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第22話 ドラゴン退治



「中ボスに『ドラゴン』って、ありなんですか!?」

「隠しダンジョンだからな」


 帆波ほなみとメルトの会話をさえぎって、突然、何かが爆発したような衝撃が空気を揺さぶった。

 それが『ドラゴン』の咆哮だと、円巳まるみはすぐには気付けなかった。

 狭い迷宮のなか、生身で対峙する大型モンスターは巨人や邪神よりも恐ろしいものに見えた。


「くるぞ」


 メルトが緊迫した声で呟く。

 『ドラゴン』の口からマグマのようなものが溢れたかと思うと、白熱化した火球を撒き散らすように連射してきた。


「『氷壁アルドネータ』!!」


 帆波の詠唱とともに、床から垂直に立ち上がった氷の壁が火球を防いだ。

 が、数発の直撃で大部分が蒸発してしまった。

 氷と火、相性の不利は明らかだ。


「メルト、『魔鎧』を使おう!」


 円巳が悲鳴じみた声で叫ぶも、 


「いや、ダメだ」


 メルトは取り合わなかった。


「まだ10階層目の中ボスだぞ、マルミ」

「けど……!!」


 『ドラゴン』がこちらにほんのわずか背を向けたかと思うと、溶け残った壁をぶち砕きながら、丸太のような尾が飛んできた。


 ――バキィイイイインッ!


 円巳は剣で受け止めたが、そのまま吹き飛ばされ、壁に激突した。


「がは……っ」


 ステータスを確認すると、今の一撃だけで耐久力ヒットポイントの半分近くが吹き飛んでいた。直撃なら即死もありうる。

 円巳は急いで回復アイテムポーションを飲み干した。


「帆波、大丈夫か……!?」

「……ええ、なんとかね」


 帆波は盾で防いだものの、やはりダメージは大きいらしく、動けずにいる。

 上に飛んでかわしたメルトは、そのまま天井を蹴って『ドラゴン』の背後に回りながら、無防備な首へ大鎌を振るった。

 ――が、


 ギィンッ!


 強固な鱗がそれを弾き返す。


「こいつは……中々の曲者だな」


 着地したメルトの上から、『ドラゴン』の前足が降ってくる。

 それを避けるとさらには鋭い爪を振り回し、巨大な顎で噛みつこうとする。

 巨体に関わらず猛獣のような俊敏さだった。

 メルトも持ち前の身軽さで捌き続けてはいるが、長くは持ちそうにない。


「メルトさん!」


 帆波が氷魔法で援護を試みるも、ほとんどが尾で振り払われ、着弾しても目に見えるダメージはなかった。


「やっぱり、相性が悪すぎる。地や風属性の『ドラゴン』なら何とかなるのに……」


 帆波が悔しさを滲ませる。

 しかし、その言葉を聞いて円巳の頭にひらめくものがあった。


 ――そうだ。属性……やつの属性を逆手に取れないか?


 円巳は大急ぎでアイテムボックスをまさぐった。

 メルトはすでに壁際まで追い込まれている。時間がない。


「これだ! こいつならきっと――」


 ボックスから取り出した黒い漆塗りの小箱を『ドラゴン』へ向けて投げ放つ。


 ――ぱかんっ。


 やや間の抜けた音とともに空中で箱の蓋が開き、中から噴出した黒雲が『ドラゴン』の頭上にわだかまったかと思うと、滝のような雨を降らせ始めた。

 『雨手箱あまてばこ』。魔法を閉じ込めた使い切りアイテムだ。

 急速に熱を奪われ、『ドラゴン』の鱗に亀裂が走る。


「そっか、火竜には水属性の魔法が有効……やるわね、円巳!」


 苦し紛れに円巳を狙った火球を、滑り込んだメルトが鎌のひと振りで掻き消す。 


「豪雨に包まれてはブレス攻撃も減衰して使い物にならんようだな」

「よーし、次は私が……『氷結エジィ・ナーブ』!」


 帆波の氷魔法が、体表の冷えた『ドラゴン』を雨ごと氷漬けにした。


「円巳、今よ!」

「まかせてくれ!!」


 ――狙いは鱗がひび割れ、かつ氷に覆われていない急所――首だ!

 円巳は大地を蹴って『ドラゴン』の眼前へ飛翔する。

 魔物の眼光が正面から彼を貫いた。――だが、もはや恐れはしない。

 ジルコニアソードが一瞬の煌めきとともに宙を滑り、『ドラゴン』の首へ吸い込まれ――、


 ズッ……バシュウウウッ!!


 一撃にて、これを断ち落とした。


「やった……!!」


 メルトは思わず拳を握り締めていた。

 巨大な頭部がどしゃりと地面に落ち、続いて胴体がゆっくりと、小山が崩れるように倒れ伏した。そして、二度と起き上がることはなかった。

 『ドラゴン』の消滅とともに大量のアイテムがドロップされ、辺りはさながら宝石箱のようだった。


「……正直、ヤバいと思いましたよ」


 水滴のついた眼鏡を拭きながら帆波が言った。


「わたしは何とかなると思ってたぞ。きみたちなら」


 『ドラゴン』と組み合ったメルトはもろに雨を被っていたが、黄色のコートが見た目通りに水を弾き、雨合羽の役割を果たしたらしい。

 腕を組んでうんうんと頷いている。


「円巳も結構派手に濡れてるじゃない。……円巳?」


 円巳は、ドラゴンがドロップした武器――地面に突き刺さった一振りの剣をじっと見つめていた。

 それは細身のロングソードだった。白銀色の刃、黒い柄、つばの部分に花びらの彫刻がある。


「これは……この剣は、母さんの、剣だ」


 髪から水滴を垂らしながら、震える声で彼は言った。




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