『魔星』を攻略するには本来、バリアを避けて正規の入り口を通り、『
しかし今回に限って、その手順を踏むことはタオトの壊滅を意味する。
そのため、バリアを破って別のルートから侵入し、『魔星』の本丸を一気に攻め落とす、というのが今回の作戦だった。
眩い光とともに連鎖爆発が発生し、『魔星』の外殻がめくれ上がる。
アーウィルは損壊した『魔導砲』を心臓部のみ残してパージし、外殻の裂け目に滑り込んだ。
ここまでは計画通りである。
アーウィルが突入したエリアは、人口太陽の周囲を回るシールドが光を遮り、『夜』の時間帯に入っていた。
幸いタオトに残されていた攻略マップは正確で、そこはちょうど『魔王』の住まう城の真上だった。
「ドンピシャだ。行くぞ、二人とも!」
メルトが威勢よく叫んだ時だった。
闇の中から、別のエンジン音が急接近してきたかと思うと――タキオン兵器の光芒が炸裂し、三人の目をくらませた。
「攻撃された!? メルト、大丈夫か……!?」
「直撃は免れたらしい。だが、城の上部への降下軌道を外れた。このままだと下部のダンジョンエリアに突っ込む!」
タオトの攻略情報通り、天球内の重力レベルは地球レベルに低減されていたが、すでに降下軌道は変えようがなかった。
「
円巳とメルトは同時にタンデムシートを見た。
帆波の姿がない。
「帆波っ!? まさか、落ちたのか!?」
視界を遮る闇の中で、メルトは聴覚に集中した。
「円巳ーーーっ、メルトさーーーんっ」
かすかだが、重力エンジンの響きとともに遠ざかりつつある声が聞こえた。
「やられた……さっきの攻撃はシールドを破壊して彼女をさらうためだったらしい」
「そんな……助けに向かえないか!?」
「エンジン出力も落ちてる。上昇するのはムリだ……」
メルトは悔しげに呟いたが、懸命にハンドルを操作しながら、せめて敵の姿を捉えようと目を凝らした。
辺りを浮遊するタキオンの残り
「アーウィルの制式タイプ――なのか? だとすれば、乗ってるやつは死神か?」
「ちょっ、メルト、前ーーーーっ!!」
アーウィルが石造りの壁を貫通し、メルトと円巳はダンジョン内部に投げ出された。
『魔王城』と呼ばれる『魔星』最終ダンジョン、第一階層。
その内部には壁画や古代文字がびっしりと描かれ、古墳のような雰囲気を醸し出している。
「くそっ、帆波をどうする気なんだ」
円巳は怒りと焦燥にかられて拳を壁に叩きつけた。
「わからん。人質なら誰でもよかったのか、それとも――」
メルトがそこまで言いかけた時、広間を挟んで反対側に位置する扉が開き、複数の影がそこから姿を現した。
「おいでなすったぞ」
干からびた全身を包帯でくるんだアンデッド系モンスター、『マミー』の一群がふらふらと覚束ない足取りで進軍してくる。
そしてその中心に、巨大な黄金の仮面を被ったボスモンスターの姿があった。
「魂の眠りを
「しゃべった!?」
円巳はそのボスが口を利いたことに驚愕した。
そのような知能を持つモンスターは、少なくとも地球のダンジョンでは見つかっていない。
「我輩は、王に仕える『
「名乗った!?」
『インペリアルマミー』は黄金の杖を円巳に向け、やや不機嫌そうな声音を響かせた。
「いちいち驚くな。我輩は赤ちゃんではない。このくらいできて当然であろうが」
「あ、はい……スミマセン」
思わず頭を下げる円巳をメルトが肘で小突く。
「『インペリアルマミー』は『マミー』の最上位種だ。知性も戦闘能力も桁が違っている。気を付けろよ」
「あ、ああ……」
円巳は慌ててアイテムボックスから取り出した『
「貴様たちも、ここに眠る魂の一員となるがよい」
「悪いが、すやすや寝てる時間はない。さっさと通してもらうぞ」
「小癪な。我輩を見くびってもらっては困る」
「見くびらないさ。全力で瞬殺させてもらう!!」
メルトは背後から取り出した『黒き落日』を魔導書から大鎌に変じさせ、コピー魔法を発動した。
「『
広間いっぱいに膨れ上がった漆黒の炎が、アンデッドたちを覆い尽くし、焼き払った。
「乾燥した『マミー』にはコレが効く」
メルトは得意げに鼻を鳴らしたが、しかし、
「笑止。雑兵を散らすのが精一杯とみえる」
炎の中から無傷のイムネブ三世が姿を見せた。
「この身に纏った『
「厄介だな……」
メルトが呟くと、イムネブは干からびた喉をカラカラと鳴らして笑った。
「なんのなんの。貴様たちが真の恐怖におののくのはまだこれからよ」
彼が杖を頭上に掲げると、黄金のオーラが周囲へ波動のように広がった。
「『王家の呪い』!!」
その瞬間、円巳とメルトの全身が鉛のように重くなり、力が抜けていくのを感じた。
黄金に輝くイムネブが地を蹴り、接近してくる。
――ドゴォオ!!
二人は防御すらままならず、その両拳をまともに喰らって吹き飛ばされた。
壁に激しく叩きつけられ、床に転がった二人は、起き上がることすらできなかった。
「なんだこれ……体が……」
円巳はうめき声を出すのが精一杯だった。
「『王家の呪い』は貴様たちの全能力にデバフをかけ、そのぶん我輩の能力を上昇させるフィールドを作り出す」
「力を吸いとるってわけか……」
メルトは懸命に立ち上がろうとしたが、体に残っている力がみるみる奪われていくのを感じた。
彼女が取り落とした大鎌を拾い、イムネブはその刃を円巳の首にあてがった。
「勝敗は決した。苦しまぬよう眠らせてやる」
* * *
一方その頃、『魔王城』最上階層。
最奥部に玉座をいただく広大な謁見の間に、両手を繋がれた帆波が入ってくる。魔導チェーンが彼女の魔力を封じ込めていた。
鎖を引いているのは、銀髪を頭の右側で結い上げたひとりの少女である。
赤いジャケットに黒いボディスーツ姿で、一振りのサーベルを腰に提げている。
「
「よくぞやってくれた。さがってよい」
禍々しい形状の玉座から降ってきたのは、砂糖菓子のように甘く
「わしは『魔王』ルーコ。くるしゅうない、ちこうよれ。むすめよ」
――魔王って……子供じゃない。
帆波の眼前で泰然と玉座に頬杖をついているのは、どう見ても10歳そこらの女の子だった。
紙のように白い肌に白い髪、瞳も白で、着ているドレスも真っ白。
唯一、山羊のように捻れた一対の角だけが、金属のような光沢をもつ
『魔王』は、飴玉を頬張ったような舌足らずの口調で言った。
「あいたかったぞ。一万年ぶりだな、『勇者』よ」