「『エンシェント・フェアリーの手』を貰いに来たよ。けれど、それだけでは物足りないから――この
死神ミュゴは楽しげに、しかし、にこりともせずそう言った。
「わかった。望みのものは渡そう。しかし、『王』には手を出さ――」
ベーバが言葉を終える前に、その体は肩口から真っ二つに切り裂かれていた。
「ベーバ!?」
『魔王』の絶叫が謁見の間に木霊する。
ベーバの纏っていたローブの中から、フォークのようなものが飛び出して宙を舞った。
それは小型生物の腕部とおぼしきミイラだった。
ひらりと跳んだミュゴが空中でそれをキャッチする。
「『エンシェント・フェアリーの手』、確かにいただいたよ」
メルトはただ呆然とその様子を眺めていた。
――見えなかった。何も。やつの攻撃は、一切。
「メルト、どうしたんだい。そんな調子では、ボクがまた殺してしまうよ」
「待て……」
メルトはからからに乾いた喉からやっとの思いで声を発した。
「わたしを殺したとはどういうことだ。記憶を失う前のわたしを、お前は知っているのか」
「あ~~~……」
ミュゴは大儀そうに首をこきこきと回した。
「めんどいから説明省くけど。ボクはキミを殺した。キミはボクに敗けた。それが事実だよ」
会話をしながらも、メルトは体の震えを抑えられなかった。
――知っている。自分は知っている。こいつに敗けたことを。こいつには勝てないということを。
「オーナー、バイタルに異常」
「メルト、しっかりしろ。ここまで来て、『
アーウィル
――待て、マルミ。やつには手を出すな。
メルトは懸命にそう伝えようとしたが、唇が震えて言葉にならなかった。
「ベーバ、しっかりしろ……死んではならぬ!」
『魔王』は倒れ伏した忠臣にすがりつき、泣きじゃくっている。
「泣かないでよ王様。キミが寂しくないように、プレゼントを持ってきたよ」
ミュゴが虚ろな表情のままわざとらしい身振りを加えて言うと、またしても手品のような現象が起こった。
謁見の間の中心に、突如、太陽が現れたのだ。
――いや――桃色の炎に燃え盛るそれは、よく見ると人間の形をしていた。
「がァアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」
髪を振り乱し、白眼を剥きながら咆哮を発したのは、死神ペルミナだった。
「ペル……ミナ……?」
メルトは仇敵の変わり果てた姿に愕然とした。
服さえ纏っていない彼女のボディには無数の魔導装置が接続され、禍々しくも痛ましい。
全身から炎を噴き上げながら叫ぶ姿は、もはや自我の存在すら疑わしかった。
「これ、どうやっても使えなくてさ。結局、爆弾にするのが一番いいってことになったんだよね」
「ぐおァアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」
ミュゴが頭上を指差すと、ペルミナはそれに従うように大地を蹴り、城の天井を突き破って飛翔した。
「予測コース……人工太陽」
「なんじゃと!?」
アーウィルの淡々とした言葉に『魔王』が叫ぶ。
「ここの人工太陽、寿命が近いんでしょ。ちょうどいい火種を撃ち込んで膨張を手助けしてやれば、超新星爆発からのブラックホール誕生だよ。貴重な天体ショーが間近で見られるね」
ミュゴはやはり不気味なほど無表情のまま冗談めかして言った。
「まずいぞ……アーウィル、今から本体で追いかければ間に合うか?」
「ギリ、いけます」
「メルト、ここはぼくが引き受ける。君はアーウィルに乗ってペルミナを止めてくれ!」
「……駄目だ!!」
メルトが震える声で叫ぶ。
しかし、円巳は『魔剣』の切っ先をミュゴへ向けて言った。
「こいつがとんでもない強敵なのはわかってる。メルトを倒したっていうのも本当かもしれない。でも、ここで尻尾を巻いたら『魔星』の人たちも、ぼくたちの旅も終わりじゃないか」
「マルミ……」
メルトは力なく笑った。
「きみの言う通りだな。ここで逃げるわけにはいかない。逃げられない。けど、それでも……」
ミュゴの瞳がギラリと光る。
「きみが死ぬところは、見たくないんだ」
メルトは大鎌を振り上げ、円巳とミュゴの間に割って入った。
――ぷつり。
「……メルト……」
紅い雨が瞬く間に床を染めていく。
黄色いコートの人影がぐらりと揺らめき、くずおれた。
しかし、それは首から下だけの肉体だった。
「メルト……?」
円巳は呆けたように呟きながらへたり込んだ。
その腕の中に、血にまみれた物体を抱えて。
「メルト……?」
切断された少女の頭部。
紫色の瞳に、円巳の顔が映り込んでいる。
しかし、彼女が円巳を見ることはもうない。
笑うことも、泣くことも、夢を語らうこともない。
先程のように、唇を重ねることも。
「メルト」
円巳はその首を抱き、叫んだ。
叫び続けた。
戻らない者の名を。
「あらよっと。『黒き落日』、『タイタス・コア』、『魔剣』、『戦略魔導砲』回収完了」
アーウィルDの四肢をまたしても見えない攻撃で切り離して無力化すると、ミュゴは周囲に散らばった秘宝を手際よく集めていった。
「あとは『
彼女が頭上を仰ぐと、人工太陽を覆うシールドに穴が開き、『夜』側だった『魔王城』周辺にひとすじの光が降り注いだ。
その光景は美しかったが、破滅の始まりを告げるものだった。
「じゃあね。『魔鎧』はあとあと回収させてもらうから、よろしくー」
そう言い残すとミュゴの姿はやはり唐突に消え去った。
ペルミナという爆弾を撃ち込まれた人工太陽が、急速に膨張を始める。
ジリジリと皮膚を焼かれながら、円巳は絶望のままに自らを包み込む光を受け入れた。
閃光と衝撃波が銀河を駆け巡る。
――その日、『魔星』は永遠に宇宙から姿を消した。