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第31話 逆襲のカルデッド



「下層部の警戒にあたります。他にもネズミが紛れ込んでいるやもしれません」


 死神ユベレーは『魔王』に奏上するとうやうやしく頭を下げ、謁見の間を後にした。

 扉が閉まると同時に、側近ベーバがすかさず玉座の前にかしずく。


「やつらは……死神は信用できません。あのような者をおそばに置くのはおやめください」

「なにをいう。ふたことめには兵がたりないと申しているのはそなたではないか」

「それは……しかし、奴らは秘宝目当てで従順なふりをしているだけに過ぎないのです」

「『エンシェント・フェアリーの手』のことなら、もはやなんの効果もない骨董品にすぎぬ。くれてやってもよいではないか。とうぜん、やつらがじゅうぶんに働いたあとで、な」


 ベーバは『王』に平伏しながら苦々しい表情を浮かべた。

 ――この城に死神を招き入れたことが、文字通りの結果に繋がらなければよいが――。



* * *



 『魔王城』、第二階層。

 ミノタウロス牛人ケルピー水馬アルミラージ角兎といった獣系モンスターの群れが、『魔鎧まがい』を装備した円巳を取り囲んでいる。


「この『インペリアルキメラ』トラモス様の獣魔軍を相手に、ここまで持ちこたえるとは大したもんだァ」


 イムネブのフィールドから逃れたとはいえ、デバフの効果はまだ切れていない。

 『魔鎧』の性能に任せて群がる雑魚モンスターを倒してきたが、円巳の体力は限界だった。

 足元がふらついた瞬間を狙って、ハルピュイア妖鳥の一羽が飛びかかってくる。


 ――バシュウ!


 円巳はギリギリでパリィを決め、その鉤爪をかわしながら一刀両断にした。

 絶命したモンスターは点滅しながら空中で消滅する。

 しかし、


「またか……!」


 空中に黒雲のようなものが発生したかと思うと、その中から新たなハルピュイアが現れたのだ。

 先程からこの繰り返しだった。

 敵の数が一定以下に減ると、周囲に黒雲が発生し、その中から新たなモンスターが供給される。

 この現象がトラモスの能力なのは明らかだったが、一方で、このボスモンスター本体も一筋縄で倒せる相手ではなかった。

 鋭い爪と剛力を備えた虎の四肢、毒蛇の頭がついた伸縮する尾、羽ばたきにより真空カッターを発生させる翼。

 あらゆる距離に対応した能力と、そして――。


「そろそろオレ様が楽にしてやろうかねェ」


 後方に控えていたトラモスがひらりと舞い上がり、爪を研ぎながら滑空してくる。

 円巳は相討ち覚悟で剣を構えた。

 しかし、


 ――ガゴォ!!


 トラモスを切り裂いたはずの剣先に手応えはなく、背後から振り下ろされた蹴りが円巳の肩口を打ち据えた。

 なんとか剣を取り落とさずに持ちこたえたものの、激痛と衝撃が意識を霞ませる。


「おーお、頑張るねェ。いいじゃんかァ」


 トラモスの胴体、ちょうど円巳が切りつけたあたりが黒雲に部分変化している。

 これが彼の最大の能力だった。

 自らの肉体をいかなる物質・次元・概念にも属さない存在へ相転移シフトさせることで、あらゆる攻撃を無効化できるのだ。

 仮に宇宙中の武器・兵器をここに集めたとしても、彼に傷ひとつつけられないだろう。

 円巳は意を決し、剣を鞘に納めた。


「ほーおォ?」

「交渉したい。今ぼくが纏っている『呪われし八つの秘宝オクト・エクサル』のひとつ、『魔鎧』を差し出そう。だから、命だけは助けてくれ」

「急に命乞いとはねェ。オレに一杯食わせようってんじゃねえだろうなァ?」

「信じるも信じないも勝手さ。……ほら、受けとれ」


 円巳は『魔鎧』を解除し、人形に変わったそれを床に転がした。

 トラモスの尾が伸び、それを咥える。


「どうやら本気らしいなァ。だが、オレに約束を守る道理はねえぜェ」


 虎の手で人形を器用にもてあそびながら、トラモスは愉しげに口の端を歪めた。

 円巳は耐えきれず片膝を折った。もう限界が近い。

 周りを囲んだ魔物たちが輪をせばめてくる。

 獰猛な牙を、爪を光らせ、弱った獲物を目がけて殺到しようとした――その時。

 円巳の全身にのしかかっていた重石のような感触が消えた。

 デバフが解けたのだ。


 ――待っていた、この瞬間を!


