ダンジョンへは陸路で向かうことになった。
というのも、アーウィルは宇宙航行と陸上走行に特化しており、大気圏内での飛行は非常にエネルギー効率が悪いためである。
それに、幹線道路のど真ん中を走っても、迷彩機能を使えば軍に発見される可能性はほぼないといえる。
「中世に現れたダンジョンはすべてクリアされたって歴史の授業で習ったけど、それは違ったってことか」
「いえ、中世よりさらに古い時代のダンジョンなんだと思うわ。……ねぇ、メルトさん?」
「ああ。この星の先史文明以前にもダンジョン頻出期が到来していた可能性はある。オーパーツと呼ばれているアーティファクトがその証左だな。それに、今から向かうのは『隠しダンジョン』だ。冒険者の間で伝説として語り継がれこそすれ、記録に残されることはなかったのだろう」
古ぼけた鳥居に、『
「どうやら、この鳥居の位置がそうらしい」
魔導書に描かれた地図とスマホの位置情報を見比べながら円巳は言った。
「神社を作った人は、ここに『隠しダンジョン』があると知っていたのかな」
「あるいは、神の住まう聖域――とでも解釈していたのかもしれないわね」
円巳と帆波はそれぞれの武器と防具をアイテムボックスから出して装備した。
メルトは円巳から魔導書を受け取り、
「『
そう唱えると、魔導書は一瞬にして大鎌へと変化した。
「じゃあ、打ち合わせ通りにいきましょう」
帆波が鳥居の右側、メルトが左側につき、それぞれ魔導書に記されていた呪文Aと呪文Bを詠唱する。
二つの声が鳥居の正面で交わった時、柱の間から見える景色に変化があった。
何の変哲もない山道がざらりと鱗のようにささくれ立ったかと思うと、斜め下からめくれ上がるように反転し、まったく異なる情景が現れたのである。
「すごい……」
円巳は思わず呟いていた。
いつしか鳥居を残して三人を取り巻く世界はすべて塗り替わり、周囲は深い闇に囲われている。
そして目の前には、濃い霧に包まれた、竜の
「これが、『キベリスプの竜洞』……」
帆波も呆けたようにその神殿めいた威容を見上げている。
「……母さんが最後に挑んだダンジョンか」
円巳が漏らした言葉に、帆波もメルトも彼を気遣う視線を送った。
「円巳、大丈夫?」
「大丈夫だよ。……けど、できるならもっと早く来たかった。母さんはこのダンジョンの場所をぼくに……親父にすら、伝えてはくれなかった」
それはいつもと変わらない朝だった。
父から夕食の献立だけを聞いて、母は冒険へ出ていった。
攻略するダンジョンの名前を告げ、いつも通りに。
それが所在不明の『隠しダンジョン』だったなど、円巳には思いもよらなかった。
だからその夜も、母の冒険譚を聞きながら眠りにつくことを楽しみにしていた。
しかし、彼女は戻らなかった。ロスト認定が下され、10年が過ぎた。
あの日、作られるはずだったメニューを、円巳は今でも覚えている。
シチュー、春巻、鮭のムニエル、きのこのサラダ、パプリカのマリネ。
母の好きなものばかりだった。
あの日、自身が戻れない可能性を母は考えていたのではないか。
だから、ダンジョンの場所を明かさなかった。
そして、父もそれを薄々感じていたのではないか。円巳は今になってそう思う。
「この場所を知ったら、絶対入ろうとするものね。円巳は」
「だが、それでもマルミはここへやって来た。皮肉と見るか、運命と見るか」
「どっちでも関係ないよ。確かに、ぼくにとっては意味のあるダンジョンだ。けれど、潜るのは母さんのためじゃなく、宇宙のため――いや、ぼくのパーティーの最初のクエストだからだ」
円巳の言葉が終わらないうちに、メルトはたまらず彼を背後から抱きしめていた。
「……絶対に……絶対に、クリアするぞ。四つ目の『
メルトは噛み締めるように言った。
円巳もまた、その言葉を深く胸に刻んだ。
――そう、ここはぼくの目的地じゃない。
母さんの背中を追い、帆波との冒険を夢見て、ずっと生きてきたけれど――
円巳にとって今、ここは通過点になった。八つの秘宝を巡る、宇宙を救う旅路の。
最初にして最難関レベルのダンジョン攻略がいま、始まろうとしていた。