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第38話 ここからがリスタート



「わたくしは、今まで何度も地獄を見てきた。生まれて以来、痛みと恐怖で服従を強いられてきた。それでも、諦めたい、死にたいと思ったことはありませんわ」


 円巳まるみのアイテムボックスに手をかけ、ペルミナはジルコニアソードを引き抜いた。


「生き抜いてやる。絶対に」


 その言葉に、死神セーゲンは眼鏡を直しながら嘆息した。


「そんな剣一本で我々に対抗するなど……」

「わたくしには『神炎プロヴィネンス』があるのをお忘れかしら?」

「死神がその強大な魔法を行使するには、スペルを内蔵した『ハーベスター』と遺伝子レベルでリンクしていなければならない。当然、ヒトと化した今の貴方にそれは不可能です」

「ならば人間として、この魂に記憶したスペルを呼び起こしてみせますわ」

「穢らわしい……ヒトに堕ちた死神など、あってはならない存在です」


 ズバシュゥ!


 セーゲンが手にした如雨露――『ハーベスター・エウラリア』を振るうと、三日月型の水の刃が放たれた。


「私が貴方の存在を浄化する」


 水の死神が眼鏡を冷たく光らせながら呟く。

 ペルミナは迫り来る刃を剣で跳ね返そうとしたが、水の刃は剣をすり抜け、彼女の右肩を切り裂いた。

 水しぶきに紅いものが混じる。


「くっ!」

「ペルミナ……!」


 円巳の脳裏に惨劇がフラッシュバックした。

 決して思い出したくない記憶、反芻したくない感情。

 抗えない無力感に膝から崩れ落ち、胃の中身が喉までこみ上げる。


 ――でも。


 ――でも、本当にこれでいいのか。


 ふと、円巳の視界に黄色いものが映り込んだ。

 足下で小さな花が風に踊っている。

 その色はひとりの少女の姿を思い起こさせた。

 風に揺れる動きは、まるで円巳を懸命に奮い立たせようとしているかのようだった。


 ――そうだよな。まだ冒険は終わっちゃいない。


 円巳は両手を固く握り締め、吐き気を呑み込んだ。


 ――戦っても無駄かもしれない。


 ――けど、何もしなかったら、確実に同じことがまた目の前で起きる。


 ――だったら、もう一度立ち向かうしかないじゃないか。


 ――そうだ、立つんだ。……立て! 宇路うろ円巳!!


「ペルミナ」


 円巳はゆっくりと立ち上がった。

 風が少年の頬を撫で、こぼれかけた涙を拭う。


「ごめん。ぼくも戦うよ」


 その手には『魔鎧まがい』がしっかりと握られていた。


「少しはマシな顔になりましたわね」


 ペルミナは嬉しさを隠すことなく微笑んだ。

 それがかつての彼女にない穏やかな表情をしていたことに、ペルミナ自身は気が付かなかった。


「『燦現ウェニト』!!」


 閃光とともに鎧を纏った円巳はセーゲンに飛びかかろうとしたが、そこへ横合いからエルパテラがタックルを入れてくる。


 ガギャリリィン!!


 鎧と鎧が擦れ合い、激しい火花とともに耳をつんざくノイズが鳴った。


「あんたの相手はこっちさ!」


 二人は組み合ったまま丘陵を転げ落ちていく。

 目まぐるしく上下を入れ替え、互いに猛然とパンチを見舞いながら。


「『龍流ヴェイレル』」


 セーゲンが『エウラリア』の先端で弧を描くと、空中に光の波紋が広がり、その中心から猛烈な水流が噴射された。

 それは長大な生き物のようにうねり、猛り、空を泳ぎながら、獲物に襲いかかる。

 ペルミナは飛沫しぶきを受けながらも直撃をかわし、水龍の首を剣で斬りつけた。

 が、先程と同様、手応えはなかった。


「何度試みても同じこと。水を斬ることはできません。貴方の負けです」

「それは……どうかしら?」


 ペルミナは濡れた前髪をかき上げながら笑ってみせた。


 一方、円巳はエルパテラに馬乗りとなり、拳を叩きつけていた。

 一発。二発。三発。

 土煙が上がり、地面が陥没し、エルパテラの体が徐々にめり込んでいく。


「おおおおおおおおおおおおおおおっ!!」


 『魔鎧』の首から炎のマフラーが噴き出した。

 円巳は雄叫びを上げながらさらに苛烈な攻撃を加える。

 ――しかし。


「ありがとよ、大地に埋めてくれて」


 エルパテラはけろりとしていた。


「あたしの魔法は、土いじりなんでねぇ!」


 周囲の土砂や岩石がエルパテラの鎧に吸収され、禍々しく変形する。

 彼女は円巳が振り下ろしたパンチを片手で受け止めると、そのまま投げ飛ばした。


「くっ……!」


 空中で体をひねり、辛うじて着地した円巳のもとへ、エルパテラが突進してくる。


「力比べといこうかぁ!」


 ガヂンッッ!!


