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第23話 突入・最深層



「これは……この剣は、母さんの、剣だ。間違い、ない」


 円巳まるみは言葉を詰まらせながらそう言った。


「母さんは、ここで、死んだんだ」


 燭台の炎に照らされ、輝くものが頬を流れ落ちる。それは『雨手箱あまてばこ』が降らせた水滴とは明らかに違っていた。


「円巳……!」


 帆波ほなみが駆け寄ろうとする一方、メルトは『ドラゴン』が守っていた扉の方を指さした。


「いや、そうとも限らないぞ。……見てみろ」


 壁に埋め込まれた石板に、過去この中ボス戦を通過した冒険者たちの名前が記録されていた。

 円巳たちの名前のすぐ上に、


宇路牡丹うろ ぼたん


とある。


「母さんは『ドラゴン』を突破してたのか……? じゃあ、この剣は、なんでここに……?」

「思い出したわ!」


 帆波が書物で読んだところによると、一部の『ドラゴン』には体内のバイオミネラルを合成して武器の複製を作りだすという特異な生態があるらしい。

 冒険者に倒された竜の尾から剣が生まれたという伝説もある。


「つまり、母君はわたしたちのまだまだ先にいるということだな、マルミ」

「……うん、母さんを見くびってた。こんなもんじゃないよな」


 円巳は涙を拭い、その剣を引き抜いた。

 そして、さらなる下層へ続く扉を見つめながら言った。


「さあ、行こう!」


 ―――――――――――――――――――


 『プーガヴィーツァ』を装備しました

 スキル【花霞はながすみ】は無効化されています

 スキル【業華剣爛ごうかけんらん】は無効化されています


 ―――――――――――――――――――



* * *



 ドラゴン撃破後の道のりは比較的安定したものだった。

 休息セーブポイントで疲れを癒しつつ、円巳たちは着実に攻略を進めていった。

 20階層の中ボス『クインドライアード』は、分体による撹乱と毒花粉が引き起こす状態異常が厄介な相手だった。

 30階層で戦った『ヘカトンケイル』は、様々な武器を搭載する6本の遠隔操作腕を備えた異色の機械モンスターだった。

 どちらも強敵だったが、レベルアップを重ねた三人は堅実な連携によって勝利を納めていった。

 そして彼らは、ついに第40階層――最深層へと到達しようとしていた。


 最後のマップへの階段には、ひと目でそれとわかるゲートが設けられている。他の階層と違い、これをくぐったが最後、ボスモンスターを倒すまで後戻りはできない。

 ラスボスが倒されると一定時間後にダンジョンは消滅し、内部にいたすべての冒険者が元の世界に戻される。それがダンジョンの基本システムである。


「マルミ、次の相手こそ、おそらくは……」

「わかってる」


 円巳の母親のパーティーは、少なくともここまでの中ボス戦を誰ひとり欠けることなく突破していた。それは石板の記述から確定している。

 であれば、ラスボス戦でロストした可能性が高い。

 ダンジョン内で死んだ人間は、モンスターのように跡形もなく消えてしまうのだ。


「確かにぼくは冒険者として、ずっと母さんの影を追いかけてきた。けど、それは仇が討ちたいからじゃないって、少しずつわかってきたんだ」


 円巳は握りしめた母の剣を、その刃に映る自分の姿を見た。


「ぼくは母さんの魂を、迎えにいきたかった。そして、やっとそれが叶ういま――不思議と、安らかな気持ちでいるよ」


 円巳の言葉にメルトは安堵したような笑みを浮かべ、帆波は目尻をぬぐった。


「余計なお世話だったようだ。三人で母上を迎えて、そして必ずダンジョンをクリアしよう」

「私たちなら絶対できるって信じてます」


 メルトが差し出した手のひらに、帆波と、そして円巳の手が重なった。

 最深層へ続く階段の中程にゲートがあり、そこを通過すると、背後で仕掛けが動作するような音が響いた。


 ガキッ……ズズズズズ……ゴゥン!


