「……驚いたよ。確かに倒したと思ったが?」
「ほほほ! わたくしの美は不滅なのですわ」
メルトの疑問にペルミナは高笑いで返した。
「それに、よくここがわかったな」
「
死神ペルミナは優雅に髪をかき上げたが、その瞳は憎しみに燃え盛っていた。
「わたくしに従わないものはすべて……お死になさいッ!!」
ペルミナの装備する『ハーベスター・カタリナ改』は、以前の黒から燃えたつようなメタリックレッドに変化していた。
彼女が拳を握り込むと、無数の刃が枝分かれしながら猛然と前方へ伸びていく。
この閉鎖空間でかわすのはほぼ不可能な攻撃だ。
「二人とも、後ろへ回れ!!」
ガギギギギン!!
『
「円巳っ!」
「っ……かすり傷だ」
ボスモンスターたちはというと、『キングゴブリン』は『魔剣』の一閃で複数の刃を同時に粉砕。『キベリスプ』は強酸によって刃の到達前にデバフをかけ、網目のような蜘蛛の巣で防ぎきった。
両者がペルミナに敵意を向けるそぶりを見せたが、
「『
ペルミナはすかさず炎で自身を取り囲み、防備を固めてしまった。
「さて、わたくしの手で全員まとめて焼いてしまうもよし、高見の見物をさせていただくもよし。迷いますわねぇ」
ペルミナへの攻撃を困難と判断したのだろう。2体のボスは再び円巳たちへ襲いかかってきた。
『キングゴブリン』の攻撃をメルトと帆波は二人がかりで迎え撃ったが、目にも止まらぬ剣技を捌くだけで精一杯だった。
円巳は天井の『キベリスプ』に斬りかかろうとしたが、一方の首が蜘蛛糸を吐いて行く手を塞ぎ、もう一方の首が遠距離からアシッド攻撃を仕掛けてくるため、やはり攻めあぐねていた。
このままではペルミナが手を下さずとも全滅するのは明らかだ。
「『
帆波がわずかな隙を突いて氷魔法と斬撃の融合技を手元で発動し、『キングゴブリン』を一端
円巳たち三人は背中合わせに固まり、作戦を練り始めた。
「何を考えようと無駄ですわ。仮にボスを倒せたとしても、この閉鎖空間で『神炎』をかわすことはできませんもの。……あら」
三人が動いた。
帆波は2体のボスと対峙し、円巳とメルトはペルミナの方へ猛然と向かってくる。
「……ほほ!
ペルミナは自身を包んでいた炎の群れをさしむけた。
「灰におなりなさい」
だが、円巳は怯まず――それどころか、さらに速度を上げ、炎に真正面から突っ込んでいく。
「メルト、頼む!」
「まかせんしゃい!!」
メルトの指が『黒き落日』のトリガーを引いた。
「『
「なあっ!?」
ペルミナは思わず目を
大鎌から放たれた漆黒の火炎が、彼女の放った薄紅色の炎とぶつかり合い、打ち消しあったのだ。
がら空きになった懐へ、円巳が飛び込んでくる。
ズバッ――。
剣の一閃が、ペルミナの首をあっけなく切り落とした。
それは地面をごろごろと転がり、メルトの足元で止まった。
「この間はちゃんと説明してなかったな、ペルミナ。
『ハーベスター』の破片を『黒き落日』に読み込ませることで、わたしはあらゆる死神の魔法をコピーできるんだよ。
さっきのは先日お前の『カタリナ』からいただいたものだ。
もちろん、オリジナルより威力は落ちるが――油断しきっていたお前となら互角だったよ」
ペルミナの首は無言のままメルトへ憎悪の視線を向けていたが、やがて爆散し、ダンジョンの床に黒いシミとなってへばりついた。
敵とはいえ、少女の姿をした相手を殺したことに円巳は震えたが、いま立ち止まっている暇はないのだと、自分に言い聞かせた。
一方の帆波は、『キベリスプ』のアシッド攻撃を『
『魔剣』がそれを即座に切り裂くと、煙のようなものが噴出する。
……途端に、『キベリスプ』の本体が天井から床へ降り立ち、猛然と『キングゴブリン』へ突進し始めた。
「すごい、うまくいった……」
帆波は、円巳から受け取った『虫寄せスプレー』の効力に感心していた。
『キングゴブリン』は『キベリスプ』の首の一本を切り落としたが、次の瞬間、断面から溢れた強酸性の体液が『魔剣』に降りかかり、ブスブスと白煙が上がる。
デバフがかかったのだ。
「『
片方の首を失ってのたうち回る『キベリスプ』を帆波の魔法が氷漬けにし、
――ガギギギギギィィイインッ!!
