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第40話 決戦・惑星タオト(中編)



 ユベレーからのテレパシーの唐突な断絶。

 彼女の予測していない何かが起こったのだ。円巳はそう確信した。

 しかし、それがまさかメルトの復活とは考えもしなかった。


 ――とにかく今は、こいつを一刻も早く倒さないと。

 円巳は目の前の敵、『召喚獣』イゾにあらためて意識を集中した。


 長いかぎ爪がビルに向けて振り下ろされる。

 円巳は真横に転がってそれを回避し、屋上が崩壊する前にジャンプした。

 その勢いのままイゾの喉元を狙ってキックを叩き込むと、綺麗にカウンターを喰らった巨獣はたまらず仰向けにひっくり返った。

 空気を震わす轟音を聞きながら、円巳はまた別のビルに着地する。


 ――このままヒットアンドアウェイを繰り返せば、勝てない相手ではないだろう。

 しかしその場合、周囲の被害は甚大なものとなっていまう。

 『魔鎧まがい』の稼働時間も限りがあるし、何よりギンク・ルーのことが気がかりだ。


 必要なのは、一瞬で勝負を決めるような、決定力のある攻撃手段。

 アーウィルのタキオン魚雷が使用できれば話は早かったのだが、漂流中にチャージした粒子はタオトまでの転移にあててしまっている。

 かくなる上は――


「アーウィル、ごめん。後で修理する」

『問題ありません』


 円巳は緊急着陸させたアーウィルの重力エンジンを意図的にオーバーヒートさせ、本体から取り外した。

 炊飯器くらいの大きさのそれを小脇に抱え、起き上がったイゾを見上げた。


「アーウィル、カウントを」

『5、4 、3、2、1』


 円巳は破裂寸前のエンジンを巨獣の頭部に向けて投擲した。


 ――キュルルルルゥ。


 何か巻き戻すような音とともに、イゾの巨大な頭部がぐるぐると渦を巻くのが見えた気がした。

 次の瞬間、そこには何もなかった。

 重力エンジンの暴走により生じたマイクロブラックホールは、巨獣の頭を呑み込み、跡形もなく蒸発していた。


「やった……!」


 円巳はガッツポーズをとった。

 が、それは長く続かなかった。

 メリメリという音ともに、イゾの腹部が盛り上がる。

 触覚が、牙が飛び出し、複眼が形成される。

 それは新たな頭部だった。


「そんなのありかよ!」


 円巳は思わず叫んだが、事態はそれにとどまらなかった。

 イゾの全身のトゲが、がちん、がちんと音を立てながら土台からせり上がったかと思うと、ミサイルのように射出されたのだ。

 一度上空に舞い上がったそれらは、地上へと方向を変え、雨のごとく降り注いできた。

 その先には、大勢の群衆が逃げ遅れている。


 ――しまっ――


 次の瞬間に起こる惨劇を予測し、円巳の視界に絶望の影が差した。

 だが、


 キィィイイイイイイン。


 突如、ドーム型の巨大な魔導障壁が出現し、トゲミサイルを跳ね返した。

 タオトのバリアシステムが復旧したのだろうか?

 円巳が障壁の発生地点に目を凝らすと、そこには思わぬ人物がいた。

 黒いローブを身にまとい、フードの下からは真紅の顔がのぞく。


「あれは……たしか、『魔星』の……!?」

「ベーバだ。その節は世話になった」


 ダンディボイスなテレパシーが円巳の脳裏に響いた。

 死神ミュゴに斬り伏せられたはずの『インペリアルダークメイジ』が、そこに立っていた。


「生きていたんですか……?」

「幸いな。しかし、話はあとだ」


 イゾの全身には新たなトゲが伸び始めている。


「私の魔力もまだ本調子ではない。次の斉射が来る前に勝負を決めてくれ」

「でも、どうやって?」

「『召喚獣』イゾは、かつて勇者パーティーの【神級召喚獣使いエル・テイマー】も使役した魔物だ。ゆえに弱点の記録が残っている」

「弱点?」

「やつの右胸にある、溶解液を作り出す体内器官。そこに穴を開けてやれば奴は自滅する。頭部だった穴から侵入できよう」


 確かに、マイクロブラックホールによって抉りとられた首の部分は、傷が塞がることもなく体内が露出した状態になっている。


「よっし、覚悟決めるか。アーウィル、今度はシールド装置を貸してくれ」

『了解。だんだん体が軽くなりますね』

「ごめん、戻すから。本当に」


 アーウィルから取り出したボックス型の装置を左脇に抱えると、円巳は右手で地面に突き刺さったトゲの一本を掴んだ。


「いくぞ」


 ギィオォオオオオン!!


