「なんだ、安物の保存食ばっか食べて肉と野菜には手をつけなかったんだな。ふたりとも若いのに」
アーウィル居住空間内。
コートを脱ぎ捨ててソファーにどっかと座ったメルトは、手にした小型端末で物資状況を確認しながら言った。向かいには
「メルトさんの留守にいろいろ開けちゃうのは悪い気がして……」
「あらら、気を遣わせて悪かった。よし、今日はパーティーの結成祝いだ、ぱーっといこうぜ!」
交代でシャワーを浴びたあと(メルトにとってはしばらくぶりの風呂だった)、手分けして宴の準備を完了。
「「「乾杯!!」」」
銀色に煌めくレアメタル製の樽型ジョッキで、三人は盃を交わした。
中身はメルトとっておきの滋養強壮ドリンクで、宇宙冒険者にとって必須のものだという。オールトニンジンのエキスや、太陽帆トカゲの粉末など、材料は地球人に馴染みのないものばかりだったが、とりあえず味はフルーティーなお茶といった感じで、クセがなく美味しい。
肉や野菜に似せた
人工肉は白身魚やササミに近いだろうか。柔らかくさっぱりした味わいだが、脂のうまみもしっかりある。
人工野菜の方も、葉もの・根菜・果菜類にいたるまでみずみずしく軽快な食感が再現されていて、腹も心も大いに満たしてくれた。
会話を通じて地球と宇宙の文化を交換するのは、円巳と帆波にとって純粋に楽しい経験だった。
頭と体がぽかぽかと温まり、気分が高揚した。
……そして、
「ぐぇえ……」
「どうした、マルミ?」
ソファーにもたれ、ぐったりと動かなくなった円巳を、メルトは不思議そうに覗き込んだ。
「口に合わなかったか?」
「いや……っていうか……」
「うわぁぁあああああああああああん!!」
突如、帆波が声をあげて泣き始めた。
「一週間も……一週間もふたりで生活したのに……私ってやっぱり魅力ないんだぁぁあああああああああ!!」
「ホナミもどうした、急に……」
目をぱちくりさせるメルトの傍らで、円巳はジョッキの底に残った琥珀色の雫を見つめた。
「メルト、これ、お酒じゃないか……?」
「お酒だが……?」
酒のニオイがしないので気が付かなかったのである。
円巳は力なくソファーに身を沈めた。
――宇宙に未成年飲酒禁止法は無い。勉強になったな。
天井を見て吐き気に抗っていると、近くに人肌の熱を感じた。
「まるみ、しゅきぃ……」
帆波が火照った体をべったりと円巳に密着させ、もたれかかってきたのだ。
「うわっ、ちょっ」
「なんだなんだ、おいちゃんも負けないぞー? マルミ、好きだーーーっ!」
酔っているのかシラフなのか、メルトが反対側から抱き着いてくる。
「わ、わ、わーーーーーっ!!」
円巳の細い体ごと包み込もうとする豊かな膨らみと、小ぶりだが確かな存在感を主張する膨らみとに挟まれて、彼は火のように赤くなった。全身の血管が破裂しそうなほど熱く沸騰していた。
* * *
――いちど吐いたらだいぶ楽になった。
帆波はソファーで横になってすやすやと寝息を立てている。
メルトはその向かいで、ばつが悪そうに座っていた。死神や邪神と果敢に戦う姿と、今の縮こまった姿とのギャップが可笑しくて、隣に座る円巳はふっと頬を緩めた。
「すまん、ちょっとはしゃぎすぎた。それに、この星の人類に適切なアルコール濃度も見誤ったらしい」
「大丈夫だよ、ちょっと悪酔いしたくらいだから。帆波なんか、鬱憤を吐き出せてスッキリって感じだし」
「ありがとう。やさしいな、きみたちは」
メルトはしみじみとした様子で言った。
アメジスト色の瞳が潤んでいるのは酒のせいだろうか。
「こういうの、すごく嬉しかったんだ。わたし、パーティー組むの初めてだからさ」
褐色の頬をかすかに赤く染め、はにかんでそう続けた。
「え、そうなんだ」
パーティー未経験は円巳も帆波も同じだが、メルトがそうだというのは意外だった。
「……話したようにわたしには身分証のたぐいが何もないから、入れるギルドがほとんどなくて。かといって、グレーな集まりにいる連中とは馬が合わないし……何より、好んで死神とコトを構えたいやつなんていないから、誰も寄りついちゃくれなかった」
はは……と自嘲しながら、メルトは残った酒を飲み干した。
3000年分の孤独が滲むような笑い声だった。
「だから、いつかアーウィルに仲間を泊めるのが夢だったんだけど――留守にしてる間に、ひょっこり叶っちゃったな」
一転、彼女は歯を見せてにかっと微笑んだ。心から嬉しそうに。
今まできっと、寂しさを打ち明ける相手もいなかったのだろう。
果てしない、円巳たちからすれば想像もつかない年月を、たったひとりで傷つきながら、戦ってきたのだから。
メルトの無邪気な笑顔を見て、円巳は胸が締めつけられる思いがした。彼女が愛おしいと思わずにいられなかった。
その一方で、
――いやしかし、ぼくには帆波というものが……!!
と、年頃らしい煩悶を重ねていた。
「あのさ、マルミ。もしわたしが……」
メルトが微笑みながら、しかしどこか遠くを見るような目をした。
「ん?」
「もしわたしが、今のわたしでなくなる時が来たら。……『死神の死神』ではなく、死神になってしまう時が来たら」
「その時は――きみたちが、わたしを壊してくれよ」