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第24話 迷宮が残したもの



「……驚いたよ。確かに倒したと思ったが?」

「ほほほ! わたくしの美は不滅なのですわ」


 メルトの疑問にペルミナは高笑いで返した。


「それに、よくここがわかったな」

死痕シグマの反応をたどれば、貴方たちの後をつけるなど造作もありませんわ。それに、今度は【空白ブランク】ホルダーの確保などという手ぬるい指令は受けておりませんの」


 死神ペルミナは優雅に髪をかき上げたが、その瞳は憎しみに燃え盛っていた。


「わたくしに従わないものはすべて……お死になさいッ!!」


 ペルミナの装備する『ハーベスター・カタリナ改』は、以前の黒から燃えたつようなメタリックレッドに変化していた。

 彼女が拳を握り込むと、無数の刃が枝分かれしながら猛然と前方へ伸びていく。

 この閉鎖空間でかわすのはほぼ不可能な攻撃だ。


「二人とも、後ろへ回れ!!」


 円巳まるみは叫びながらメルトと帆波ほなみをかばうように前へ出た。


 ガギギギギン!!


 『魔鎧まがい』が『カタリナ』の刃を弾くが、アシッド攻撃によって生じたデバフのため、数ヶ所が貫通された。


「円巳っ!」

「っ……かすり傷だ」


 ボスモンスターたちはというと、『キングゴブリン』は『魔剣』の一閃で複数の刃を同時に粉砕。『キベリスプ』は強酸によって刃の到達前にデバフをかけ、網目のような蜘蛛の巣で防ぎきった。

 両者がペルミナに敵意を向けるそぶりを見せたが、


 「『神炎プロヴィネンス』」


 ペルミナはすかさず炎で自身を取り囲み、防備を固めてしまった。


「さて、わたくしの手で全員まとめて焼いてしまうもよし、高見の見物をさせていただくもよし。迷いますわねぇ」


 ペルミナへの攻撃を困難と判断したのだろう。2体のボスは再び円巳たちへ襲いかかってきた。

 『キングゴブリン』の攻撃をメルトと帆波は二人がかりで迎え撃ったが、目にも止まらぬ剣技を捌くだけで精一杯だった。

 円巳は天井の『キベリスプ』に斬りかかろうとしたが、一方の首が蜘蛛糸を吐いて行く手を塞ぎ、もう一方の首が遠距離からアシッド攻撃を仕掛けてくるため、やはり攻めあぐねていた。

 このままではペルミナが手を下さずとも全滅するのは明らかだ。


「『六花リリ・ズァーロ』!!」


 帆波がわずかな隙を突いて氷魔法と斬撃の融合技を手元で発動し、『キングゴブリン』を一端退しりぞかせた。

 円巳たち三人は背中合わせに固まり、作戦を練り始めた。


「何を考えようと無駄ですわ。仮にボスを倒せたとしても、この閉鎖空間で『神炎』をかわすことはできませんもの。……あら」


 三人が動いた。

 帆波は2体のボスと対峙し、円巳とメルトはペルミナの方へ猛然と向かってくる。


「……ほほ! 自棄やけを起こしたようですわねぇ!」


 ペルミナは自身を包んでいた炎の群れをさしむけた。


「灰におなりなさい」


 だが、円巳は怯まず――それどころか、さらに速度を上げ、炎に真正面から突っ込んでいく。


「メルト、頼む!」

「まかせんしゃい!!」


 メルトの指が『黒き落日』のトリガーを引いた。


「『激情の刻印サタ・ライト』!!」

「なあっ!?」


 ペルミナは思わず目をみはった。

 大鎌から放たれた漆黒の火炎が、彼女の放った薄紅色の炎とぶつかり合い、打ち消しあったのだ。

 がら空きになった懐へ、円巳が飛び込んでくる。


 ズバッ――。


 剣の一閃が、ペルミナの首をあっけなく切り落とした。

 それは地面をごろごろと転がり、メルトの足元で止まった。


「この間はちゃんと説明してなかったな、ペルミナ。

 『ハーベスター』の破片を『黒き落日』に読み込ませることで、わたしはあらゆる死神の魔法をコピーできるんだよ。

 さっきのは先日お前の『カタリナ』からいただいたものだ。

 もちろん、オリジナルより威力は落ちるが――油断しきっていたお前となら互角だったよ」


 ペルミナの首は無言のままメルトへ憎悪の視線を向けていたが、やがて爆散し、ダンジョンの床に黒いシミとなってへばりついた。

 敵とはいえ、少女の姿をした相手を殺したことに円巳は震えたが、いま立ち止まっている暇はないのだと、自分に言い聞かせた。


 一方の帆波は、『キベリスプ』のアシッド攻撃を『氷壁アルドネータ』で防ぎつつ、盾の裏から取り出した銀色の筒を『キングゴブリン』へ投げつけた。

 『魔剣』がそれを即座に切り裂くと、煙のようなものが噴出する。

 ……途端に、『キベリスプ』の本体が天井から床へ降り立ち、猛然と『キングゴブリン』へ突進し始めた。


「すごい、うまくいった……」


 帆波は、円巳から受け取った『虫寄せスプレー』の効力に感心していた。

 『キングゴブリン』は『キベリスプ』の首の一本を切り落としたが、次の瞬間、断面から溢れた強酸性の体液が『魔剣』に降りかかり、ブスブスと白煙が上がる。

 デバフがかかったのだ。


「『氷結六花エジィ・ナーブ・リリ・ズァーロ』!!」


 片方の首を失ってのたうち回る『キベリスプ』を帆波の魔法が氷漬けにし、


 ――ガギギギギギィィイインッ!!


