「中ボスに『ドラゴン』って、ありなんですか!?」
「隠しダンジョンだからな」
それが『ドラゴン』の咆哮だと、
狭い迷宮のなか、生身で対峙する大型モンスターは巨人や邪神よりも恐ろしいものに見えた。
「くるぞ」
メルトが緊迫した声で呟く。
『ドラゴン』の口からマグマのようなものが溢れたかと思うと、白熱化した火球を撒き散らすように連射してきた。
「『
帆波の詠唱とともに、床から垂直に立ち上がった氷の壁が火球を防いだ。
が、数発の直撃で大部分が蒸発してしまった。
氷と火、相性の不利は明らかだ。
「メルト、『魔鎧』を使おう!」
円巳が悲鳴じみた声で叫ぶも、
「いや、ダメだ」
メルトは取り合わなかった。
「まだ10階層目の中ボスだぞ、マルミ」
「けど……!!」
『ドラゴン』がこちらにほんのわずか背を向けたかと思うと、溶け残った壁をぶち砕きながら、丸太のような尾が飛んできた。
――バキィイイイインッ!
円巳は剣で受け止めたが、そのまま吹き飛ばされ、壁に激突した。
「がは……っ」
ステータスを確認すると、今の一撃だけで
円巳は急いで
「帆波、大丈夫か……!?」
「……ええ、なんとかね」
帆波は盾で防いだものの、やはりダメージは大きいらしく、動けずにいる。
上に飛んでかわしたメルトは、そのまま天井を蹴って『ドラゴン』の背後に回りながら、無防備な首へ大鎌を振るった。
――が、
ギィンッ!
強固な鱗がそれを弾き返す。
「こいつは……中々の曲者だな」
着地したメルトの上から、『ドラゴン』の前足が降ってくる。
それを避けるとさらには鋭い爪を振り回し、巨大な顎で噛みつこうとする。
巨体に関わらず猛獣のような俊敏さだった。
メルトも持ち前の身軽さで捌き続けてはいるが、長くは持ちそうにない。
「メルトさん!」
帆波が氷魔法で援護を試みるも、ほとんどが尾で振り払われ、着弾しても目に見えるダメージはなかった。
「やっぱり、相性が悪すぎる。地や風属性の『ドラゴン』なら何とかなるのに……」
帆波が悔しさを滲ませる。
しかし、その言葉を聞いて円巳の頭にひらめくものがあった。
――そうだ。属性……やつの属性を逆手に取れないか?
円巳は大急ぎでアイテムボックスをまさぐった。
メルトはすでに壁際まで追い込まれている。時間がない。
「これだ! こいつならきっと――」
ボックスから取り出した黒い漆塗りの小箱を『ドラゴン』へ向けて投げ放つ。
――ぱかんっ。
やや間の抜けた音とともに空中で箱の蓋が開き、中から噴出した黒雲が『ドラゴン』の頭上にわだかまったかと思うと、滝のような雨を降らせ始めた。
『
急速に熱を奪われ、『ドラゴン』の鱗に亀裂が走る。
「そっか、火竜には水属性の魔法が有効……やるわね、円巳!」
苦し紛れに円巳を狙った火球を、滑り込んだメルトが鎌のひと振りで掻き消す。
「豪雨に包まれてはブレス攻撃も減衰して使い物にならんようだな」
「よーし、次は私が……『
帆波の氷魔法が、体表の冷えた『ドラゴン』を雨ごと氷漬けにした。
「円巳、今よ!」
「まかせてくれ!!」
――狙いは鱗がひび割れ、かつ氷に覆われていない急所――首だ!
円巳は大地を蹴って『ドラゴン』の眼前へ飛翔する。
魔物の眼光が正面から彼を貫いた。――だが、もはや恐れはしない。
ジルコニアソードが一瞬の煌めきとともに宙を滑り、『ドラゴン』の首へ吸い込まれ――、
ズッ……バシュウウウッ!!
一撃にて、これを断ち落とした。
「やった……!!」
メルトは思わず拳を握り締めていた。
巨大な頭部がどしゃりと地面に落ち、続いて胴体がゆっくりと、小山が崩れるように倒れ伏した。そして、二度と起き上がることはなかった。
『ドラゴン』の消滅とともに大量のアイテムがドロップされ、辺りはさながら宝石箱のようだった。
「……正直、ヤバいと思いましたよ」
水滴のついた眼鏡を拭きながら帆波が言った。
「わたしは何とかなると思ってたぞ。きみたちなら」
『ドラゴン』と組み合ったメルトはもろに雨を被っていたが、黄色のコートが見た目通りに水を弾き、雨合羽の役割を果たしたらしい。
腕を組んでうんうんと頷いている。
「円巳も結構派手に濡れてるじゃない。……円巳?」
円巳は、ドラゴンがドロップした武器――地面に突き刺さった一振りの剣をじっと見つめていた。
それは細身のロングソードだった。白銀色の刃、黒い柄、
「これは……この剣は、母さんの、剣だ」
髪から水滴を垂らしながら、震える声で彼は言った。