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第39話 決戦・惑星タオト(前編)



 赤茶けた異星の大地に、凶兆を告げる嵐が吹き荒れる。


 ――1標準時間前。

 タオト五大都市のひとつ、西のラドカーン。

 その近郊で最初の異変は発生した。

 空一面に巨大な魔法陣が出現し、歯車のようなその機構がガチャリと噛み合うと、中央部分から一匹の獣を生み落としたのである。


 翼のないドラゴンのような爬虫類系の胴体。一方、頭部にそなえた複眼と触覚、そして真横に開閉する口は、昆虫のそれである。

 全身には鋭いトゲがびっしりと並び、先端から青緑色の毒液を絶えず滴らせている。

 何より、その桁外れに巨大な体躯。

 ラドカーンの高層ビル群が、まるで崩されるのを待つ子供の積み木のように見える。


 ギィオォオオオオオーーーーーーーン。


 『召喚獣』イゾ。

 その咆哮は、惑星全土を震撼させるのに十分なものだった。


「まずは西の都に消えていただこう」


 死神ユベレーは、興行師を気取ったような口調で地表に広域テレパシーをばら撒いた。

 理由はひとつ。

 この殺戮を、より甘美なものに仕立てるためだ。


 バリア・システムを失った大都市に、巨大なる『死』そのものが迫りくる。

 逃げまどう人々がそこら中で渋滞し、悲鳴と怒号が交錯した。我先にとぶつかり合い、押しのけ合い、ついには群衆同士の争いが生まれる。

 恐怖と絶望に彩られた、阿鼻叫喚の地獄絵図。

 しかし、それを切り裂くようなエンジン音がどこからともなく響き渡った。


 ――イゾの足元。人の絶えた道路を、一台のバイクが駆けてくる。

 乗っているのは群青の鎧で全身を包んだ人物だった。

 半実体の紅いマフラーが長く尾を引いている。


「待っていたぞ」


 衛星軌道に静止したキルダートに跨がり、イゾの視界を通して地上の様子を眺めていたユベレーは、満足げに呟いた。


 アーウィルは変形しながら大地を離れ、イゾの鼻先をかすめるように急上昇した。

 イゾがそれを追って頭上を仰いだとき、舞い降りた『魔鎧まがい』の鉄拳が眉間に叩き込まれた。


 ギョォオオッ!


