「
路地裏までかすかに響いた
「リオスさん、ごめんなさい」
リオスにぺこりと頭を下げると、きっぱりとした口調で彼女は言った。
「『勇者族』というのが何かは知りませんが、今は一緒に行けません。私にはやらなくちゃならないことがあるから」
「ホナミさん、どうか聞いてほしい。これは一万年前からの、定められた……」
「今の私は、パーティーの一員なんです!!」
その決然とした態度に、リオスは苦笑いを浮かべ、目を伏せた。
「……わかった。今日のところは引き下がるとするよ。しかし、必ずまた迎えにくる」
「何度誘われても変わりません。それに、あなたこそ一緒に来てもらわないと困ります。これじゃ密航者ですよ」
――場合によっては、腕ずくでも連行しないと。
帆波が剣に手をかけた時、背後で声が響いた。
「帆波、そこにいるのか?」
円巳の声に帆波は一瞬そちらへ顔を向けた。
そして再び振り向いた時には、リオスは忽然と姿を消していた。
「リオスさん……あなたは、一体……?」
* * *
一方その頃、メルトはタオト代表とともに首都ギンク・ルー中心部の巨大研究施設を訪れていた。
5メートルほどの砲身をもつ戦車砲のようなものがリフトアップされ、周囲では様々な種族の技術者が作業を進めている。
「こいつで突破口を開く……か」
「はい。明後日には調整が完了する見込みです。アーウィルへの搭載もそう時間はかからないでしょう」
「しかし、よく持ち出すことができたな。一万年も厳重に封印されていたと聞くが」
「タオトの危機を救うにはそれしかないのです。分解しただけで破棄せずに保管していたのも、このような事態を見越してのことですから。……それに、宇宙を救うためにはいずれ必要になるものなのでしょう?」
「……感謝する」
『
そして、『魔星』に存在するという『エンシェント・フェアリーの手』。
皮肉なことだが、『魔星』の接近という非常事態が、メルトたちにこれらを入手するまたとないチャンスをもたらしたともいえる。
* * *
「リオスさんは自分を『勇者族』と言ってました。メルトさんは何か聞いたことないですか?」
ギンク・ルーの最高級ホテルの一室に円巳・帆波・メルトの三人は集まっていた。
当然それぞれに個室は用意されているが、ミーティングのためにメルトの部屋へ集合した形である。
「一万年前、呪われる以前の秘宝を用いて『魔王』の軍勢を打ち倒した伝説の冒険者が『勇者』だ。……だが、『勇者族』という連中については聞いたことがない」
「そうですか……」
「リオスのことは気にかかるが、今は『魔星』への対処を優先させてくれ。すまないな」
帆波自身がリオスと同じく『勇者族』の末裔だと言われたことを、彼女は話さなかった。
にわかには信じがたい話であり、何より、得体の知れない存在として円巳やメルトに気味悪がられるのが怖かったのだ。
――もしかしたら、メルトはこんな不安をずっと感じ続けていたのかもしれない。
「『魔星』とは、一万年に一度だけこの宇宙に姿を現す巨大天球だ。諸事情により、わたしたち三人でこれを攻略する」
メルトの手首から立体映像が中空に投影される。
白くつるりとしたその天体は、どこか生物の骨を思わせる不気味さがあった。
「その中心には人口太陽を擁し、周囲を覆う外殻には数多のダンジョンが存在する。――つまり、一万年周期で現れる巨大ダンジョンと言ってもいいだろう。ボスモンスターである『魔王』を倒すことで一時的に別次元へ消えるが、一万年をかけて次代の『魔王』が成長する、という仕組みらしい」
「その『魔星』を放っておくと、タオトが危険なんですよね」
「ああ。『魔星』は莫大な質量を持ち、強い引力を放っている。放っておけば移動しながら他の天体を吸い寄せ、表面を覆う攻性バリアで次々と分解してしまう。止めるには『魔王』を倒すしかない」
「それが今回のクエストってわけか。……なんかむちゃくちゃ大変そうなんだが」
円巳が不安そうに言った。
「まあ、『戦略魔導砲』に『エンシェント・フェアリーの手』が報酬とはいえ、ダンジョン攻略としては空前の規模になるな」
メルトは苦笑しながら肩をすくめた。
* * *
三標準日後。
寝静まるギンク・ルーの街に、突如警報が鳴り響いた。
『緊急警報。所属不明機が研究施設に侵入。機密兵器を強奪して逃走中。至急追撃せよ。繰り返す……』
メタリックブルーのビーム反射塗装に彩られたタオト艦隊が、サーチライトにその威容を輝かせながら、次々と夜空へ飛び立っていく。
