「おわぁ、買ったばっかの剣がぁ~~~~~~!!」
情けない叫び声が石造りの通路に響き渡る。
「円巳、剣のことはとりあえず置いておいて、敵の攻撃に集中して」
スライム種得意のアシッド攻撃だが、上位モンスターだけあって速度も飛距離も雑魚スライムとは比べ物にならない。
「あぶない!」
円巳は思わず顔を青くして叫んだが、帆波は『ハイスライム』に向かって大きく踏み込みながら身を翻し、これを紙一重で回避。
「『
返す刀に氷魔法を
致命打を受けたモンスターはチカチカと点滅しながら虚空に溶けるように消え、入れ替わりにアイテムをドロップする。
帆波に撃破された『ハイスライム』は回復アイテムや金貨、
「上位モンスターだけあって金払いが良いですね」
「ホナミは本当に安定しているな。先輩風を吹かす隙がない」
メルトの絶賛に、帆波は照れくさそうに頬を掻いた。
「そんなことないですよ……今だって、メルトさんが『メタルゴーレム』を引き受けてくれたからスライムに集中できただけです」
「それにしても、さっきのパリィは見事だった」
「ありがとうございます。……円巳も、パリィくらいは使えるようになっといた方がいいわよ。……円巳?」
円巳は、先ほど酸攻撃を受けたのが嘘のように輝きを取り戻した剣を、不思議そうに見つめていた。
「ダンジョンモンスターの攻撃でかかるデバフは一時的なのよ。習ったでしょ」
「いや、知ってるけど実際に見ると不思議だなって……外の常識で考えたらジルコニアが錆びるのもおかしいし」
「……ま、それがダンジョンってことよね」
スライムの酸攻撃は武器や防具にデバフを与える。また、この効果に対象の材質は関係しない。鉄製だろうとジルコニア製だろうと、一時的に『腐食』の状態に陥るのである。
「マルミはちょっとツラいだろうが、『鎧』は温存する必要があるからな。なるべくサポートするから、頑張って生き残ってくれ」
「自信ないや……」
『
ボス戦を考えると、ダンジョンの大半は『魔鎧』なしで攻略しなくてはならない。
現在円巳たちは第9階層をクリアし、10階層へと到達しつつある。
隠しダンジョンだけあって出現モンスターも上位クラスのものばかりで、円巳は生きた心地がしなかった。巨人や邪神と比べれば遥かに弱い相手のはずだが、生身での戦闘となるとやはりわけが違う。
「確かに難易度高いダンジョンかもしれないけど、慎重に進めればレベルが大幅に上がるわよ。ほら、見て」
帆波が空中を指さすと、そこにパーティー単位の取得経験値、現在のレベルなどが青白い文字列で表示された。ダンジョン内ではこうしてステータスを任意に可視化できるのだ。
スキル授与を経た冒険者は学習能力が覚醒状態となり、戦いを経験するほど身体能力や魔法力が向上する。より強く己を高めていく喜びも、冒険者の醍醐味のひとつだ。
レベルアップ時には超回復効果も発生するため、アイテムの消費も抑えられる。
「もう私も円巳もレベル30近いですよ。普通なら何年もかかる数値なのに……」
「高難易度ダンジョンなうえに、巨人や邪神と戦ったぶんも反映されてるからな」
「それよりメルトがまだレベル60代なのが意外だったよ。とっくにカンストしてるかと思った」
「わたしの3000年間はほとんど惑星間の移動と調べものに費やしてるからな。ギルドにも入れなかったし、ダンジョンに関しちゃあせいぜい中級者レベルだよ」
「そういえばメルトさんも冒険者ってことは、つまり、宇宙にもダンジョンがある……?」
「もちろんあるぞ。一定以上の文明レベルを有する惑星には、宇宙規模で共通の周期をもってダンジョンが発生することがわかっている」
「宇宙で共通……」
タコやリトルグレイのような宇宙人がダンジョンを攻略する様子を想像し、円巳は珍妙な気分になった。
「……じゃあ、ダンジョンって何なんだろう? 少なくとも地球の文明では、まだ答えが出てないけど」
「宇宙全体でも結論は出ていないな。まあ、なんであろうと冒険者のやることに変わりはないが」
メルトが肩をすくめた時、ステータスを眺めていた帆波が唐突に嬌声を上げた。
「えっ、ちょっと待って……『スキル【
【不溶不朽】は氷魔法の威力を上昇させるスキルであり、レベルに比例してスキル自体の補正度合いも大きくなっていく。一人前の『氷使い』の称号といっていいだろう。
ひとしきりはしゃいだ後、帆波は円巳の刺すような視線に気が付いた。
「あっ、その……ゴメン……」
「いいんだよ別にぃ~~? 全然うらやましくなんかないしぃ~~~?」
「気持ちはわかるぞ、マルミ」
「メルト?」
「実はわたしも、スキルや魔法を持っていない。マジックポイントはまったくのゼロだ」
「そんなことがあるんですか!?」
帆波が驚くのも無理はない。人間に限らずとも、生き物なら多少の魔力を持つのが当たり前だ。
「魔導書に記録された魔法なら使えるが、その際も、マジックポイントは魔導書自体にチャージされたものを消費している。当然、普通のアイテムでは回復できないから、おいそれとは使えない。……まあこの辺りの欠陥が、死神の『プロトタイプ』ではないかという推理の根拠だ」
「正直、メルトさんの魔法をアテにしまくってました……。私は後衛寄りで援護した方が良さそうですね」
「ああ、よろしく頼む」
そう言うと、メルトは穏やかに微笑んだ。
「パーティーは良いな、自分の弱さも安心してさらけ出せる」
その後も三人はモンスターを倒し続け、やがて下の階層へ続く階段を見つけた。
第10階層は薄暗く、周囲の様子も少し違っていた。
今までは入り組んだ通路を進んできたが、ここはほとんど壁がなく広々としている。
「……早くも中ボス戦だな」
メルトが呟くと、それに応えるように闇のなかで何かが動く気配がした。
ボ、ボ、ボ……と壁に飾られた燭台に次々と火が灯り、その姿をあらわにする。
白い鱗に覆われた巨大な体躯。帆のような翼、長い尾、角の並んだ爬虫類型の頭部。獲物を射抜く、黄金の眼光。
「嘘だろ……」
円巳は自分の目を疑った。
眼前にそびえ立っているのは、ダンジョンの代名詞ともいうべき最強クラスモンスター――『ドラゴン』だった。