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第35話 魔の星に乱れ咲く花



「遊んでやれ、ジェノサイト」


 舌足らずな童女のそれに似た『魔王』ルーコの声が響き渡った。

 ――『魔王城』最上階層、謁見の間。

 広間いっぱいの体躯を誇る鋼鉄巨人が身をかがめ、円巳まるみたちを捻り潰さんと両手を伸ばしてくる。


「くっ、こっちの『巨人の心臓タイタス・コア』はまだ冷却時間クールタイムだってのに……」


 メルトは首元にしたたる脂汗をぬぐった。


「他に使えるものは残ってないか!?」


 円巳が必死の叫びを上げる。

 『魔星』への突入からここに至るまでに、使えるものはすべて戦いに注ぎ込んできた。

 しかし、正念場はここである。ここで勝てなければ意味はないのだ。


「使えるもの……使えるものは……うーむ……」


 巨大な手のひらが、先程まで二人が立っていた場所に手形を作る。

 メルトは地面を転がりながら考えた。

 『魔王』に新たな戦力を『再生する』隙を与えず、一撃で確固たるダメージを与える手段。

 そんなものが残っているわけが……。


「――いや、残ってるぞ」


 メルトは正面から迫る巨人の拳を跳び箱の要領でひらりとかわした。

 轟音とともに後方の壁が粉砕される。

 巨人の肩口に着地した彼女は叫んだ。


「アーウィル、を持ってこい!」


『了解』


 ――バシュン!


 アーウィルの後部から射出されたドロイドは、リング型の物体を小脇に抱えていた。

 『魔導砲』の心臓部、魔素子加速器プラゲトンアクセラレーターである。

 メルトは巨人の頭や肩を跳び回って撹乱しながら、ドロイドが投げ渡した加速器を鎌の柄で貫いた。

 途端に、加速された魔素子が解き放たれ、空気とぶつかり合って無数の光の花を中空に咲かせる。


「おお……」


 一万年間この天球から出ることのなかった『魔王』は、視界いっぱいに乱れ咲く極彩色の輝きに目を奪われた。

 荒廃した世界の中で、このように美しいものは見たことも、想像したことすらなかったのだ。

 巨人の撹乱をアーウィルDドロイドにバトンタッチすると、メルトは円巳の傍に降り立った。


「今が最大最後のチャンスだ。きみのマジックポイントをわたしにくれ」

「え?」


 メルト自身はもともとMPマジックポイントを持たず、魔導書に蓄積したMPで魔法を発動しているが、現状これを使い果たしてしまっている。

 対して円巳は魔法を一切使えないが、代わりに生来持っているMPが丸々残っているのだ。

 両者の間でMPの受け渡しができれば、メルトは再度魔法を使えることになる。


「でも、どうやって?」


 ――次の瞬間、メルトの顔が視界いっぱいに広がったかと思うと、今まで味わったことのない、とろけるように柔らかく瑞々しい感触が円巳の唇に覆い被さった。

 キスだった。

 彼女と交わした行為を認識した瞬間、円巳の神経をいかずちのごとき衝撃が駆け巡り、脳が殴られたように震動する。

 二人が離れる瞬間、唇と唇を繋いだ銀の糸がどこか名残惜しそうに煌めいた。


「これって、ホナミには内緒にしておいた方がいいやつかな」


 メルトは唇に人差し指をあて、いたずらっぽくウインクした。

 円巳は頭がオーバーヒートして煙を吹いたような状態で、何も答えられなかった。


「さあて、やりますか」


 即席の花火大会はそう長く続かない。

 メルトはガンッ!と鎌の柄を床に突き立てると、一方の手で宙に刻印を描き、呪文を詠唱した。


アスケル、ラムバス、ロル、グレピモス、太陽と月の間に立つもの


 少女の髪が暁の空のライトブルーを、瞳が宵の空のバイオレットを映しとった色に発光する。


レダイア、ミゲス、レム、オム、メルバス虹を踏みしめ、死を喰らう……」 


 折れた大鎌の刃がみるみる再生し、七色の輝きを帯びた。

 一方の『魔王』ルーコも、単にほうけていたわけではない。


「『王』よ、これは目眩ましです。お気をつけを」


 玉座の隣に控えたベーバの言葉を遮り、


「わかっておる。見物みものではないか、やつらがどんなわるあがきをするか」


 微笑を浮かべて目の前に開いた大輪を見つめた。

 ――と、まばゆい光に紛れ、その花の中心から小さな影が飛び出してきた。

 それは大鎌を最上段に振りかぶったメルトの姿だった。


「『王』、お下がりください!」


 ベーバが魔導障壁を周囲に展開しようとしたが、『魔王』は手をかざしてそれを制しながら、指先で己の角を弾いた。


「はは! もったいぶったわりにこそくな手じゃったの!」


 彼女の頭上に、『魔盾まじゅん』アークディーレが『再生』される。

 のちに『呪われし八つの秘宝オクト・エクサル』のひとつに数えられるその盾は、宇宙創世とともに産まれた一匹の竜が百億年以上の時をかけて体内で生成したと伝えられるものだ。