 左右からスライドして現れた扉が門を閉ざす。同時に、闇に沈んでいた最深層に灯りがともった。

 無数の燭台が燃え盛り、中ボスのものよりひと回り広大な正方形のフィールドを照らし出す。その中心に、は立っていた。


 人型をしたモンスター。

 身長約2メートル。筋肉質な手足に、でっぷりと突き出た腹部。

 緑色の肌に黄色い眼、豚のように反り返った鼻と、口の端から上へ向かって長く付き出した一対の牙。

 バイキングのような兜を被り、全身には金の装飾をジャラジャラと節操なくぶら下げている。


 『キングゴブリン』。

 道中で幾度も戦った雑魚モンスターの一体だ。

 その名の通りゴブリン種の中では上位だが、はっきり言って大した相手ではない。この隠しダンジョンにおいては下から数えた方が早い部類だ。

 しかし、円巳たち三人は、ドラゴンより遥かに小柄なそのモンスターから、異様な気配を感じていた。


 ……理由はすぐにわかった。奴が持つ得物である。

 日本刀に似た片刃剣だが、生物の骨や脊髄を思わせる禍々しい形状をしていた。どす黒いオーラが陽炎のようにゆらゆらと立ちのぼっている。

 まさか、

 円巳がそう思った瞬間、『キングゴブリン』の姿が幻のように掻き消えた。


 ――ガギィイイイイイインッ!!


 気が付いた時には、彼の首を狙って振り抜かれた刃を、メルトの『黒き落日』が紙一重のところで受け止めていた。

 大鎌がポロポロと刃こぼれを起こしている。


「間違いない! 『呪われし八つの秘宝オクト・エクサル』だ!」


 メルトが叫んだ時にはすでに帆波の援護魔法が撃ち込まれていたが、そこにあったのは『キングゴブリン』の残像に過ぎなかった。

 本体は再び距離をとって次の攻撃の隙を伺っている。


「あれは『魔剣』メ・サラム。装備者の潜在能力を極限まで引き出すが、敵味方の区別を失わせ、永久に戦いを続ける呪いがかかっている。要するにバーサーカー製造機だ。素体が雑魚とはいえ、これは厄介だぞ」


 円巳は全身から冷や汗が溢れるのを感じた。

 ――とにかく、攻撃の速度と威力が半端ではない。それに、判断力も的確で慎重だ。

 どこまでが『魔剣』のスキルによるものかはわからないが、間違いなく今までで一番の強敵だろう。


「メルト、『魔鎧まがい』を使うぞ!」

「ああ、頼む!」


 メルトから受け取った人形スタチューを握り、円巳が腕を交差して叫ぶ。


「『燦現ウェニト』!!」


 周囲がまばゆい光に包まれ、炎のマフラーを巻いたパワードスーツがその中から姿を現した。 体格は『キングゴブリン』に肉薄し、小ぶりにすら見えるロングソードを構えている。

 『魔鎧』に身を包んだ円巳が、ボスモンスターに相対しようとした――その時だった。


 ぶしゅうううううっ!


 その攻撃は円巳たちにとって、まったくの意識外の方向から加えられた。


「な……っ!?」


 強酸性の液体を全身に浴びせかけられ、『魔鎧』は煙に包まれながらたまらず片膝をついた。


「これは……スライムの……!?」

「違うわ……上に、上に何かいる!」


 帆波が指さした先、闇に包まれたボス部屋の上部にメルトは目を凝らした。

 燭台の炎を反射して、なにか銀色の線のようなものがキラキラと光っている。

 そしてその線の集まる中心部、天井のど真ん中に、ゆっくりと蠢く巨大な影。


「これは本当に……厄介だな」


 メルトは思わずひきつった笑いを浮かべた。

 そこには一面に幾何学模様の巣が築かれ、全長10メートルはあろうかという蜘蛛の化け物が張りついていたのだ。

 しかも、その頭部からはドラゴンの首が2本も生えている。一方の首は口から泡立つ液体をだらだらと垂らしていた。先程『魔鎧』を襲った攻撃はこれだ。


「こいつが竜洞のヌシ……『キベリスプ』とでも呼ぶか」

「ボスが……2体!?」


 帆波が絶望的な声を上げた。


「いえ――3体ですわね」


 唐突に響いたそれは、円巳たち三人にとって聞き覚えのある声だった。


「バカな……」


 ゲートの方を振り向いたメルトは、そこにもたれるように立っている金髪の少女の姿を見た。


「約束通り、殺しに来ましたわよ。『死神の死神』」

「ペルミナ……!!」




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