目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第18話 パーティー! パーティー!



「なんだ、安物の保存食ばっか食べて肉と野菜には手をつけなかったんだな。ふたりとも若いのに」


 アーウィル居住空間内。

 コートを脱ぎ捨ててソファーにどっかと座ったメルトは、手にした小型端末で物資状況を確認しながら言った。向かいには円巳まるみ帆波ほなみが並んで座っている。


「メルトさんの留守にいろいろ開けちゃうのは悪い気がして……」

「あらら、気を遣わせて悪かった。よし、今日はパーティーの結成祝いだ、ぱーっといこうぜ!」


 交代でシャワーを浴びたあと(メルトにとってはしばらくぶりの風呂だった)、手分けして宴の準備を完了。


「「「乾杯!!」」」


 銀色に煌めくレアメタル製の樽型ジョッキで、三人は盃を交わした。

 中身はメルトとっておきの滋養強壮ドリンクで、宇宙冒険者にとって必須のものだという。オールトニンジンのエキスや、太陽帆トカゲの粉末など、材料は地球人に馴染みのないものばかりだったが、とりあえず味はフルーティーなお茶といった感じで、クセがなく美味しい。

 肉や野菜に似せた人工食材プセウドは、特殊な保存容器が調理器具を兼ねていて、表面のスイッチを押せば水も火も使わずインスタントに召し上がることができた。

 人工肉は白身魚やササミに近いだろうか。柔らかくさっぱりした味わいだが、脂のうまみもしっかりある。

 人工野菜の方も、葉もの・根菜・果菜類にいたるまでみずみずしく軽快な食感が再現されていて、腹も心も大いに満たしてくれた。


 会話を通じて地球と宇宙の文化を交換するのは、円巳と帆波にとって純粋に楽しい経験だった。

 頭と体がぽかぽかと温まり、気分が高揚した。

 ……そして、


「ぐぇえ……」

「どうした、マルミ?」


 ソファーにもたれ、ぐったりと動かなくなった円巳を、メルトは不思議そうに覗き込んだ。


「口に合わなかったか?」

「いや……っていうか……」

「うわぁぁあああああああああああん!!」


 突如、帆波が声をあげて泣き始めた。


「一週間も……一週間もふたりで生活したのに……私ってやっぱり魅力ないんだぁぁあああああああああ!!」

「ホナミもどうした、急に……」


 目をぱちくりさせるメルトの傍らで、円巳はジョッキの底に残った琥珀色の雫を見つめた。


「メルト、これ、お酒じゃないか……?」

「お酒だが……?」


 酒のニオイがしないので気が付かなかったのである。

 円巳は力なくソファーに身を沈めた。


 ――宇宙に未成年飲酒禁止法は無い。勉強になったな。


 天井を見て吐き気に抗っていると、近くに人肌の熱を感じた。


「まるみ、しゅきぃ……」


 帆波が火照った体をべったりと円巳に密着させ、もたれかかってきたのだ。


「うわっ、ちょっ」

「なんだなんだ、おいちゃんも負けないぞー? マルミ、好きだーーーっ!」


 酔っているのかシラフなのか、メルトが反対側から抱き着いてくる。


「わ、わ、わーーーーーっ!!」


 円巳の細い体ごと包み込もうとする豊かな膨らみと、小ぶりだが確かな存在感を主張する膨らみとに挟まれて、彼は火のように赤くなった。全身の血管が破裂しそうなほど熱く沸騰していた。



* * *



 ――いちど吐いたらだいぶ楽になった。

 帆波はソファーで横になってすやすやと寝息を立てている。

 メルトはその向かいで、ばつが悪そうに座っていた。死神や邪神と果敢に戦う姿と、今の縮こまった姿とのギャップが可笑しくて、隣に座る円巳はふっと頬を緩めた。


「すまん、ちょっとはしゃぎすぎた。それに、この星の人類に適切なアルコール濃度も見誤ったらしい」

「大丈夫だよ、ちょっと悪酔いしたくらいだから。帆波なんか、鬱憤を吐き出せてスッキリって感じだし」

「ありがとう。やさしいな、きみたちは」


 メルトはしみじみとした様子で言った。

 アメジスト色の瞳が潤んでいるのは酒のせいだろうか。


「こういうの、すごく嬉しかったんだ。わたし、パーティー組むの初めてだからさ」


 褐色の頬をかすかに赤く染め、はにかんでそう続けた。


「え、そうなんだ」


 パーティー未経験は円巳も帆波も同じだが、メルトがそうだというのは意外だった。


「……話したようにわたしには身分証のたぐいが何もないから、入れるギルドがほとんどなくて。かといって、グレーな集まりにいる連中とは馬が合わないし……何より、好んで死神とコトを構えたいやつなんていないから、誰も寄りついちゃくれなかった」


 はは……と自嘲しながら、メルトは残った酒を飲み干した。

 3000年分の孤独が滲むような笑い声だった。


「だから、いつかアーウィルに仲間を泊めるのが夢だったんだけど――留守にしてる間に、ひょっこり叶っちゃったな」


 一転、彼女は歯を見せてにかっと微笑んだ。心から嬉しそうに。

 今まできっと、寂しさを打ち明ける相手もいなかったのだろう。

 果てしない、円巳たちからすれば想像もつかない年月を、たったひとりで傷つきながら、戦ってきたのだから。

 メルトの無邪気な笑顔を見て、円巳は胸が締めつけられる思いがした。彼女が愛おしいと思わずにいられなかった。

 その一方で、


 ――いやしかし、ぼくには帆波というものが……!!


 と、年頃らしい煩悶を重ねていた。


「あのさ、マルミ。もしわたしが……」


 メルトが微笑みながら、しかしどこか遠くを見るような目をした。


「ん?」

「もしわたしが、今のわたしでなくなる時が来たら。……『死神の死神』ではなく、死神になってしまう時が来たら」


「その時は――きみたちが、わたしを壊してくれよ」




この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?