 不意を突かれた巨獣は全身のトゲから毒液を噴射する。

 周囲のビル群が白煙を上げて崩れ落ちた。

 腐食系の攻撃には『魔鎧』といえど油断できない。

 仮面の内側で顔をしかめながら、円巳まるみはイゾの顔面を蹴って距離をとり、無事なビルの屋上に着地する。

 その時、彼の脳裏にテレパシーが響いた。


「私のメッセージは見てくれたかな? 【空白ブランク】くん」

「死神……ユベレーか」

「ああ、今度は直接話せて嬉しいよ。さて、取引の続きだ。君がその『魔鎧』を渡すなら、私は今すぐに攻撃を中止しよう」

「信用しろと?」

「死神の誇りにかけて」


 ユベレーはわざとらしく騎士然とした調子で言った。


「必要ない。ぼくがこいつを倒す」

「ははははは。わかっていないな」


 愉しげな死神の笑い声が木霊した。


「私が操る『召喚獣』が、ただの一体だけだと思ったのかい」


 その頃。

 遥か東方に横たわる五大都市ゲドリクでは、巨大な魔力震が観測されていた。

 空に開いた魔法陣から黒雲のようなものが湧きだし、市街地へ向けてゆっくりと移動を開始したのだ。

 それは群れなす『死』の旋風だった。

 ライオンの頭部とハネアリのような体をもつ飛行魔獣が、新鮮な餌を求めて一斉にゲドリクへと殺到しつつあった。


「東のゲドリクへ『召喚獣』ミロウジャを向かわせた。やつらが通り過ぎたあとには、草一本、骨一本残るまい」


 ユベレーはすでに取引など関係なく、これから繰り広げられる惨劇の観客たる歓びにうち震えていた。

 ――が、その時。


「そんなこったろうと思いましたわよ」


 唐突にテレパシーへ介入してきたその声は、彼女にとってあまりにも聞き慣れたものだった。


「ペルミナ……貴様」

「もっとも離れたふたつの都市を同時に攻撃する。いかにも貴方が考えそうなセコい手段ですわ」


 荒涼たるタオトの大地にあって、わずかな草木が繁茂するゲドリク郊外。

 迫る死の旋風の前に、金髪の少女が立ちはだかる。

 身に付けているのは、アーウィルから引っ張り出した予備の白いスペース・スーツだ。


 すぅううううううう。


 ペルミナは深く静かな呼吸で集中力を高めた。

 森羅万象に満ちる魔素の流れを読み、自らをその一部と化す。


 名もなき惑星からタオトへ至る旅の間に、彼女は自分の魔法にひたすら磨きをかけた。

 より強く、よりはやく、より美しく。

 鍛練の果てに得たのは、死神であった頃を上回る魔力だった。

 それは、彼女がヒトとなったからこそ成し遂げられたことだろう。


「『大神炎メガロ・プロヴィネンス』!!」


 ペルミナが詠唱とともにかざした手の先に、小さな桃色の火球が灯る。

 それは徐々に高度を上げながら肥大化し、瞬く間に天体レベルの巨大な火の玉へと成長を遂げた。

 しかし、彼女の魔力操作は完璧であり、地表の都市や生命体を焼くことは決してない。


 ――彼女は決して、今まで繰り返してきた殺戮を悔い改めたわけではなかった。

 ただ、そこに価値を見い出さなくなっただけだ。

 ヒトとして生まれ変わり、宇宙の生態系に還元された彼女のなかには、「命を守る」という新たな価値観が、おのずと芽生えていた。


「冥府へ帰りなさい、哀れなしもべたち」


 慈悲のこもった呟きとともにペルミナが指を鳴らすと、火球は弾け飛び、指向性をもった大熱波がミロウジャの群れを包み込んだ。

 数億にものぼる魔獣たちは、一切の痛みも恐怖も感じることなく、灼熱にいだかれて消えた。

 そこには灰の一片すら残らず、穏やかな風が大地を撫でるのみだった。


「あ~~~~~~、くっっっそ疲れましたわ!!」


 汗だくのペルミナは大の字となって草原に横たわった。

 その表情はどこか爽やかだった。


「やってくれたな、ペルミナ。だが、貴様はいつも詰めが甘い」

「ユベレー……貴方、まだ何かするつもりですの?」

「当然だ。手ぶらで帰れるか」


 ユベレーの駆るキルダートはすでに大気圏を突破し、首都ギンク・ルーに接近していた。


「タオトの連中も聞いておけ。今からギンク・ルーの一般市民を無差別に殺していく。ひとりでも犠牲者を減らしたくば、『魔導砲』の図面と『魔鎧』とを揃えて差し出せ」


 殺戮を許された死神の残虐性については疑うべくもない。

 それはペルミナが一番知っている。

 犠牲となる民衆は、ただ殺されるだけでなく、自ら死を望むに至るまで徹底的にいたぶられることになるだろう。

 見せしめと、快楽のために。


「……最悪ですわ」


 騎士というポーズもどこへやら。もはやなりふり構わなくなったユベレーの暴挙にペルミナは舌打ちしたが、すでに体は言うことを聞きそうになかった。


 ――こんちくしょう。


 ペルミナは唇を噛み締めた。

 悔しい。ここまで来て、何もできないことが。


 目の前に広がるタオトの黄色い空。

 その色彩は、彼女が1000年間追い続け、憎み続けた少女の衣装を想起させた。

 ――今はもう、二度と見ることのない彼女の。


「何をやってますのよ。死んでる場合じゃありませんわよ。いつもみたいに、英雄ぶって駆けつけてみなさいよ」


 光る何かが頬を伝った。

 その、時だった。


「ライバルのお前にそうまで言われたら、仕方ないな」


 ペルミナは耳を疑った。いや、テレパシーとして脳に流れ込んできた、その情報を疑った。

 ――以前の彼女なら、二度と聞きたくなかったであろう、その人物の声を。


「帰ってきちまったよ。『死神の死神』に、地獄はぬるすぎてね」


 ギンク・ルーの中心部に降り立ったユベレーを、ひとりの少女が待ちかまえていた。


「バカな……貴様は……貴様は」


 黄色いコート、白いボディスーツ。

 背負った漆黒の大鎌。


現世げんせのうちに、懺悔しな」


 彼女の名はメルト。

 死神を狩る、死神。





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