 白銀に輝く表面には傷ひとつ存在せず、一説にはビッグバンの衝撃にも耐えるという。

 メルトが振り下ろした大鎌の刃は、盾に触れた瞬間、粒子レベルに粉砕された。

 『魔王』は勝利を確信し、目を細める。

 ――だが。


「なに……!?」


 大鎌を携えたメルトの姿そのものが、大気にとけるように霞み、消えていく。

幻のように――。


自惚れの刻印ルキフ・ライト。油断大敵だよ、王様」


 その呟きは玉座の下方から、地を這うように響いてきた。

 幻影を囮にしたメルトは、『魔王』の死角から一気に距離を詰めていた。

 もはや、ベーバの障壁では間に合わない位置だ。

 携えた大鎌の表面が分割してスライドし、倍の長さに変形する。


「しまっ――!」

現世げんせのうちに、懺悔しな」


 ――ガキャアァーーーーーーーーン……!!


 虹色の軌道を描いた刃が、『魔王』の両角を一撃のもとに断ち切った。

 ゴロン、ゴロン……と音を立てながら、鈍色の塊たちが玉座の階段を転がり落ちていく。


「ばかな……」


 『魔王』は鏡のように輝く断面を押さえ、それだけ呟くのが精一杯だった。

 彼女の戦意喪失とともに鋼鉄巨人は動きを止め、煙のように消えていく。

 残された『タイタス・コア』や『魔剣』『魔盾』など、事象記憶合金によって『再生』されたものもまた、すべて消滅していった。


「おのれ、よくも……!!」

「よい!」


 思わず激昂するベーバを制し、ルーコは呟いた。


「よいのじゃ……」


 その表情は悲しげにも、どこか晴れやかにも見えた。


「わしのまけじゃ。『魔星』の進撃をとめ、タオトとの交渉にうつろう。……しかし、それはわしのやくめではない」

「『王』……?」

「わしはもはや、『魔王』としてふさわしくない」


 ルーコは玉座から立ち上がり、ベーバを見上げた。


「ご覧のとおり、『王』のあかしたる角をうしなった。なにより、わしの報復のためだけに軍をさらに消耗し、民を危険にさらしたことは事実じゃ。……今後はお前に民をたくしたい」


 彼女の目尻には涙が溜まっていた。

 光の花々はすでに萎れ、闇と荒廃に包まれたこの城内で、それは宝石のような輝きをたたえていた。

 ベーバはその光に目を細めながら、ゆっくりと口を開いた。


「あなたは『魔王』です。どんな感情に流されようと、我ら民にとって唯一無二の存在です。その苦しみは、『魔星』すべてで共有し、あなたを支えます。ですから、どうか、我らの『魔王』として生き続けてください」

「ベーバ……」


 抑えきれない感情が涙と声をともなって溢れだす。

 号泣する幼子のような『魔王』と、それに寄り添う臣下の姿を、満身創痍の円巳たちは満ち足りた思いで見守っていた。

 ……その時であった。


 バァン!


 謁見の間の扉が乱暴に開かれ、ボールのような何かが転がり込んできた。


「『王』よ! 『王』よぉおおおおおおっ!!」


 それは泣き叫ぶ生首だった。


「ニュボス……?」


 ベーバが愕然としながら呟いた。


「恐るべき、敵が。強すぎ、ます。早く、お逃げを――」


 そこまで言いかけて、首は空中で真っ二つに寸断され、上下に分かれながら消滅した。


 ――コォン、コォン、コォン。


 スペース・スーツ特有のくぐもった足音を響かせながら、ひとりの少女が扉をくぐってくる。

 黒と紫の衣装に身を包み、黒髪のショートカットが歩調に合わせてサラサラと揺れている。

 長い前髪が右目を隠し、左目の瞳は虚ろな灰色をしていた。


「死神……?」


 直感的に呟いたメルトの方へ、少女はわずかに視線を向けて口を開いた。


「そう。ボクは死重将カルデッド星殺死ほしごろしのミュゴ。覚えていないだろうけど、メルト。キミはボクが殺したんだよ。5000年前にね」




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