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第33話 一万年の感情螺旋



 『魔王城』、第三階層。

 『吸血鬼』たちの攻撃力・機動力はさほどでもなかったが、その再生力は厄介だった。

 剣で切り裂いても、瞬く間に傷が塞がってしまう。

 そのうえ、一度でも噛まれれば円巳まるみも彼らの仲間入りとなるのだ。

 こんな状況こそ、全身を守る『鎧』が役に立つのだが……。生憎、今それに頼ることはできない。


 円巳は、回復した体力が再び限界まで削られつつあるのを感じた。

 ポーションさえ飲めば肉体のダメージは取り除けるが、集中力や気力まではカバーできないのだ。

 四方八方からの攻撃をギリギリでいなしながらも、円巳の心は挫けつつあった。

 ――だから、こんなネガティブな軽口が思わずこぼれた。


「まあ、最期に戦う相手がこんな可愛い子なら、いい人生だったのかもな」


 しかしその言葉は、予想外の反応をもたらした。


「えっ!? カワイイ!? やだぁ……」


 リッキは桜色に染まった頬に両手を添え、眉を寄せた。

 同時に、円巳を襲っていた『吸血鬼』たちの動きもやや緩慢になったように見えた。

 ――これは? もしかすると?

 円巳はそこに勝利の糸口を見つけた。


「なんて綺麗で愛らしいんだ!! 君みたいな素晴らしい女の子には会ったことがない!!」

「君を思うと胸が張り裂けそうだ!! これは恋だ!!」

「いいや、運命だ!! ぼくはきっと、君に会うために生まれてきたんだ!!」

「はうぅっ!! やめてぇ……もっと言ってぇ……」


 円巳が必死に考えた歯の浮くような台詞の数々は、孤独な『地雷吸血鬼』リッキの胸をガッチリと捉えた。彼女はすっかり骨抜きの状態だった。

 周囲を飛ぶ彼女の配下たちは、もはや円巳に攻撃する素振りすら見せない。彼女自身の戦意とシンクロしているのだ。

 その隙に、円巳は彼女らへの対処法を懸命に考えた。

 『吸血鬼』の弱点といえば――?