 続く6連斬撃で巨体を粉々に粉砕した。


「円巳、あとは『ゴブリン』だけよ!」


 『魔剣』にかかったデバフにより『キングゴブリン』本体の動きも鈍っていたが、それでも全身から殺気を立ちのぼらせている。


「ぼくが相手だ。決着をつけよう」


 円巳は『魔鎧』を解除して敵の目の前に立ちはだかると、アイテムボックスから取り出したびんを飲み干した。


「さぁ、いくぞ!!」


 両者が同時に地を蹴り、一瞬のうちに距離を縮めたかと思うと、互いに剣をひらめかせながら交錯した。


 ――ズバシュゥウウウ……ッ。


 鈍い斬撃音が響き、辺りに沈黙が下りた。

 円巳がよろめき、片膝をつく。

 彼の防具は袈裟懸けに切り裂かれ、血が滲んでいた。

 息を呑む帆波。一方、メルトは何かを確信したような笑みを浮かべた。


 ドシャアッ。


 『キングゴブリン』の体が大地に投げ出され、アイテムを撒き散らしながら消失した。


「円巳!!」


 帆波が涙を流しながら駆け寄る。

 円巳はポーションを飲みながら彼女と抱き合った。


「ギリッギリで成功させたわね、パリィ」

「ズルしたうえに、肉を切らせて何とやらって感じだけどね」


 メルトが足元の小壜を拾い上げる。


「これが手品のタネかい?」

「『のび~るくんZ』。あいつと斬り結ぶ瞬間、これで手足をわずかに伸ばして間合いを撹乱したんだ」


 円巳は塞がり始めた傷口を撫でた。


「本来、このダンジョンのボスは『キベリスプ』のみだったんだろう。『魔剣』がここに隠され、雑魚の『キングゴブリン』がそれを手にしたことでパワーバランスが崩れ、バグが発生した……といったところか」

「通常ボスに裏ボス、乱入ボスまで出てきて、生きてるのが不思議だよ」

「そのぶん経験値はたんまりもらったから、結果オーライよ」


 すっかり上機嫌な帆波に対して、円巳は大きく溜め息をついた。

 その肩をメルトがぽんと叩く。


「マルミ、いよいよ四つ目の『呪われし八つの秘宝オクト・エクサル』を手にする時がきた。きみなら『魔剣』の呪いを打ち消せるはずだ」

「ああ、やってみるよ」


 円巳は床に横たわる『魔剣』へ恐る恐る手を伸ばした。

 と、その柄を握った瞬間、邪神に触れた時と同じように、何者かの記憶の断片が頭の中に流れ込んできた。

 それは、円巳の視界にある映像ヴィジョンを結んだ。


 目の前に奇妙な男が立っている。

 白い仮面をつけ、古めかしい鎧と臙脂えんじのマントを纏った男は、こちらへ向けてぱちぱちと手を叩いた。


「お見事。『魔剣』の力をそこまで引き出せるとはね」


 ――助けて。


 円巳に宿った誰かが悲鳴を上げた。

 その意思に反して、体は『魔剣』の切っ先を仮面の男に向けている。


「助けてあげるよ。今から僕の力で君と『魔剣』を引き離す。そうすれば君は解放され、『魔剣』は次の持ち主を求めてダンジョンを再生させるだろうね」


 ――お願い、早く。もう抑えられない。


「安心して。僕に任せてくれ」


 映像が一度途切れ、再開する。

 『魔剣』はダンジョンの床に突き刺されていた。

 しかし、持ち主との繋がりはまだわずかに残っているらしく、その人物の記憶は円巳の中で引き続き再生された。


 ――どうすればいい。


「全てを捨てて、僕と一緒に来るんだ。そうすれば、君の願いも叶えられるだろう。『エンシェント・フェアリーの手』を使えばね」


 ――わかった。一緒に行くわ……。


 映像が終わる瞬間、円巳に宿ったその人物は心の中で呟いた。


 ――ごめんなさい、あなた。ごめんね、円巳……。


 ―――――――――――――――――――


 スキル【終わりなき狂宴】は無効化されています

 スキル【フルカウンター】は無効化されています

 スキル【イニシアチブ】は無効化されています

 スキル【血骸宝剣ちがいほうけん】は無効化されています


 ―――――――――――――――――――


 円巳は立ち尽くしていた。

 その顔を帆波が心配そうに覗き込む。


「円巳、大丈夫?」

「……『魔剣』に残された記憶を見た」


 彼は壁を指さした。

 そこに埋め込まれた石板には、ダンジョンをクリアした円巳たち三人の名前が刻まれている。


 ――いや――


 名前が、ひとつ、多い。


 ―――――――――――――――――――


 宇路牡丹

 メルセグリット

 宇路円巳

 玉串帆波


 ―――――――――――――――――――


宇路牡丹うろぼたん……って、そんな……!?」


 帆波は驚嘆の声を上げた。

 メルトは険しい表情で口元に手をやり、思索を巡らせている。

 感情を押し殺したような声で円巳が言った。


「このダンジョンは、一度クリアされていたんだ。母さんの手によって。……母さんは、どこかで生きている」


 『魔剣』の呪いが無効化されたことにより、今度こそダンジョンは消滅に向かっていた。

 柔らかな白い光がすべてを包み込んでいく。

 気が付くと三人は、あの鳥居をくぐった場所にたたずんでいた。

 こうして、隠しダンジョン『キベリスプの竜洞』はその役目を終えた。

 大きな謎を残して――。


 円巳の母は、宇路牡丹は生きていた。彼女はどこへ消えたのか?




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