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第29話 魔王城



 『魔星』を攻略するには本来、バリアを避けて正規の入り口を通り、『眩惑げんわくの森』、『死者の沼』、『業火の洞窟』といった複数のダンジョンを抜けていかなければならない。

 しかし今回に限って、その手順を踏むことはタオトの壊滅を意味する。

 そのため、バリアを破って別のルートから侵入し、『魔星』の本丸を一気に攻め落とす、というのが今回の作戦だった。


 円巳まるみたちは『魔導砲』の威力によってバリアの突破に辛くも成功し、続いてタキオン魚雷を地表に撃ち込んだ。

 眩い光とともに連鎖爆発が発生し、『魔星』の外殻がめくれ上がる。

 アーウィルは損壊した『魔導砲』を心臓部のみ残してパージし、外殻の裂け目に滑り込んだ。

 ここまでは計画通りである。


 アーウィルが突入したエリアは、人口太陽の周囲を回るシールドが光を遮り、『夜』の時間帯に入っていた。

 幸いタオトに残されていた攻略マップは正確で、そこはちょうど『魔王』の住まう城の真上だった。


「ドンピシャだ。行くぞ、二人とも!」


 メルトが威勢よく叫んだ時だった。

 闇の中から、別のエンジン音が急接近してきたかと思うと――タキオン兵器の光芒が炸裂し、三人の目をくらませた。


「攻撃された!? メルト、大丈夫か……!?」

「直撃は免れたらしい。だが、城の上部への降下軌道を外れた。このままだと下部のダンジョンエリアに突っ込む!」


 タオトの攻略情報通り、天球内の重力レベルは地球レベルに低減されていたが、すでに降下軌道は変えようがなかった。


帆波ほなみ、そっちは無事か……帆波?」


 円巳とメルトは同時にタンデムシートを見た。

 帆波の姿がない。


「帆波っ!? まさか、落ちたのか!?」


 視界を遮る闇の中で、メルトは聴覚に集中した。


 「円巳ーーーっ、メルトさーーーんっ」


 かすかだが、重力エンジンの響きとともに遠ざかりつつある声が聞こえた。


「やられた……さっきの攻撃はシールドを破壊して彼女をさらうためだったらしい」

「そんな……助けに向かえないか!?」

「エンジン出力も落ちてる。上昇するのはムリだ……」


 メルトは悔しげに呟いたが、懸命にハンドルを操作しながら、せめて敵の姿を捉えようと目を凝らした。

 辺りを浮遊するタキオンの残りかすに一瞬、アーウィルによく似たバイク型宇宙艇が照らし出された。


「アーウィルの制式タイプ――なのか? だとすれば、乗ってるやつは死神か?」

「ちょっ、メルト、前ーーーーっ!!」


 アーウィルが石造りの壁を貫通し、メルトと円巳はダンジョン内部に投げ出された。


 『魔王城』と呼ばれる『魔星』最終ダンジョン、第一階層。

 その内部には壁画や古代文字がびっしりと描かれ、古墳のような雰囲気を醸し出している。


「くそっ、帆波をどうする気なんだ」


 円巳は怒りと焦燥にかられて拳を壁に叩きつけた。


「わからん。人質なら誰でもよかったのか、それとも――」


 メルトがそこまで言いかけた時、広間を挟んで反対側に位置する扉が開き、複数の影がそこから姿を現した。


「おいでなすったぞ」


 干からびた全身を包帯でくるんだアンデッド系モンスター、『マミー』の一群がふらふらと覚束ない足取りで進軍してくる。

 そしてその中心に、巨大な黄金の仮面を被ったボスモンスターの姿があった。


「魂の眠りをさまたげる者は誰だ?」

「しゃべった!?」


 円巳はそのボスが口を利いたことに驚愕した。

 そのような知能を持つモンスターは、少なくとも地球のダンジョンでは見つかっていない。


「我輩は、王に仕える『六道走破ゼクスタイル』のひとりにして、鎮魂のフロアを護る者……『インペリアルマミー』イムネブ三世なり」