続く6連斬撃で巨体を粉々に粉砕した。
「円巳、あとは『ゴブリン』だけよ!」
『魔剣』にかかったデバフにより『キングゴブリン』本体の動きも鈍っていたが、それでも全身から殺気を立ちのぼらせている。
「ぼくが相手だ。決着をつけよう」
円巳は『魔鎧』を解除して敵の目の前に立ちはだかると、アイテムボックスから取り出した
「さぁ、いくぞ!!」
両者が同時に地を蹴り、一瞬のうちに距離を縮めたかと思うと、互いに剣をひらめかせながら交錯した。
――ズバシュゥウウウ……ッ。
鈍い斬撃音が響き、辺りに沈黙が下りた。
円巳がよろめき、片膝をつく。
彼の防具は袈裟懸けに切り裂かれ、血が滲んでいた。
息を呑む帆波。一方、メルトは何かを確信したような笑みを浮かべた。
ドシャアッ。
『キングゴブリン』の体が大地に投げ出され、アイテムを撒き散らしながら消失した。
「円巳!!」
帆波が涙を流しながら駆け寄る。
円巳はポーションを飲みながら彼女と抱き合った。
「ギリッギリで成功させたわね、パリィ」
「ズルしたうえに、肉を切らせて何とやらって感じだけどね」
メルトが足元の小壜を拾い上げる。
「これが手品のタネかい?」
「『のび~るくんZ』。あいつと斬り結ぶ瞬間、これで手足をわずかに伸ばして間合いを撹乱したんだ」
円巳は塞がり始めた傷口を撫でた。
「本来、このダンジョンのボスは『キベリスプ』のみだったんだろう。『魔剣』がここに隠され、雑魚の『キングゴブリン』がそれを手にしたことでパワーバランスが崩れ、バグが発生した……といったところか」
「通常ボスに裏ボス、乱入ボスまで出てきて、生きてるのが不思議だよ」
「そのぶん経験値はたんまりもらったから、結果オーライよ」
すっかり上機嫌な帆波に対して、円巳は大きく溜め息をついた。
その肩をメルトがぽんと叩く。
「マルミ、いよいよ四つ目の『
「ああ、やってみるよ」
円巳は床に横たわる『魔剣』へ恐る恐る手を伸ばした。
と、その柄を握った瞬間、邪神に触れた時と同じように、何者かの記憶の断片が頭の中に流れ込んできた。
それは、円巳の視界にある
目の前に奇妙な男が立っている。
白い仮面をつけ、古めかしい鎧と
「お見事。『魔剣』の力をそこまで引き出せるとはね」
――助けて。
円巳に宿った誰かが悲鳴を上げた。
その意思に反して、体は『魔剣』の切っ先を仮面の男に向けている。
「助けてあげるよ。今から僕の力で君と『魔剣』を引き離す。そうすれば君は解放され、『魔剣』は次の持ち主を求めてダンジョンを再生させるだろうね」
――お願い、早く。もう抑えられない。
「安心して。僕に任せてくれ」
映像が一度途切れ、再開する。
『魔剣』はダンジョンの床に突き刺されていた。
しかし、持ち主との繋がりはまだわずかに残っているらしく、その人物の記憶は円巳の中で引き続き再生された。
――どうすればいい。
「全てを捨てて、僕と一緒に来るんだ。そうすれば、君の願いも叶えられるだろう。『エンシェント・フェアリーの手』を使えばね」
――わかった。一緒に行くわ……。
映像が終わる瞬間、円巳に宿ったその人物は心の中で呟いた。
――ごめんなさい、あなた。ごめんね、円巳……。
―――――――――――――――――――
スキル【終わりなき狂宴】は無効化されています
スキル【フルカウンター】は無効化されています
スキル【イニシアチブ】は無効化されています
スキル【
―――――――――――――――――――
円巳は立ち尽くしていた。
その顔を帆波が心配そうに覗き込む。
「円巳、大丈夫?」
「……『魔剣』に残された記憶を見た」
彼は壁を指さした。
そこに埋め込まれた石板には、ダンジョンをクリアした円巳たち三人の名前が刻まれている。
――いや――
名前が、ひとつ、多い。
―――――――――――――――――――
宇路牡丹
メルセグリット
宇路円巳
玉串帆波
―――――――――――――――――――
「
帆波は驚嘆の声を上げた。
メルトは険しい表情で口元に手をやり、思索を巡らせている。
感情を押し殺したような声で円巳が言った。
「このダンジョンは、一度クリアされていたんだ。母さんの手によって。……母さんは、どこかで生きている」
『魔剣』の呪いが無効化されたことにより、今度こそダンジョンは消滅に向かっていた。
柔らかな白い光がすべてを包み込んでいく。
気が付くと三人は、あの鳥居をくぐった場所にたたずんでいた。
こうして、隠しダンジョン『キベリスプの竜洞』はその役目を終えた。
大きな謎を残して――。
円巳の母は、宇路牡丹は生きていた。彼女はどこへ消えたのか?