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第26話 イケメン拾っちゃいました



「宙象庁の予報によれば航路に磁気嵐ナシ、重力異常、エーテル波浪、デブリその他障害物ナシ。きわめて宙気晴朗。これなら10標準日以内には着くよ」


 メルトは大きく伸びをしながら言った。


 太陽系を離脱したアーウィルは、通常空間と転移空間(超空間)を交互に航行しつつ、順調に目的地へ近づいていた。

 ちなみに、アーウィルは重力推進システムを採用しており、タンクに溜めた重力に指向性を持たせて放出することで航行あるいは走行する。宇宙艇としてはやや控えめな推力だが、一定以上の重力を持つ天体に停泊するだけで燃料をチャージできるため、見た目とは裏腹に長旅向きのマシンといえる。


「メルト、母さんのこともだけど、実は死神のことも気になってるんだ。倒したはずのペルミナがなぜ生き返ったのか。……それと、他の死神の動きも」


 三人はアーウィルを自動航行に切り替え、居住スペースで今後についてのミーティングを行っていた。

 円巳まるみの疑問にメルトが答える。


「ペルミナに関しては、やつの固有能力としか考えようがないな。少なくとも今までの死神に再生能力はなかった。面倒だが、対処法がわかるまではその都度撃破するしかない」

「……できればもう会いたくないな」


 首の死痕シグマに触れながら、円巳は正直な感想を口にした。


「他の死神については――やつらの総数はそう多くはない。残っているのはおそらく十数体だ。それに、宇宙中の国家や警察組織、マフィアにケンカを売りまくってるから、本拠地の防備に忙しい。『呪われし八つの秘宝オクト・エクサル』の探索と、わたしたちへの追っ手に割かれるのは多くて数人だろう」

