク・ルーへ移動したあと、東のゲドリクヘペルミナを迎えに行っていたのだ。
「ペルミナ!?」
帆波が表情をこわばらせ、剣に手をかける。
円巳は慌てて事情を説明した。
「――というわけで、ぼくや東の都市を守ってくれたのは彼女なんだ。今は信頼できると思う」
「……事情はわかったわ。でもね。でもね、円巳」
帆波は拳を握り締めた。
「いくら人間に変わったとしても、この子が私の目の前で、ひとりの人間を遊びのように殺した。その事実は変わらないのよ」
ペルミナと正面から向かい合い、帆波は言った。
その全身は震えていた。
怒りと恐れ。それは正当な感情といえた。
「死神?」
「あの
周囲の群衆にも恐怖と困惑の色が見えた。
「たしかに、わたくしのしたことは変わらないし、許しを乞おうなんてことも考えちゃいませんわ。――けど」
ペルミナは声のトーンを落とした。
自分の胸元をきゅっと握りしめ、ゆっくりと言葉をつむぐ。
「人間になって、わかったことはある。ここにあるものの重さ、とか。……だから」
帆波の目をまっすぐに見つめ返し、ペルミナは言った。
「ごめんなさい」
そして、ぺこりと頭を下げた。
地球の感覚なら――いや、大半の文化圏において、彼女の犯してきた罪がそれで
しかし、それはペルミナ自身も承知のはずだ。
承知のうえで、そのオリンポス山より高いプライドを曲げたのだ。
その意味は帆波にも伝わった。
「とりあえず……敵でないことはわかったわ」
彼女はやっとそれだけ呟くと、剣から手を離した。
円巳がほっと胸を撫で下ろす。
――その時だった。
「ダーリーン!」
場違いに甘ったるい声が上空から舞い降りてきた。
「げっ」
円巳は思わずうめいた。
黒とピンクのツインテール。ゴスロリ地雷系ファッションに身を包み、背中からコウモリの羽根を四枚生やした少女が、ぱたぱたと飛んでくる。
それは紛れもなく、『魔星』で戦った『インペリアルヴァンパイア』――リッキだった。
「会いたかったよー!!」
「うわっ!」
彼女は円巳に向かってダイブし、押し倒すと、首に手編みの赤いマフラーをぐるぐると巻きつけた。
「あっ、似合うっ! 嬉しいな! リッキ、幸せだよ!」
「げ……元気そう……だね」
「あのときは、ちょっとびっくりしちゃったけど……身を焦がすほどの愛、確かに受けとったよ。ダーリン」
リッキは両手で頬を押さえ、うっとりとした様子で言った。
「隅におけないな、マルミ」
メルトはほのぼのとした様子で見守っているが、隣の帆波は完璧な無表情。
円巳は背中に氷を突っ込まれたような気分になった。
「ち、違うんだ、これは」
「ふふふ、可愛い顔してお盛んなのですわよ、マルミは。わたくしとも二人きりの漂流生活の間に……ネ」
「冗談でもやめろ! まずいって!!」
面白がって油をジャブジャブ注ぐペルミナに、円巳は真っ青になりながら叫んだ。
ひょおおおおおおお。
彼らの間を刺すような冷気が駆け抜ける。
出所はもちろん、帆波だ。
「お前らやっぱり敵だぁああああああああ!! 凍らせてやるぅうううううううう!!!」
帆波の大暴走で、その日、ギンク・ルーには季節外れの雪が降ったという。
* * *
死神の本拠地、惑星セッド――その荒野にそびえる宮殿、ワルハード。
「ペルミナは裏切り、ユベレーは滅びた……か」
レム・ベアム――『死皇神』とも呼ばれ、死神たちの創造者にして絶対神として崇められる男。
その美しい調べのような声は、しかし、耳にした者に抗いようのない畏怖を与える。
彼の玉座の前には、それぞれ赤と青の髪をした双子のような死神がかしずいていた。
「安心ください、レム・ベアム様」
「心配ないです、レム・ベアム様」
「あんな子たち、必要ないです」
「うちらがいれば、オッケーです」
小鳥のようにぴよぴよと、代わりばんこに
「ありがとう。頼りにしているよ」
「「もったいなき言葉」」
綺麗なハモりの残響が、遥か高い天井に吸い込まれて消えたあと、レム・ベアムは再び口を開いた。
「ユベレーの取引は失敗したが、実はいま、別の取引を持ちかけられていてね。ミュゴとともにその任にあたってくれるかい」
「「取引??」」
二人は互い違いに首をかしげた。
「そう。『