「名乗った!?」


 『インペリアルマミー』は黄金の杖を円巳に向け、やや不機嫌そうな声音を響かせた。


「いちいち驚くな。我輩は赤ちゃんではない。このくらいできて当然であろうが」

「あ、はい……スミマセン」


 思わず頭を下げる円巳をメルトが肘で小突く。


「『インペリアルマミー』は『マミー』の最上位種だ。知性も戦闘能力も桁が違っている。気を付けろよ」

「あ、ああ……」


 円巳は慌ててアイテムボックスから取り出した『プーガヴィーツァロングソード』を装備した。


「貴様たちも、ここに眠る魂の一員となるがよい」

「悪いが、すやすや寝てる時間はない。さっさと通してもらうぞ」

「小癪な。我輩を見くびってもらっては困る」

「見くびらないさ。全力で瞬殺させてもらう!!」


 メルトは背後から取り出した『黒き落日』を魔導書から大鎌に変じさせ、コピー魔法を発動した。


「『激情の刻印サタ・ライト』!!」


 広間いっぱいに膨れ上がった漆黒の炎が、アンデッドたちを覆い尽くし、焼き払った。


「乾燥した『マミー』にはコレが効く」


 メルトは得意げに鼻を鳴らしたが、しかし、


「笑止。雑兵を散らすのが精一杯とみえる」


 炎の中から無傷のイムネブ三世が姿を見せた。


「この身に纏った『魔導帯バンドエイボン』には数多の魔法が織り込んであるのだ。全属性魔法への耐性はその一部よ」

「厄介だな……」


 メルトが呟くと、イムネブは干からびた喉をカラカラと鳴らして笑った。


「なんのなんの。貴様たちが真の恐怖におののくのはまだこれからよ」


 彼が杖を頭上に掲げると、黄金のオーラが周囲へ波動のように広がった。


「『王家の呪い』!!」


 その瞬間、円巳とメルトの全身が鉛のように重くなり、力が抜けていくのを感じた。

 黄金に輝くイムネブが地を蹴り、接近してくる。


 ――ドゴォオ!!


 二人は防御すらままならず、その両拳をまともに喰らって吹き飛ばされた。

 壁に激しく叩きつけられ、床に転がった二人は、起き上がることすらできなかった。


「なんだこれ……体が……」


 円巳はうめき声を出すのが精一杯だった。


「『王家の呪い』は貴様たちの全能力にデバフをかけ、そのぶん我輩の能力を上昇させるフィールドを作り出す」

「力を吸いとるってわけか……」


 メルトは懸命に立ち上がろうとしたが、体に残っている力がみるみる奪われていくのを感じた。

 彼女が取り落とした大鎌を拾い、イムネブはその刃を円巳の首にあてがった。


「勝敗は決した。苦しまぬよう眠らせてやる」



* * *



 一方その頃、『魔王城』最上階層。

 最奥部に玉座をいただく広大な謁見の間に、両手を繋がれた帆波が入ってくる。魔導チェーンが彼女の魔力を封じ込めていた。

 鎖を引いているのは、銀髪を頭の右側で結い上げたひとりの少女である。

 赤いジャケットに黒いボディスーツ姿で、一振りのサーベルを腰に提げている。


騎死きしユベレー。望みのものをお持ちした」

「よくぞやってくれた。さがってよい」


 禍々しい形状の玉座から降ってきたのは、砂糖菓子のように甘くとろけたボイスだった。


「わしは『魔王』ルーコ。くるしゅうない、ちこうよれ。むすめよ」


 ――魔王って……子供じゃない。


 帆波の眼前で泰然と玉座に頬杖をついているのは、どう見ても10歳そこらの女の子だった。

 紙のように白い肌に白い髪、瞳も白で、着ているドレスも真っ白。

 唯一、山羊のように捻れた一対の角だけが、金属のような光沢をもつ鈍色にびいろをしていた。

 『魔王』は、飴玉を頬張ったような舌足らずの口調で言った。


「あいたかったぞ。一万年ぶりだな、『勇者』よ」




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