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第36話 燃える天球



「『エンシェント・フェアリーの手』を貰いに来たよ。けれど、それだけでは物足りないから――このかび臭い天球をキミたちの死刑台にするっていうのは、どうだい?」


 死神ミュゴは楽しげに、しかし、にこりともせずそう言った。


「わかった。望みのものは渡そう。しかし、『王』には手を出さ――」


 ベーバが言葉を終える前に、その体は肩口から真っ二つに切り裂かれていた。


「ベーバ!?」


 『魔王』の絶叫が謁見の間に木霊する。

 ベーバの纏っていたローブの中から、フォークのようなものが飛び出して宙を舞った。

 それは小型生物の腕部とおぼしきミイラだった。

 ひらりと跳んだミュゴが空中でそれをキャッチする。


「『エンシェント・フェアリーの手』、確かにいただいたよ」


 メルトはただ呆然とその様子を眺めていた。

 ――見えなかった。何も。やつの攻撃は、一切。


「メルト、どうしたんだい。そんな調子では、ボクがまた殺してしまうよ」

「待て……」


 メルトはからからに乾いた喉からやっとの思いで声を発した。


「わたしを殺したとはどういうことだ。記憶を失う前のわたしを、お前は知っているのか」

「あ~~~……」


 ミュゴは大儀そうに首をこきこきと回した。


「めんどいから説明省くけど。ボクはキミを殺した。キミはボクに敗けた。それが事実だよ」


 会話をしながらも、メルトは体の震えを抑えられなかった。

 ――知っている。自分は知っている。こいつに敗けたことを。こいつには勝てないということを。


「オーナー、バイタルに異常」

「メルト、しっかりしろ。ここまで来て、『呪われし八つの秘宝オクト・エクサル』を易々と渡すわけにはいかないぞ」


 アーウィルDドロイドが心配げにメルトの顔を覗き込み、円巳まるみが『魔剣』を携えて彼女を守るように前へ出る。

 ――待て、マルミ。やつには手を出すな。

 メルトは懸命にそう伝えようとしたが、唇が震えて言葉にならなかった。


「ベーバ、しっかりしろ……死んではならぬ!」


 『魔王』は倒れ伏した忠臣にすがりつき、泣きじゃくっている。


「泣かないでよ王様。キミが寂しくないように、プレゼントを持ってきたよ」


 ミュゴが虚ろな表情のままわざとらしい身振りを加えて言うと、またしても手品のような現象が起こった。

 謁見の間の中心に、突如、太陽が現れたのだ。

 ――いや――桃色の炎に燃え盛るそれは、よく見ると人間の形をしていた。


「がァアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」


 髪を振り乱し、白眼を剥きながら咆哮を発したのは、死神ペルミナだった。


「ペル……ミナ……?」


 メルトは仇敵の変わり果てた姿に愕然とした。

 服さえ纏っていない彼女のボディには無数の魔導装置が接続され、禍々しくも痛ましい。

 全身から炎を噴き上げながら叫ぶ姿は、もはや自我の存在すら疑わしかった。


「これ、どうやっても使えなくてさ。結局、爆弾にするのが一番いいってことになったんだよね」

「ぐおァアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」


 ミュゴが頭上を指差すと、ペルミナはそれに従うように大地を蹴り、城の天井を突き破って飛翔した。


「予測コース……人工太陽」

「なんじゃと!?」


 アーウィルの淡々とした言葉に『魔王』が叫ぶ。


「ここの人工太陽、寿命が近いんでしょ。ちょうどいい火種を撃ち込んで膨張を手助けしてやれば、超新星爆発からのブラックホール誕生だよ。貴重な天体ショーが間近で見られるね」


 ミュゴはやはり不気味なほど無表情のまま冗談めかして言った。


「まずいぞ……アーウィル、今から本体で追いかければ間に合うか?」

「ギリ、いけます」

「メルト、ここはぼくが引き受ける。君はアーウィルに乗ってペルミナを止めてくれ!」

「……駄目だ!!」


 メルトが震える声で叫ぶ。

 しかし、円巳は『魔剣』の切っ先をミュゴへ向けて言った。


「こいつがとんでもない強敵なのはわかってる。メルトを倒したっていうのも本当かもしれない。でも、ここで尻尾を巻いたら『魔星』の人たちも、ぼくたちの旅も終わりじゃないか」

「マルミ……」


 メルトは力なく笑った。


「きみの言う通りだな。ここで逃げるわけにはいかない。逃げられない。けど、それでも……」


 ミュゴの瞳がギラリと光る。


「きみが死ぬところは、見たくないんだ」


 メルトは大鎌を振り上げ、円巳とミュゴの間に割って入った。


 ――ぷつり。


「……メルト……」


 紅い雨が瞬く間に床を染めていく。

 黄色いコートの人影がぐらりと揺らめき、くずおれた。

 しかし、それは首から下だけの肉体だった。


「メルト……?」


 円巳は呆けたように呟きながらへたり込んだ。

 その腕の中に、血にまみれた物体を抱えて。


「メルト……?」


 切断された少女の頭部。


 紫色の瞳に、円巳の顔が映り込んでいる。

 しかし、彼女が円巳を見ることはもうない。

 笑うことも、泣くことも、夢を語らうこともない。

 先程のように、唇を重ねることも。


「メルト」


 円巳はその首を抱き、叫んだ。

 叫び続けた。

 戻らない者の名を。


「あらよっと。『黒き落日』、『タイタス・コア』、『魔剣』、『戦略魔導砲』回収完了」


 アーウィルDの四肢をまたしても見えない攻撃で切り離して無力化すると、ミュゴは周囲に散らばった秘宝を手際よく集めていった。


「あとは『魔鎧まがい』だけど……時間切れかぁ」


 彼女が頭上を仰ぐと、人工太陽を覆うシールドに穴が開き、『夜』側だった『魔王城』周辺にひとすじの光が降り注いだ。

 その光景は美しかったが、破滅の始まりを告げるものだった。


「じゃあね。『魔鎧』はあとあと回収させてもらうから、よろしくー」


 そう言い残すとミュゴの姿はやはり唐突に消え去った。

 ペルミナという爆弾を撃ち込まれた人工太陽が、急速に膨張を始める。

 ジリジリと皮膚を焼かれながら、円巳は絶望のままに自らを包み込む光を受け入れた。

 閃光と衝撃波が銀河を駆け巡る。


 ――その日、『魔星』は永遠に宇宙から姿を消した。




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