 円巳は叫んだ。


「『燦現ウェニト』!!」

「なにィ!?」


 トラモスの手の中で人形が眩い閃光を放つ。

 【装備不可】の呪いが付与された『魔鎧』は、円巳が触れていなければ装備できないが、コードを唱えれば起動のみ可能だった。

 彼とその配下たちが起動時のフラッシュに目をくらまされた瞬間、円巳はトラモスの懐に飛び込んでいた。


 ―――――――――――――――――――


 スキル【雲隠れ】は無効化されています

 スキル【野生の勘】は無効化されています

 スキル【百獣の王】は無効化されています


 …………


 ―――――――――――――――――――


 組みつかれたトラモスは体を黒雲に変えて逃れようとしたが、それは叶わなかった。

 円巳との接触により、全てのスキルが無効化されていた。


「キサマアァ!?」


 トラモスは混乱しながらも円巳の背中に爪を突き立てようとしたが、それより彼の胸を剣が貫く方が早かった。


「ギェアアアアアアアアアアアアアアァ!!」


 耳つんざくような断末魔を残して『六道走破ゼクスタイル』の一角は消滅した。

 すると、辺りを埋め尽くしていた魔物たちもみな煙のように消えていった。

 ボスを倒し、階層がクリアされたためだろう。

 だが、すでに肉体の限界を超えていた円巳は、勝利の余韻を味わう暇もなく床に突っ伏し、意識を失った。



* * *



「死神が最上階層を離れた。今が頃合いだ」


 ベーバは帆波を檻から出すと拘束を解いた。


「『魔星』が現状を維持した場合、タオトはどう動く?」

「私たちの攻略が失敗したとみなし、艦隊による総攻撃を開始することになっています」

「それまでに間に合わせねばならぬな。……タオトの民に伝えてほしい。移住さえ叶えばこの天球は破壊し、宇宙に平穏をもたらすつもりだと」

「でも、どうやってここからタオトへ?」

「かつて『勇者』が用いた乗り物がある。あなたなら乗りこなせるだろう」


 帆波は牢獄の最奥にある、一際大きな檻の前へと案内された。

 そこにいた生物は、大きさも横たわる体勢も馬に似ていたが――全身をびっしり覆う鱗と腰のあたりに生えた翼、爬虫類の頭部と鋭い角は、まさしくドラゴンのそれだった。

 全身に鎖を繋がれ、口にも枷をはめられていたが、その竜はテレパシーで帆波に語りかけてきた。


「君は――『勇者』の末裔だね」


 竜が喋った驚きより、ここでも『勇者族』扱いを受けたことが帆波を打ちのめした。

 三度目ともなれば素直に認めざるを得ない。


「やっぱり私、『勇者族』なのね」

「嫌かい?」


 彫像のように美しい蒼き竜は、その大きな瞳をまたたかせた。


「そういうわけじゃないけど……自分のこと、ただの人間だと思ってたから」

「ただの人間などいないさ。みな、何か特別なものを持って生まれてくるものだ」


 竜の言葉は帆波を包み込むように穏やかで温かく、心を前向きにさせる力があった。


「そうね……私は私だわ。私がやりたいことをやる、それは変わらない」

「それでいいんだ。君の望みを教えてくれ」

「惑星タオトに行きたいの。『魔王』との戦いを止められるかもしれない」

「……お安いご用だ」


 竜は四つの脚で大地を踏みしめ、すっくと立ち上がった。

 同時に、ベーバの魔力によってすべての拘束が解かれる。

 竜は気持ち良さそうに全身を振るわせ、翼を部屋いっぱいに広げた。


「私はテイア。騎竜ガイバーン族の戦士だ」

「私は帆波。地球から来た冒険者です」

「よろしく、ホナミ。さあ、乗ってくれ」


 テイアに跨がった帆波に、ベーバは銀色の腕輪を差し出した。


「かつて『勇者』が竜に騎乗する際、装備していたものだ。シールドを作り出し、戦闘や大気圏外の飛行に役立つ」

「ありがとう。使わせていただきます」

「この星に残された同胞のためにも、どうか頼む」


 青い火球が城の壁を穿ち、その穴から帆波を乗せた騎竜が空に羽ばたいた。

 だが、その旅立ちを待ち構えている者がいた。


「ホナミ、待ち伏せを受けたようだ」

「えっ!?」


 夜闇の中、わずかな城の明かりを反射しながら、アーウィルに似た小型艇が猛然と接近してくる。

 そこには死神ユベレーが跨がっていた。


「ベーバの奴が貴様を利用することは予想済みだ。『魔王』との交渉などさせんよ。お前たちには潰し合ってもらった方が好都合なのでな」

「なるほど、わかったわ。『魔王』の手下になったフリをして、あなたたち死神が最後に秘宝だけ独り占めしようって魂胆なのね!」

「ははは。わかったところでどうする? 死重将カルデッドがひとり騎死ユベレーと、この百舌キルダートからは逃れられんよ! タキオンバルカン斉射!!」

ロ・ジ・ヤ了解


 ユベレーの指令にやや低性能な量産型AIが応答すると、粒子の弾丸が夜空にバラ撒かれた。


「テイアさん!」

「心配ない」


 テイアは城の背後に回り込み、城壁を盾にしながら攻撃をやり過ごした。


「『氷針弾ゼルシク』!」


 帆波はツララ型の氷の弾幕を張ったが、タキオン兵器に比べると流石に弾速が足りず、ユベレーは容易くかわして接近してくる。


「さぁ、剣を抜いてみろ!」

「……くっ!」


 竜とマシンが交錯する瞬間、帆波の『銀水晶の剣』とユベレーの『ハーベスター・セシリア』が激しく切り結んだ。


「……やられた!」


 帆波の剣は死神の一撃に耐えきれず、真っ二つにへし折れていた。

 旋回したユベレーが、トドメの一撃を加えるべく急接近してくる。


「終わりだな! 『勇者族』!!」


 ――その刹那、


「そうはさせないよ」


 ほぼ垂直の角度で急降下してきた黒い影がキルダートの進路をかすめ、帆波への攻撃を逸らせた。


「なんだと……!?」


 地表ギリギリを掠めた黒い影は城壁に沿って急上昇し、天球の穴から覗く星空を背景に翼を広げた。

 そこには黒い竜と、その背に跨がる騎士の姿があった。たなびく赤い髪と臙脂のマント。身につけている鎧はやや古めかしいものの、輝きを失ってはいない。


「リオスさん!?」

「君を迎えに――いや、助けに来た。ここは任せてくれ」




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