 脳裏にあるアイディアが浮かんだ。


「……リッキ、見てほしい。受けとってほしい」

「見るよ、受けとるよ!」

「これがぼくの、君への想いだ!!」


 円巳はアイテムボックスから取り出した『魔剣』を左手に握り、右手の『プーガヴィーツァ』と交差させた。

 そこに、刃の十字架が形作られた。


「きょわあああああああああああああ!!?」


 リッキとその下僕たる『吸血鬼』の群れは、白煙を上げて瞬く間に灰と化していった。


「……ちょっと後味悪いな」


 きらびやかだったフロア全体が灰を被ってくすみ、なんともいえない寂寥感を醸し出していた。

 と、円巳の足元で灰の山がもぞもぞと動き、その中から黒とピンクの毛並みをもった小さな蝙蝠があたふたと飛び立っていったが、彼はあえてそれを見逃した。


「メルトと帆波ほなみを探さないと」



* * *



 竜とバイク、剣と剣。

 星なき造り物の空に両者が交錯する。

 一度剣を交わしただけで騎死ユベレーは相手の技量の凄まじさを感じとった。


「貴様、何者だ?」

「僕は『勇者族』の剣士リオス。仲間を救いに来た」

「『勇者族』だと? ……実在したというのか」

「そうとも。教えてあげるよ、伝説と戦うということを」

「小癪なぁ!」


 リオスに突進しかけたユベレーだったが、寸前で本来の目的を思い出した。


「くっ……小娘はどこだ!?」


 騎竜ガイバーンテイアに跨がった帆波は、すでに天球に開いた穴へと接近しつつあった。

 騎竜は体内に半重力器官を備え、単体で第三宇宙速度を突破可能な超生物である。

 その推進力は『魔星』の重力すら物ともしない。


「ちッ……こうなればタオトに転移ヴァニッシュして先回りだ」

ロ・ジ・ヤ了解


 キルダートがタキオンパウダーを散布し、超空間に飛び込もうとしたまさにその瞬間、機体がガクンと揺れた。


「何っ!?」


 機体後部に何かが絡みついている。

 それは、リオスが駆る黒い騎竜の舌だった。


「しまった……貴様っ!」

「ご一緒させてもらうよ」


 両者は繋がったまま超空間に突入した。


エ・ラ・ア異常検知

「時空座標が狂った。このままではタオトに出られなくなる……!」


 メーターパネルを確認したユベレーは、すぐさま振り向いて騎竜の舌を切り落とそうとした。 

 ――だが、その時にはすでに――綱渡りのごとく舌の上を走りきったリオスが、剣を振りかぶってキルダートへ飛び移ってきた。


「うおぉっ!?」


 剣と剣がぶつかり合う。


「正気か貴様、永遠に超空間を漂流したいのか!?」

「構わないさ。『勇者族』は永遠など恐れない」

「付き合いきれんっ!」


 キルダートは強引に通常空間へ復帰すると、損傷覚悟で手近な小惑星帯に突っ込んだ。

 岩塊と衝突しそうになると、さすがの騎竜も舌をほどいて回避行動に入った。

 リオスは目的をすでに達したと見るや、ひらりとキルダートを飛び降り、あっという間に彼方の点となった。


「『勇者族』め、なんというやつだ……」


 あまりの屈辱に歯噛みしつつも、ユベレーはタキオンを媒介にした長距離テレパシーをただちに仲間へ送った。


「こちらユベレー。『勇者族』は星から引き離した。秘宝の回収は貴様に任せるぞ」


 一方その頃、リオスは遥か彼方に遠ざかった『魔星』を見つめていた。


『本当にこれでよかったのか?』


 何者かのテレパシーが騎竜の脳を中継して彼に語りかける。


『タオトで得た情報が確かなら、あの星に目的の物があったかもしれないのに』

「仕方ないさ。今回は『勇者族』の仲間の危機を優先した。君には済まないが」

『……構わない。それが貴方たちの決定なら、従うのが今の私だ』

「本当に、済まないね」


 思念波が途切れ、騎竜が身を震わせる。

 リオスはその頭を撫でながら呟いた。


「だが約束通り、必ず手に入れるよ。『エンシェント・フェアリーの手』はね」



* * *



「『勇者族』のむすめが逃げたようだの」

「はっ。死神が追撃しましたが、別の『勇者族』の妨害によりロストしました」

「過ぎたことはよい。しかし、あの『騎竜』を解きはなったのは何者のしわざか? うしなわれし古代魔術のいましめを解けるものは、わしが知るかぎりこの宇宙でたったひとりしかおらぬがのう?」

「それは……」


 『魔王』から注がれる視線は冷たい怒りに満ちていた。

 ベーバは脂汗を流しながら、死を覚悟で口を開いた。


「御無礼を承知で進言致します。戦闘を停止し、移住についてタオトとの交渉を進めるべきです」

「ほう?」

「あの娘にはタオトへの伝言を頼みました。このまま戦えば『勇者族』のみならず、全宇宙を敵に回すことになるのです。そうなれば我らは滅びるしかありません。どうか、お考え直しください」


 『王』は黙って臣下を睥睨していたが、やがて玉座の手すりをグシャリと握りつぶし、立ち上がった。


「……では、この一万年におよぶ屈辱をどうはらすというのじゃ? 眼前で先代をうしない、『勇者』と宇宙への報復を誓っていきつづけてきたこのわしに、いまさら連中にシッポをふれと申すのか?」


 それが彼女の本心であり、『王』としての立場にそぐわぬ駄々であることを、彼女自身が最も自覚していた。

 しかし、天球という閉鎖空間の中で一万年もの時をかけて堆積した感情は、制御できるものではなかった。


「そんなに鬱憤溜まってんなら、わたしたちで晴らしてみるかい」


 謁見の間に不似合いな軽口が響いた。

 そこには二人の侵入者――円巳とメルトが並び立っていた。

 第一階層で合流した彼らは、ドロイドの力も借りつつアーウィル本体を修理し、最上階層まで一気にショートカットをかけたのだった。


「なんだきさまらは。……ああ、『勇者族』のおまけか。忘れておったわ」

「おいおい、それはないだろ。あんたの配下の中ボス、ほとんどやっつけてきてるんだぞ」


 メルトは不満げに肩をすくめた。


「ふん。あんなざこどもを倒したところで、なんの自慢にもならんわい」


 対する『魔王』は細い腕を組み、プイと顔を逸らせる。

 緊張感の欠けたやりとりに苦笑しながら、円巳はベーバの方を向いて言った。


「大体の事情は立ち聞きさせてもらったけど、あなたはどうするんだ? 帆波を逃がしてくれたことには礼を言うけど、このまま『王』に反旗を翻すか? それとも、ボスとしてぼくたちと戦うか?」

「ベーバ、きさまはそこで見ておれ」

「『王』、しかし……!」

「もしも万が一、億が一、こやつらがわしの力をうわまわるなら、諸々《もろもろ》かんがえなおしてやるわい」

「どうやら話がまとまったらしいな」


 メルトが大鎌の切っ先を『魔王』に向け、同時に円巳も剣を構えた。

 『黒き落日』の魔法も、『魔鎧』も使えない状況下で、いよいよ『魔星』ラスボス戦が幕を開けようとしていた。



* * *



『こちらユベレー。『勇者族』は星から引き離した。秘宝の回収は貴様に任せるぞ』 「うん、任せてよ」


 魔星に引き寄せられる豆粒のような小惑星の上に、ひとりの少女が立っている。

 濡れたような黒髪をショートカットに切り揃え、長い前髪が右目を隠す。

 首から下の全身を黒と紫のボディスーツで覆っているが、ぴっちりした上半身に比べ、下半身はゆったりとしたシルエットになっている。

 両肩には鳥の羽の骨格のような銀色のパーツが三角形に折り畳まれていた。


 彼女はふわりと宇宙空間に身を躍らせると、引力の導くままに『魔王星』へと吸い込まれていった。

 侵入者をすり潰す不可視のバリアが、牙を研いで行く手に待ち受ける。

 しかし、彼女はその寸前で消えた。

 何の現象もともなわず、ただレコードの針が飛んだかのように、忽然と。

 彼女の存在だけが宇宙から切り取られたかのように消失していた。




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