 再び、火花とともに鎧がぶつかり合う。

 二人は互いの両手を組み合わせ、真っ向から膂力りょりょくを競わせる体勢をとった。

 押し負けた方は文字通り、ひねり潰されることになるだろう。


「『大地参照エフェル・ジーラ』!!」


 周囲の草花が枯れ果てていく。

 生命が生み出す魔素の循環を、エルパテラの魔法が強制的に吸い上げているのだ。

 彼女のパワーは『魔鎧』を上回った。

 徐々に背後へと押され、鋼の軋む音が響く。


「終わりだなっ!」


 勝ちを確信したエルパテラが、力を振り絞った瞬間だった。

 『魔鎧』が正面から真っ二つに割れ、内側から小柄な影が飛び出した。


「なんだとっ!?」


 鎧を強制排除した円巳は、すかさずアイテムボックスから取り出した『プーガヴィーツァ』を――折れたその先端を、力の限り、死神の眉間へ突き立てた。


「んぎゃああああああああああっ!! てめぇあああああああああっ!!!」


 さらに、頭上で組み合わせた両手をハンマーのように剣の柄へ叩きつける。

 円巳の手が砕けるのと同時に、刀身が死神の頭部を貫通した。


「ぎゃあ……あ……あ」


 エルパテラは白目を剥き、鎧を残して爆散した。


「相方は先に逝ったみたいですわよ」

「想定内です。あれは出来の悪い死神でしたから」


 セーゲンの繰り出す水流は変幻自在の攻撃となってペルミナを脅かし続けた。

 その水圧は鋭利なカッターとなって皮膚を切り裂き、あるいは超硬度のハンマーとなって体を打ち据える。

 ペルミナは致命傷こそ避け続けていたものの、全身はずぶ濡れの血まみれ、砕けた左腕は力なくぶら下がっていた。

 誰が見ても満身創痍の状態だ。


「悪あがきだけは感心しますが、それで勝てるものではありませんよ」


 ペルミナの足がもつれ、膝を突く。

 その瞬間を狙い、水の龍がトドメを刺すべく天から降下した。

 ――しかし、


「な……っ!?」


 セーゲンは驚嘆の声を漏らした。

 力尽きたと見えたペルミナが、一転、軽やかに飛翔したかと思うと、龍の頭を踏み台にしたのだ。

 そのまま彼女は龍の体を波のように乗りこなし、セーゲンへ急接近してくる。

 ペルミナの足元ではサーフボード代わりの剣が水流を切り裂いていた。


「そんなことが……!?」


 完全に想定外の事態に、セーゲンの思考回路は水を被ったようにショートしていた。

 龍の尾から飛び立ったペルミナが、空中でくるりと一回転しながら、地上で固まったセーゲンへ向けて手をかざした。


「――『神炎プロヴィネンス』」


 彼女は、失われたはずの魔法を華麗に取り戻してみせた。

 放たれた桃色の業火が、死神を包み込み、焼き尽くす。


「ご……ごんな……あ゛りえ゛ない゛ぃい゛い゛い゛い゛い゛い゛い゛い゛!!」


 ひと握りの灰となったセーゲンを背に、ペルミナは呟いた。


「人間だろうが死神だろうが関係ない。貴方とわたくしでは、存在の格が違うのですわ」


 傷だらけで勝利したペルミナのもとへ、同じく重傷を負った円巳が歩み寄る。


「貴方も派手にやったようですわね」

「アーウィルの医療ポッドですぐに治療しよう。……動けばだけど」


 その時、持ち主の死とともに砕けた二つの『ハーベスター』から空中に光が伸び、一点で像を結んだ。

 それは、サーベルを携えた銀髪の少女の姿だった。


「ユベレー……」


 ペルミナがその死神の名を呟く。


『雑魚どもを片付けたようだな。これで貴様は立派な裏切り者だ、おめでとう』


 それは、セーゲンとエルパテラが敗北することを見越して仕組まれたメッセージだった。


『そして『魔鎧』の持ち主よ、貴様に良い話がある』


 ユベレーは口の端を吊り上げ、酷薄な笑みを浮かべた。


『このメッセージが再生されてから三日後、私は惑星タオトを攻撃する。数え切れないほどの命が散ることになるだろう。だが、貴様が『魔鎧』を渡しさえすれば止めてやる。どうだ、良い話だろう』

「相変わらず、騎士っぽいのは見た目だけですわね」


 ペルミナは呆れた様子で肩をすくめた。

 もしもユベレー本人がこの場にいたら、「なんちゃってお嬢様のお前にだけは言われたくないわ!」などと反論したことだろう。


『では、タオトで待っているぞ』


 そう言い残し、ユベレーの姿はモザイク状のノイズとなって消え去った。


「アーウィルを修理してタオトに向かうぞ。一刻も早く」


 当然のように言う円巳に対し、ペルミナは眉をひそめた。


「はぁ? なんでわたくしまで」

「ここに置いていくわけにもいかないだろ。助けてもらった恩もあるし」

「ほうほう……わたくしに惚れましたわね?」

「別にそういうことでもいいけどさ……」


 ニヤニヤしながら頷くペルミナに、円巳はもはや反論する気も起きなかった。



* * *



「あなたたちは二つある未来のうちいずれかを選択することができる。『戦略魔導砲』の解析データをすべて我々に譲渡するか、あるいは拒んで滅亡するかだ」


 名もなき惑星における、円巳たちの戦いから3標準日後。

 衛星軌道より惑星タオト首脳陣へと、そのテレパシーは直接語りかけてきた。

 声の主は当然、死神ユベレーである。


 『戦略魔導砲』による『魔星』崩壊の可能性も視野に入れていたタオトは、超新星爆発の衝撃波にも耐えきることができた。

 しかし、各都市を守りきったバリアは過負荷のために破損し、今や丸裸の状態にある。

 頼みのタオト艦隊も衝撃波を受けたものは修復中、無事なものは近隣惑星での救助活動にあたっており、惑星全土が手薄な状態だった。

 そこへ死神ユベレーが取引をもちかけたのだ。


「私の可愛く利口な『召喚獣』たちは、あなたたちが要求に従うならこの星を餌場にするのはやめると言っているよ」

「卑劣な。貴様らなどに『魔導砲』の図面を渡せばどうなるか、火を見るより明らかだ」

「それが答えか。……では、死にゆくものに祝福を」


 テレパシーが終わるのと同時だった。

 惑星タオト全域に、災厄が舞い降りたのは――。




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