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第34話 牙むく記憶



 宇宙空間を矢のように飛ぶ一頭の騎竜ガイバーンと、その背に跨る少女。

 竜がひと声いななくと、前方の宇宙空間に巨大な魔法陣が壁のごとく現れた。


「あれは!?」

「我ら騎竜族は秘術によって空間を歪め、星から星へ旅をする。……さあ、しっかり掴まっているんだ」


 帆波ほなみを乗せたテイアはさらにスピードを上げ、魔法陣の中心へと突入する。

 光芒に包まれながら少女は祈った。


 ――円巳まるみ、メルトさん、どうか無事でいて――。



* * *



 円巳たちが盛大にスルーした『魔王城』第四階層。

 その扉を開く者がいた。


 黒と紫のボディスーツ、片目を隠した黒髪のショートカット。

 ユベレーと入れ替わりに『魔星』へ侵入した、あの死神であった。

 彼女は最初のダンジョン『眩惑の森』に着陸したのち、全てのエリアを瞬く間に通過してここまでやって来たのだ。


 ――無数の柱が並ぶ、神殿とも見紛う広大な空間。

 天井には魑魅魍魎の軍勢が星々を破壊し、蹂躙し、貪り喰らうさまを描いた、極彩色の悪夢のような絵画が描かれている。

 その最奥部、青い炎を噴き上げる祭壇を背景に、三つ又の矛を携えた黒き異形の影が屹立していた。


「よくぞここまで来た。だが、貴様は己が蛮勇を100度生まれ変わっても後悔することになるであろう」


 この世のものとも思えぬ不気味な声が響き渡るとともに、柱の陰に、天井に、そこら中の暗がりに、冥界の住人の気配が蠢き始めた。


「この『インペリアルデーモン』ニュボス率いる88の悪魔団が、貴様の地獄への道行きを案内してくれようぞ」


 死神の少女は終始無言、無表情のままだった。

 しかし、宣戦布告を受けた瞬間、その瞳に凶暴な歓喜の光が宿って見えた。



* * *



 『魔王城』最上階層。


 カツン、カツン。


 『魔王』ルーコはゆっくりとヒールを鳴らしながら、玉座の階段を降りてきた。

 彼女が床に足をつける瞬間、円巳とメルトはまったく同時に地を蹴り、左右から                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                               『魔王』へと刃を走らせた。

 研ぎ澄ませた感覚と集中力が生んだ、かわしようがない完璧な連携攻撃である。


「ほう」


 『魔王』は目を細め、人差し指で己の左の角をぴんと弾いた。


 チャーーーーーーンン……。


 ――次の瞬間、円巳とメルトは後方へ弾き飛ばされ、壁に体をしたたか打ちつけた。

 二人が振るった大鎌と剣は、どちらも刃の中ほどでへし折れている。


「なにがおこったのか、という顔をしておるのう」


 『魔王』は愉快そうに微笑みながら、手にした大剣を足元に突き立てた。

 それは、骨のように禍々しい形状をした、幅広の両刃剣――『魔剣』とまったく同じものだった。


「なに……!?」


 これにはメルトも目をみはった。


「わしは、かつて『勇者』がつかいこなした秘宝のかずかずを記憶しておる」

「記憶を……過去に存在したものを実体化できるのか!?」


 円巳は呆然とした。


 『勇者』が使った頃の『呪われし八つの秘宝オクト・エクサル』は、まだ『八つの秘宝』だったはずだ。

 それを自在に使えるなら……こちらに勝ち目はあるのか?


