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第30話 魔王と勇者



 『魔王城』第一階層。

 『インペリアルマミー』イムネブ三世の『王家の呪い』によってデバフをかけられた円巳まるみとメルトは、絶体絶命の窮地にあった。


「おいおい、独り占めとはひどいんじゃねえかァ? 一万年ぶりのエモノをよォ?」


 そのとき、広間に甲高い声が響いたかと思うと、扉の隙間から黒い雲のようなものが入り込んできて、円巳の頭上でわだかまった。


 ――別のモンスターなのか?

 身動きできない円巳は絶望的な思いでその黒雲を仰いだ。

 やがて、雲の中から立ち上がるようにして新たなボスモンスターが姿を現した。

 そのシルエットは人型をしていたが、頭は獅子ようなたてがみを持つ猿、両肩からは山羊の角が生え、体には虎の模様があり、自在にうねる尾の先には蛇の頭がついている。

闖入者に対して、イムネブ三世は不快感をあらわにした。


「ここは貴様が来る所ではない。第二階層へ戻れ」

「堅いこと言ってんじゃねえ。こっちのガキはオレが頂くぜェ」

「ふん……勝手にしろ」


 イムネブが円巳の首にかけた刃を引っ込めると、新たなモンスターは円巳をつまみ上げて再び黒雲の中に入り、扉の隙間から出ていった。


「相変わらず無礼なやつよ」

「だが……おかげで勝機ができたな」


 メルトは壁に手をつき、ふらつきながらも立ち上がった。


「外部からの接触でフィールドが一時的に弱まった、そうだろ?」


 しかし、イムネブはまったく動じなかった。


「状況は変わらぬ。戦えるというなら、ほれ、これを取ってみるがいい」


 実際、彼が投げてよこした大鎌を、メルトは拾いに行くことすらできなかった。

 フィールドが弱まってなお、立っているのがやっとの状況なのだ。下手に動けば再び体力を吸われ、倒れることは目に見えている。


「あがけばあがくだけ、現世の苦しみが増えるのみよ。静かに魂の安寧を受け入れるがよい」


 ――くっ、体がまともに動きやしない。まるで海の底にでもいるみたいだ。

 ――海? まてよ?


 メルトの頭に電流が走り、反撃の方程式を組み上げた。


「『タイタス・コア』起動っ!!」


 彼女の手のひらから現れた立方体が、別次元から巨大な質量を召喚する。


「おおっ!?」


 ゲル状の波に押し流され、緑色の大渦の中でイムネブ三世は驚愕の声を上げた。


「なんと……我輩のフィールドを飲み込むというのか」


 そう。この広間そのものを、が満たしているのだ。

 メルトは脳波によってメルト・ダゴンを操作し、このフィールドを自在に移動することができた。

 一方のイムネブは、完全に身動きの自由を奪われている。


「形勢逆転だ!」


 メルトは黄色いコートを魚の尾びれのようにひらめかせながら、空間を猛スピードで泳ぎ回った。


「おのれ……『八方塞ぎオグドアンカー』!!」


 イムネブの全身からコブラのような包帯の群れが伸び、メルトを包囲した。

 しかし、彼女はそれをスイスイと掻いくぐり、大鎌を手に取った。


 ――ズバババシュウッ!!


 イムネブの体は、包帯ごと瞬く間に切り刻まれていた。

 彼は塵となって消滅しながら、最期の言葉を唱えた。


「……残念、無念。先に冥府で待っておるぞ」


 メルトが『タイタス・コア』を停止させると、メルト・ダゴンもまた消失した。

 力を消耗し尽くした彼女は片膝をついたが、すぐに立ち上がると呟いた。


「マルミ……今行くぞ」


 しかしその瞬間、足下の床がガラガラと音を立てて崩れ落ちた。

 メルトは声を上げる間もなく、アーウィルともども闇の中へと落ち込んでいった。



* * *



 謁見の間。

 帆波ほなみは幼子のような『魔王』と対峙していた。


「そなたは、ほかの『勇者族』をおびきよせるためのおとりじゃ」

「待ってください。『勇者族』って何なんですか!? 私は何も知らないんです!」


 帆波の叫びに、『魔王』ルーコは自分の瞳を指し示しながら微笑んだ。


「わしにはえるのじゃ。そなたの体のうちにやどる、いまわしき螺旋光。一万年前、先代『魔王』を地にまみれさせた仇敵、『勇者』の遺伝子がな。その光をつぐものどもをほろぼさずして、われらに明日はあるまい」


 ――やっぱり私は、『勇者族』なの?

