惑星タオトの統一国家ラ・ゴーゾ――その首都ギンク・ルー。
地表へ近づくにつれ、銀色の都市を構成する建造物群が、魔術装置とメカニックの完全な融合であることがわかる。
アーウィルはゆっくりとその中へ降下していった。
「着いたみたい。……ちょっと様子を見てきます」
そう言い残して部屋をあとにする
滑走路に降り立ったアーウィルを10数名のタオト人が出迎える。
その手厚さは、逆に彼らの置かれた状況の深刻さを物語っているようだった。
先頭に立ったメルトのあとを、
「ようこそお越しくださいました」
「どうやら、厄介なことになっているようで」
「はい。この星が『魔星』の引力圏に捕らわれるまで、あと七標準日といったところです」
彼らの代表がテレパシーで言った。その声音には暗い影が滲んでいた。
「『エンシェント・フェアリーの手』の
メルトがそう言ったとき、代表を中心として数名のタオト人がざわめく気配がした。
「おお……これは、星々の思し召しと言うべきなのか……」
代表はテレパシーのチャンネルを絞り、メルトに
「実は……お探しのものは『魔星』に……」
「なんだって!?」
メルトは思わず大声を上げたあと、はっとして自身も思念のみでの会話に切り替えた。
「そりゃあちょっと、困るぞ」
「かつて『勇者』が効力を使いきったあと、あそこに置き去りにしたのですよ」
「そんな無責任な……いや、あそこならば確かに、少なくとも1万年の間は誰も手出しできないわけだが」
「問題はその刻限がいまやって来たことです」
メルトが西の空を仰ぐ。
彼女の視力はそこに白く輝く天体を見つけることができた。
「死の巨大天球……この目で拝むことになるとはな……」
「あの……メルトさん」
帆波がおずおずとメルトの肩を叩いた。
「あの人のことを……さっき目を覚ましたんです」
「ああ、そうそう。ここに来る途中に超空間漂流者をひとり拾ったんだ。応急処置は済ませてあるが、念のためメディカルチェックをお願いしたい」
「かしこまりました」
やがて三人は宮殿のような大広間に通された。
死神と戦うメルトを惑星によっては英雄視しているらしく、円巳と帆波もそのお供として歓待を受けた。
「お口に合うかどうかわかりませんが、惑星グラーニの有機食材で作らせました」
黒い石造りの長テーブルに、合成でなく天然ものらしい豪華な料理が所狭しと並んでいた。
「地球でもこんな光景見たことないぞ」
円巳は圧倒されながら言った。
「あなたたちも召し上がってくれ」
メルトがタオト人たちへ向けてそう言うと、
「ありがとうございます。では、遠慮なく……」
彼らは
ページがぺらぺらとめくれるたび、彼らは満足そうに目を細めた。
「……あれは?」
円巳が訊くと、メルトが小声でそっと答えた。
「タオト人は情報を食べる生命体なのさ」
「食費が浮きそうでうらやましいな……味気ないけど。……帆波?」
食事に手をつけず中空を見つめていた帆波は、円巳に話しかけられてびくりと身を震わせた。
「考えごと?」
「う、うん、ちょっと……ぼーっとしてた」
「あのイケメンのことじゃないか?」
「なっ、ちがっ」
明らかに図星の様子を見て、円巳が複雑な心境を抱いていると――、広間にひとりのタオト人が入ってきて、代表に何かをテレパシーで伝えた。
「メルト様」
「どうかしたのか?」
「漂流者が見当たりません」
「そんな!?」
帆波は思わず立ち上がっていた。
「困りましたな、何事も起きなければよいのですが」
「すまない、わたしたちがもっとよく見ていれば」
メルトは代表に深く頭を下げた。
「悪いことをする人には見えなかったわ」
「恋は盲目ってやつだな、まったく」
「なによその言い方、さっきからしつこくない!? 妬いてるの!?」
「妬いてなんかいませーん!!」
「やめないか……」
延々と言い争う円巳と帆波に、メルトは困り果てた様子で肩をすくめた。
「とにかく、市内を探させます。見つかり次第、あなた方にもご連絡しましょう」
「本当に、申し訳ない……」
* * *
メルトがタオト人たちと今後について話し合う間、円巳と帆波はアイテムや食糧の買い出しを行うことになった。
「色んな種族の人がいるのね」
獣耳を生やした典型的な獣人の他にも、爬虫類や昆虫、植物をベースにしたヒューマノイドも往来を普通に歩いていて、地球人の感覚ではぎょっとしてしまう。
「宇宙有数の魔法科学惑星らしいから、技術者とかが集まってるのかもな。そのぶん警備も厳重なんだ」
頭上に張られた不可視のバリアに現住生物や小隕石がぶつかるらしく、黄色い空に時おり花火のような光が飛び散っている。
「……まさかあのイケメン、最初からここに入り込むために……帆波?」
円巳が慌てて周囲を探すが、目に入るのは異星人ばかりで、先程までいた帆波の姿がない。
「帆波ーーーーっ!」
活気に溢れる研究開発都市の、その路地裏。
自分の口元を覆っていた手を、帆波は一気に捻り上げた。
「いたたっ……」
「リオスさん!?」
彼女を路地裏に引き込んだのは、他でもない漂流少年だった。
帆波はすぐに彼の手を放したが、距離をとって警戒の目を向けた。
「リオスさん……あなた、悪い人だったんですか?」
帆波の悲しげな言葉に、リオスも苦しそうな表情を浮かべた。
「……ホナミさん。どうか僕と一緒に来てほしい。この出会いは運命なのだから」
帆波の心臓がどくんと脈打つ。
「運命……?」
「君と僕には、同じ
リオスはぼんやりと発光する白いペンダントを掲げながら言った。
「これは偉大なる『勇者』の骨。僕たちはこの力と意志を継ぐ、『勇者族』なんだよ」