「少し安心したわ。あんな人たちがぽんぽん出てきたら……」


 死神にトラウマのある帆波ほなみは身震いした。


「大丈夫だ。やつらは恐ろしいが、戦ってるのはわたしたちだけじゃないってことさ」


 メルトは彼女を安心させるように傍らに寄り添い、そっと肩を抱き寄せた。


「……ありがとう、メルトさん」


 帆波ははにかみながらメルトの肩に頭を預ける。

 ――しかし、その温かな空気は、唐突に響いた警告音によって破られた。


『針路上に生体反応を感知。繰り返す、針路上に生体反応を感知』


 その時、アーウィルは超空間内を超光速で航行していた。

 ここでは通常空間と時間の流れが異なっているため、超光速航行による時間のズレがほとんど起こらないのである。


「生体反応? 超空間回遊生物か? いや、このバイタルパターンは……」


 メルトはしばしアーウィル内部のスクリーンに映った望遠映像と波形を見比べ、そして言った。


「人命救助だ。減速するぞ」

「人命って……」

「……こんなところに?」


 円巳と帆波は困惑したが、メルトは至極当然のように言った。


「超空間漂流者だ」


 望遠映像が次第にはっきりしてくる。オレンジ色のボディスーツにヘルメットを被った人影が、スクリーンに映し出されていた。


「超空間航行中に事故が発生するのは珍しいことじゃないのさ」


 そう言いながらメルトは操縦シートへ上がっていった。


「二人は少し待っていてくれ」


 円巳と帆波は心配そうにスクリーンの人影を見つめた。

 数刻後、牽引ビームによって救助されたその人物は、空き部屋のベッドに横たえられていた。


「……イケメンだな」


 円巳が思わず呟いた通り、ヘルメットを脱いだその人物は美しいヒューマノイドの少年だった。

 赤い髪と少し尖った耳以外は、地球人とほぼ同じ姿だが、透き通るような白い肌と整った目鼻立ちが輝きを放つようだ。

 こんこんと眠り続ける姿は、白雪姫の男女逆転バージョンのようだな、と円巳は思った。


「帆波、キスしたら目が覚めるんじゃないか?」

「ちょちょちょちょちょっ……冗談やめりょ!!」


 ちょっと可哀想なくらいの慌てぶりを見るに、考えていたことは大差ないらしい。


「メルト、どうするんだ? この人」

「医療ポッドで最低限の処置はしたから、後遺症の心配はないだろう。現在超空間チャンネルで収容した旨を発信している。……あとは本人の意識が戻ってからだな」


 彼には身元を示すものがなく、メルトはひとまず目的の星への航行を優先することにした。

 交代で漂流少年の様子を見ながら、船内時間で三日ほどが経過した頃――。


「ここは……どこだろう」


 柔らかく澄みきった声が響き、ベッド脇の椅子でうとうとしていた帆波は飛び上がった。


「君は……?」


 宝石のような青い瞳で見つめられ、帆波は自分の体温がみるみる上がるのを感じた。


「こ……ここは私たちの宇宙……船? の中です。漂流していたあなたを収容しました」

「漂……流? うっ……」


 少年は美しい顔を歪め、頭を抱えた。


「む、無理しないで。少しずつ、記憶を整理すればいいと思います」

「ありがとう。君は優しいね……」

「そ、そ、そんなことは」


 帆波が顔を真っ赤にしていると、少年は唐突に自分の胸元へ目線を落とした。

 首から下げているペンダント――白い石のようなものが、ぼんやり光ったように見えた。

 少年がはっと息を吞む気配がして、その視線が再び帆波へ注がれた。


「あ、あの……?」

「僕はリオス。……君の名前は?」

「帆波……です」

「……帆波。僕は神に感謝する。君と出会えたことを」

「ええっ!?」


 あまりの急展開に帆波は目を回しかけていた。


 ――どうしよう……宇宙を股にかけたロマンスの香りがするわ。円巳というものがありながら……私って軽薄な女だったのかしら?


 と、その時、アーウィルのボディにエーテルの波がぶつかる音がした。

 超空間を抜けたのだ。


『まもなく、惑星タオトに到着します』


 アーウィルの電子音声が居住スペース内に響く。

 メルトと円巳はすでに操縦シートとサイドカーにそれぞれ乗っていた。


 前方、暗黒の宇宙に目的の惑星がぽっかりと浮かんでいる。

 その赤褐色の球体がみるみるクローズアップされ、大気の層が見えてきた。


「大気圏に入る。少し揺れるぞ」


 アーウィルはシールドを全開にして大気圏へ突入した。

 断熱圧縮によって周囲は焦熱地獄と化すが、シールド内部に変化はほとんどない。

 雲を突き抜けて降下していくと、やがて赤茶けた大地に銀色の都市が散在しているのが見えてきた。


「管制センターへ。こちらDODメルセグリット。ポートS17へ着陸許可を願いたい」


 メルトが手首に搭載された通信機へ呼び掛けると、そこから立体映像が投射された。

 奇妙な姿の異星人――タオト人が広域テレパシーで応答してくる。


「はい、こちら管制センター」


 白いゴツゴツした鱗が体表を被い、丸い頭部にはぼんやりと緑色に光るアーモンド型の両目があるだけで、鼻や口は存在しない。羽毛のはえた翼をローブのように体に纏わせていた。


「メルセグリット様、お待ちしていました。着陸を許可します」


 どうやら、すでに話はつけてあるらしい。

 メルトの通信を受け、タオトの都市を覆う不可視のバリアが一部消失する。


「前もって伝えた通り、『呪われし八つの秘宝オクト・エクサル』についての情報がほしい」

「承知しています。その代わりというわけではありませんが、我々としても、貴方のお力をお借りしたいのです」

「……何かあったのか?」


 タオト人は言葉を選ぶような素振りを見せた。テレパシーを通じて、『恐怖』の感情が伝わってくる。


「この星系に、『魔星』が姿を現したのです」

「『魔星』……?」


 円巳はメルトの横顔を見やった。

 メルトは眉を寄せ、エメラルド色に染まったタオトの夕空を見上げている。


「そうか。蘇ったのか……『魔王』が」




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