 イゾ腹部の頭が吼え、第二射のトゲミサイルがせり上がる。

 円巳はひときわ高いビルに飛び移ると、そこから巨獣の体に開いた穴を見下ろした。

 ヌルヌルテカテカした肉と内蔵の断面がよく見える。

 恐怖と嫌悪感を振り払い、円巳は巨獣の体内に身を投げた。


「アーウィル、シールド全開!!」


 シールドで防御を固め、トゲをくさびのようにして肉と臓器をかきわけながら、右胸に深く深く沈み込んでいく。


 ギョオオオオオオオ!!


 イゾが狂ったように暴れ始めた。

 ミサイルの発射をやめ、駄々っ子のように手足を振り回し、周囲のビルを突き崩していく。

 やがて、腹部にできた頭がガクガクと痙攣したかと思うと、右の複眼を突き破って群青の鎧が飛び出した。


 作戦は成功したのだ。

 巨獣の体内に溶解液が溢れかえり、自身の体をみるみるうちに溶かし尽くしていった。

 後に残ったのは、異臭を放つ肉の絨毯だけだった。


「このエリアには、しばらく人は住めないだろうなぁ」

「被害としては最小限だろう。流石だ」


 その勇気を讃えるベーバの前に円巳が降り立ち、『魔鎧』を解除して語りかけた。


「あの爆発のあと、何があったんだ?」

「うむ。それはな――」



* * *



「貴様は死んだはずだぞ!」


 キルダートの座席を蹴った死神ユベレーは、その勢いのまま腰のサーベル――『ハーベスター・セシリア』を抜き放った。

 目にも止まらぬ突きをメルトは最小限の動作でかわし、背負っていた大鎌を振り下ろす。


「ちっ!」


 紙一重でかわしたユベレーの結わえた髪がほどけ、銀髪がこぼれる。

 メルトは新品のとり回しを確かめるように大鎌をクルクルと弄びながら言った。


「爆発のあと、宇宙を漂流していたわたしたちはタオト艦隊によって救助された。そして、その艦内で最先端の魔法科学による治療を受けることができたのさ。人間なら即死のところ、どうにか首の皮一枚でつながった……いや、正確には切れてたけど」


 タオト艦隊の動きには、帆波ほなみの働きも深く関わっていた。

 交渉の窓口としてタオトに戻った彼女は、『魔星』が消滅したとき、真っ先に救助を頼み込んだ。円巳も、メルトも、そして『魔星』の住人も分け隔てることなく。

 共通の敵は、死神ただひとつなのだと。


「念のためにタオト艦隊と別れ、一足先に戻ってきておいてよかったよ。お前みたいな空巣野郎がいるからな」

「舐めるなよ……キルダート、タキオンバルカン斉射!」


 地表から浮かび上がった宇宙バイクが、粒子の弾丸をばら撒いた。

 しかし、メルトはその射線を避けようともしない。


「なにっ!?」


 狼狽したのはユベレーの方だった。

 メルトは大鎌を高速回転させ、弾丸をすべて跳ね返してみせたのだ。

 そしてなおも接近するキルダートに向けて跳躍し、空中で交錯する。


 直後、真っ二つに両断されたキルダートは火を噴きながら落下、爆発した。


「大気圏内の飛行性能はアーウィル以下だな。的みたいなもんだ」


 奪われた『黒き落日』の代わりにメルトが握っているのは、タオトの最新魔法科学が生んだ近接武器――名を『オーバード』。

 魔法は使えないものの、純粋な武器としての性能はこちらの方が上回る。


「お前はペルミナと違って、一度殺したら、死ぬんだろう?」


 メルトはジグザグの軌道で疾走し、ユベレーを翻弄しなから『オーバード』の刃を滑り込ませた。

 魔力でコーティングされたその切っ先は分子より鋭く、切れない物質は存在しない――はずなのだが。

 ユベレーは左腕をかざし、素肌でその斬撃を受け止めた。


「うーぷす……」


 これにはメルトも目を見開き、飛びすさって様子をうかがう。


「今度は貴様が驚く番だったな」


 ユベレーは勝ち誇った様子で言った。


「私の細胞は、ひとつひとつが『後光ハロー』という魔力のバリアによって守られている。一撃を入れたことは褒めてやるが、私を切り裂くことは何者にもできんのだよ」


 絶対に破壊できない体。

 それは狡猾なユベレーが隠し続けてきたカードだった。

 ――しかし、メルトはこのとき、突破の糸口をすでに掴んでいたのである。




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