ファルファーレ級5隻、ラビオリ級2隻、そして旗艦コルツェッティ級リグーリア。
その行く手には、分不相応なサイズの砲門をくっつけたマイクロ宇宙艇が、ぐんぐんと高度を上げていた。
「お芝居とわかっててもビビるな、これは」
アーウィルのサイドカー部分に収まりながら、円巳は思わず身を震わせた。
『戦略魔導砲』を搭載したアーウィルは、迷彩機能の応用で、見かけはまったく別のマシンに偽装している。
『魔星』の強固なバリアを突破するには、この『魔導砲』を用いる以外にないが、星間条約によりタオトの艦隊は使用を禁じられている。
そこで、賊がタオトのバリアプログラムをハックして侵入。砲を強奪し、勝手にぶっ放す……というシナリオが用意されたのだ。
「でも、ちょっと楽しいわ。泥棒役」
「ははは。宇宙を救ったあとは、義賊にでもなるか」
帆波の言葉に、メルトはノリノリでエンジンをふかした。
円巳は、勘弁してくれ……という様子で座席に身を沈めている。
やがてアーウィルは大気圏を突破し、転移航行へ入りつつあった。
「通常空間に戻ったら『魔星』は目と鼻の先だ。あらかじめ『魔導砲』のチャージを頼む」
『了解。チャージ開始します』
アーウィルのAIもこの作戦用に完璧な調整が施されていた。
エーテルを切り裂いて超空間に飛び込み、超光速で突っ切ると、再び通常空間へ復帰する。
『転移完了、目標確認』
眼前に、視界を埋め尽くすほどの巨大な天体が浮かんでいる。
しかし、これでも『魔星』の広大な引力圏の外側まで離れてはいるのだ。
「でかすぎる……」
その威容に円巳はすっかり圧倒されていた。
「怖気づいたか、マルミ? わたしたちが救うのは、もっと大きいもの――宇宙そのものだぞ」
「わ、わかってる……大丈夫だ!」
『チャージ完了、いつでも発射できます』
「よし。『戦略魔導砲』、発射!」
――キュドォ!!
超光速レベルに加速された
その奔流は『魔星』の表層を覆うバリアに突き刺さり、青白い波紋が巨大天球の隅々まで広がると……、やがて何事もなかったかのように元の静けさを取り戻した。
「全然効いてないが!?」
円巳が叫ぶと、メルトは腕を組んで唸った。
「タロー級恒星を吹き飛ばすくらいの出力はあるんだがな……」
「一万年前はどうやってクリアしたんですか?」
「ダンジョンだから、正規の入り口と攻略ルートがある。ただ、今回はそこを通ってるとタオトが引力圏に入るまでに間に合わない」
「……メルト、ちょっと思いついたんだけど」
円巳が一転、落ち着きを取り戻して言った。
「ぼくのスキルで『魔導砲』にかかった呪いを無効化したら、威力が上がらないかな」
「うむ。メリットスキルも消えるから、賭けではあるが……もうそれしかあるまいな」
「よし、やろう!」
円巳が『魔導砲』に跨がると、視界に青白い文字列が映し出された。
―――――――――――――――――――
スキル【リミッター】は無効化されています
スキル【ハイスピードチャージ】は無効化されています
スキル【超耐久】は無効化されています
スキル【クールダウン】は無効化されています
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『出力が400パーセント向上しました』
「でかした!!」
メルトがガッツポーズした瞬間、アーウィルの機体がガクンと揺れた。
「引力圏に捕まったぞ……再チャージ間に合うか!?」
『すでに開始しています』
魔導砲が変形し、砲身が数倍に伸長する。
一方、もとから巨大に見えていた天球が、さらに恐るべき速度でアーウィルに迫りつつある。
このままいけば攻性バリアの餌食となり、原子に分解される運命だ。
「こうなったらもう脱出はムリだ。一発勝負でやるしかない」
「なんとかなりますように……!」
帆波が手を組み、周囲を囲む色とりどりの星々に祈りを捧げる。
『チャージ完了』
「よし、発射!」
「いっっけぇええええええええっ!!」
円巳の雄叫びとともに、先程とは比べ物にならない巨大な閃光が砲口からほとばしった。
宇宙そのものを貫くがごときそのエネルギーは、『魔星』のバリアに命中すると、見事に風穴を開けた。
「「「やった……!!」」」
三人の声が重なった。
『魔導砲』はというと、砲身は真っ二つに裂け、溶け落ち、無惨な有り様だった。
「このまま突っ込むぞ!」
メルトがハンドルを握り締める。
――鬼が出るか、蛇が出るか。
三人を乗せたアーウィルは、巨大な重力の井戸の底へと、真っ逆さまに降下していった。