しかし、ボス戦後に明らかになった事実が、素直に盛り上がるのを難しくさせていた。
「円巳のお母さんが生きてたなんて……」
ジョッキの中でゆらめく光を見下ろしながら、
隣に座った円巳も、どこか遠くを見つめるような表情をしている。
「正直、ぼくも信じられない。けど、確かに記憶を見たんだ。母さんと仮面の男の会話を」
腕を組んで押し黙っていたメルトが口を開いた。
「……『エンシェント・フェアリーの手』。確かにそう言ったんだな」
「うん。母さんと話していた男が、それを使えば願いが叶うと」
「……間違いないな……」
「メルトさん、その何とかの手って、やっぱり……」
帆波の言葉にメルトは頷いた。
「『
「ぶっちぎりのチートじゃないですか!」
帆波は思わず大声を上げた。
「……ただし、こいつは使用回数が定められていてな。一万年前の時点で、効力は使い切られたらしい」
「じゃあ、円巳のお母さんは騙されてる……?」
「おそらく」
「くそっ、母さんを連れ去って……何が目的なんだ」
焦りと苛立ちが円巳の胸をかき乱す。
帆波はそんな彼に寄り添いながら言った。
「それでも、お母さんが無事ってわかったのはよかったじゃない。とにかく、その……ナントカの手を探してみましょうよ。私たちの目的とも重なるし、お母さんの居場所に繋がるかも」
「そうだな」
メルトも彼女の言葉にうなずいた。
「しかし、効果を使い切られた『エンシェント・フェアリーの手』のその後の行方は、魔導書にも記されていない。最悪、廃棄された可能性すらある」
「じゃあどうするんだ? 探すどころか、現存していなかったら手に入れようがない」
円巳の言葉にメルトは腕を組んでうなった。
「うむ……死神の手に渡らずに済むなら、それはそれでいいが……とにかく、マルミの母君のためにも手を尽くして探してみよう。幸い、次の目的地――魔法科学の最先端惑星でなら、情報を集められるかもしれないしな」
「惑星……ですか!?」
「ってことは、もしかして」
帆波と円巳がざわつくのを見て、メルトは頭上を指さしながらニヤリと笑った。
「ああ。宇宙へ出るぞ」
* * *
一晩明けて……。
操縦はもちろんメルト、タンデムシートに帆波、サイドカーには円巳が乗っている。
「本当にこれでよその星まで行けるんですか?」
これまで超テクノロジーの数々を見てきたとはいえ、帆波はまだまだ半信半疑という様子で言った。
「行けるとも。大船に乗ったつもりでいてくれ」
「船っていうかバイクですけど……」
「それより、他の星に行くたびにあんな着陸するのか?」
円巳はアーウィルの落下に巻き込まれて酷い目に遭ったことを思い出していた。
あの調子でやられると、メルトは無事でも他の二人にとっては生死に関わる。
「いやいや、そんなことはないぞ。あれは多重ワープの速度超過で、引力操作と慣性消去が追いつかなかっただけだから」
「安全運転で頼む……」
円巳の言葉に帆波も深く頷いて同意した。
「まあ、何かあったらアイテムで回復させるからさ」
「「安全運転で!!」」
二人の声がぴったりとハモって朝焼けの空に響いた。
「アーウィル、フライトモードオン」
『了解。フライトモードオン』
アーウィルの巨大なタイヤが中央から二つに割れ、左右に展開、変形して翼となる。
「補助エンジン始動」
『了解。補助エンジン始動。出力上昇中』
「続いてメインエンジン始動」
『了解。メインエンジン始動。オールセンサーグリーン。出力レベル到達』
「よし、
メルトの手がハンドル右のグリップを捻り、スロットルを全開にする。
アーウィルの車体がじわじわと浮かび上がったかと思うと、次の瞬間、猛スピードで
その加速は円巳や帆波の認識を遥かに超えたもので、魂を背中から引きずりだされるような感覚を一瞬味わったのちには、すでに青い地球を背景に、星の海を悠然と航海していた。
「う、嘘みたい……本当に生身のまま大気圏を突破して、宇宙を飛んでる」
帆波が眼鏡を整えながら言った。
「アーウィルの周囲は重力・気圧・温度・宇宙線……その他もろもろの変化から乗員を守るシールドが張ってあるからな。もちろん、酸素も供給されているから安心してくれ。……さて、少しクルージングを楽しみたいところだが、さっそく転移航行に入るぞ」
「いわゆるワープってやつですね」
「その通り。タキオンパウダー散布、加速器始動」
『了解。タキオンパウダー散布、加速器始動します」
「5、4、3、2、1……
眩い光の粒子に包まれたアーウィルは、エーテルを切り裂く残響音だけを置き去りに、一瞬にして地球の衛星軌道からその姿を消した。