「では、つづいてこういうのはどうかのう」


 再び、『魔王』が角を弾く。


 チャーーーーーーンン……。


 すると、床から四つの影が立ち上がった。

 イムネブ、トラモス、アデューカ、リッキ。

 それは円巳たちが倒した4体の『インペリアル』ボスモンスターだった。


「ウソだろ……」


 円巳はしゃがれた声でうめいた。


「こやつらに自我はない。わしのつのは事象のみを記憶し再現する。『事象記憶合金』でできておるのじゃ」


 体内で生成した鉱物から作り出されるその角こそ、『魔王』の証だった。

 代々の『魔王』は死するとき、己の角に宿した記憶を子へと受け継ぐ。

 それが『魔王族』の力なのである。


「このような雑魚ども、一度たおすも二度たおすのも変わりあるまい?」


 『魔王』が顎をしゃくると、4体の再生ボスは猛然と襲いかかってきた。

 さっそく杖を振り上げてデバフをかけようとしたイムネブに、円巳が斬りかかる。


「同じ手をくうか!」


 上位種とはいえ、元より『マミー』は動きが鈍い。円巳は素早く両腕を杖ごと切り落とした。

 そこへ、長い髪を振り乱したアデューカが迫ってくる。


「マルミ、青銅女の顔は見るな。石にされる!」


 二人はフードや腕で視界を絞りながら迎撃を試みたが、死角からトラモスの真空カッターが襲ってきた。

 円巳をかばったメルトの両手足が切り裂かれる。


「メルト!!」

「こんなもの、かすり傷にもならんさ……来るぞ!」


 メルトの流した血液が空中で輪を描いたかと思うと、紅い矢となって降り注ぐ。

 血の支配者リッキが操作しているのだ。

 二人は床を転がってどうにかこれをかわした。


「あいつには十字架が効く!」


 円巳は折れた『プーガヴィーツァ』の代わりにアイテムボックスからジルコニアソードと本物の『魔剣』を取り出し、頭上で交差しようとした。

 ――が、その両腕に包帯が巻きついて自由を奪った。

 言うまでもなくイムネブの仕業である。

 身動きを封じられた円巳を目がけて、リッキが牙を剥きながら滑空してくる。

 噛まれれば終わりだ。


 バガァアアアーーーーーーン!!


 刹那、壁を粉砕して飛び込んできた白い彗星のようなものが、リッキにぶち当たり、そのまま壁に叩きつけた。

 リッキは真っ黒な液体のようなものとなって飛散したかと思うと、跡形もなく消滅した。

 瓦礫とともに謁見の間へ着地してきたのはアーウィルだった。

 円巳たちを最上階層へと送り届けた後、戦況と二人のバイタル値をモニターしながら突入の機会を伺っていたのだ。


「ナイスタイミング!」


 親指を立てたメルトに向かい、背後からトラモスが急降下してくる。


「メルト、危ない!」


 円巳がジルコニアソードを携えて跳ぶ。

 トラモスは自身を黒雲に変えて防御しようとした。

 その瞬間、


「タキオンパウダー散布! 残量すべてだ!」


 メルトの命令でアーウィルから放たれたタキオン粒子が、トラモスの相転移を阻害した。

 そこをすかさず円巳の斬撃が切り裂き、消滅させる。


「あと2体……」


 呟いた円巳の眼前に、今度は大蛇が鎌首をもたげた。

 アデューカの髪による攻撃を避けながら剣を叩き込んだものの、硬質な肌に弾かれる。


「ならこれだ!」


 円巳は『魔剣』を装備し、真上に跳び上がると、大蛇の頭からアデューカの胴体までを一撃で左右に両断した。

 スキルが無効化されているとはいえ、その切れ味はやはり秘宝級である。

 一方のメルトは、刃の折れた大鎌を棒術のように操り、イムネブの頭部を打ち据えた。

 仮面が砕け、ひび割れた素顔が露になる。

 全身から伸びた包帯がメルトを捕らえようとするが、彼女は一気に距離を詰め、鎌の柄を叩き込んだ。

 胸を貫かれ、イムネブは消滅した。

 円巳は肩で息をしながら『魔剣』を構え、メルトは鎌を杖のようにして身を支えながら『魔王』と再び対峙する。

 二人の体の限界は明らかだった。


「なかなかがんばるのう。では、チャンスをやろう。わしに一太刀でも浴びせることができたら、きさまらの勝ちとしてやる」


 チャーーーーーーンン……。


 『魔王』は楽しげに言いながら角を鳴らし、虚空から今度は『タイタス・コア』を再生した。


「わしに仕えよ、ジェノサイト」


 彼女が頭上に放った立方体を核として、異次元からの質量が鈍色の鋼鉄巨人を創造した。

 巨人の頭が、背中が、肩が、謁見の間の天井や壁に接触して瓦礫の雨を降らせる。

 円巳やメルトが懸命にそれを避けるなか、最奥の玉座に戻った『魔王』はそれを悠然と眺めている。


 ……ゴンッグ。


 言葉とも金属音ともつかない響きが巨人から発せられた。

 頭部と肩がドリルのように捻くれた、かつ中空の造形になっており、その内部には目のような赤い球体が発光している。


「さて、ここまでたどりつけるかのう?」




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