 帆波は自分のアイデンティティーが揺るがされるのを感じたが、

 ――今は、それよりも優先しなくちゃいけないことがある。

 そう自分に言い聞かせ、強引に頭を切り替えた。


「私は……この『魔星』を止めてくれさえすれば、あなたたちと戦うつもりなんてありません。このままだと、タオトという星が滅びてしまいます」

「タオト? タオトこそわれらの新天地。ほろぼしなどせぬ」

「……え?」


 帆波は思わずぽかんと口を開けた。


「いま、われらの頭上にある太陽は寿命がつきつつある。そのため、タオトへの移住をかんがえておるのじゃ」


 事もなげに言うルーコに対して、帆波は憤りを隠せなかった。


「なら、どうしてタオトと交渉しないんですか!? 話し合いさえできれば、こんな風に攻め込む必要なんてなかったかもしれないのに……!!」

「なぜ交渉などせねばならん。わしは『魔王』じゃ。力によって宇宙をうごかすものじゃ」

「それができなかったから、一万年前に敗北したんでしょう!」


 ルーコは面倒とばかりに溜め息をつくと、そっぽを向きながら言った。


「……もうよい。牢にはいっておれ」


 『魔王』のそばに控えていた男が帆波の両手に繋がった鎖を引いた。

 黒いローブを纏い、フードを深く被っているが、その下に覗く顔は真紅で、長い牙が生えている。


「こちらへ参られよ」


 その声は低く恐ろしげだったが、不思議と威圧感はなかった。

 謁見の間を離れ、闇の中に伸びる回廊を渡り、鉄格子が並んだ区域へやって来ると、男は帆波にそのひとつへ入るよう促した。


「大人しくしているなら危害は加えぬ」


 帆波は素直に従うしかなかったが、一方で気になることがあった。ここに至るまで城内で誰ともすれ違わず、牢にも監視がついていないのだ。

 彼女の様子に気付いたのか、男は言った。


「申し遅れた。私は『インペリアルダークメイジ』ベーバ。王の側近を務める。……見ての通り、この城には兵が足りておらん。おかげで、人払いをする手前も省けるが」


 男はやや声のトーンを下げた。


「……そう。かつて『勇者』によって壊滅した我が軍は、一万年を経てなお、戦力の大半が失われたまま。『王』に仕える精鋭――『六道走破ゼクスタイル』も、私を含め先代に比べてまだまだ未熟な者ばかりだ」


 彼の琥珀色の瞳には、深い懊悩おうのうが見えるようだった。


「我らは安住の地を求めているに過ぎない。しかし、このままではかつてのように再び全宇宙を敵に回すことになるだろう。そうなれば今度こそ全滅は必至。……そこでだ」


 ベーバはさらに声を潜めて帆波に囁いた。


「あなたにはどうか、極秘裏にタオトへと戻り、交渉を進めていただきたい」

「え……っ!?」



* * *



 メルトが落ち込んだ、『魔王城』第ゼロ階層。

 彼女が身を起こすと、燭台の炎が一斉に燃えさかり、その空間を照らし出した。

 周囲には多種多様な種族のヒューマノイドを象った石像が林立している。

 ……いや、それらは単なる石の塊にしては、あまりにも生々しい生物感に満ちていた。


「ここは、忘れられし時のフロア」


 地の底から響くような女の声。

 不気味な広間の中央に、襤褸ぼろを纏った人物が鎮座している。


「あたしはアデューカ。生けるものから死を奪い、永遠の時の中に幽閉するのが仕事さ」


 彼女の肌は青く光沢があり、青銅のように見えた。

 灰色の長髪を前に垂らし、口元以外は顔のほとんどが隠れている。


「やはりここは『ボスラッシュ』型ダンジョンらしいな」


 メルトは苦笑しながら呟いた。イムネブ三世にかけられたデバフはまだ解けていない。


「あたしはあんたがどこへ行こうが、何をしようが構わないよ。あたしは自分の仕事がしたいだけなんだ。……ほら、ご覧」


 女はそう言いながら長い髪をそっと掻き分けた。

 ――しまった。

 メルトはその瞬間、自分の失策に気が付いた。

 ――こいつは。このモンスターは。…………。


「言い忘れたけど、あたしは『六道走破ゼクスタイル』のひとり、『インペリアルゴーゴン』。あたしの顔を直視した生物はみな石に変わる。そして、二度と戻らない」


 アデューカは新しい石像の出来映えを見てニタリと笑った。




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