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第17話 昔ばなしと、おしおき



 視界のすみずみまで撒き散らされた、光り輝く砂のような数多の星々。

 それが彼女の最初の記憶だ。


 彼女は横たわり、それを見上げている。

 静かだった。星間物質エーテルのたてる波音だけがそっと耳の奥に染み渡る。

 身を起こすと、白一色のぴったりとしたスーツが体を包んでいるのがわかった。

 辺りを見回すと、自分が乗っているのと同じような灰色の岩の塊がそこかしこに浮遊している。


 と、ひときわ大きな岩の上に、星の光を反射して煌めくものがあった。

 白く、つるりとした外装をもつ物体。その隙間にはギラリと輝く鉄の機構が垣間見える。

 ――乗り物だ。なぜか反射的にそう思った。

 足下の岩をそっと蹴って乗り物に取りつくと、ポン♪ という起動音に続いて、滑らかな電子音声が体を伝わってきた。


『お久しぶりです』

「……きみは、わたしを知ってるのか?」

『私はアーウィル。そしてあなたはメルセグリット。私のオーナーとして生体情報が登録されています』

「メルセグリット……」


 その名前に聞き覚えはない。しかし、悪くない響きだと思った。


「他に何か、知っていることは?」

『私の頭脳にひとつだけ、かつて検索されたワードが履歴として残っています』

「それは何だ?」


呪われし八つの秘宝オクト・エクサル


 それが、すべての始まりだった。



* * *



「なんのことはない、メルトさん自身も自分が何者なのか知らなかったのね」

「いやまあ……結論から言えばそうなるが」


 帆波ほなみのストレートな感想に、メルトは若干しょんぼりした様子で言った。


「とにかく、アーウィルの電子頭脳に残されていた謎の言葉――『呪われし八つの秘宝オクト・エクサル』。それがわたしの唯一の道しるべとなった。

 宇宙中を旅し、数えきれない書物を紐解き、わたしは探し求め続け――そしてとうとう、その言葉が記された古い一節を発見した」


『汝、呪われし八つの秘宝を集めしもの、世界のてに望むれば、凍れる死の都、その門を開きて、世界の命運を左右せし力、その手に託さん――』


「……予言、かしら」


 帆波の言葉にメルトはうなずいて、


「おそらくそうだろう。

 その一節に従って八つの秘宝のありかを探すうち、わたしは死神という連中と遭遇することになった。

 やつらもまた同じ予言を知っていた。5000年近くも前から宇宙中を引っかき回し、殺戮を繰り返しながら、秘宝を手中に納めようとしていたのさ」

「5000年も……」


 円巳まるみと帆波は死神ペルミナの姿を思い出していた。彼女や目の前のメルトが紀元前から存在していたなど、想像がつかないスケールの話だった。


「宇宙の命運を左右するという力を、そんな連中に渡すわけにはいかない。

 しかし、わたしや死神たちの力をもってしても、『呪われし八つの秘宝オクト・エクサル』は容易に集まらなかった。

 そこでわたしは、手に入れた秘宝のひとつ――魔導書『黒き落日』が手がかりにならないかと考えた。

 もちろん、呪いがかかっている以上、考えなしに紐解けばどうなるかは知ってのとおりだ。わたしはまず、呪いを解く方法を探すことにした」

「ははぁ……繋がってきたわ。それで、円巳が出てくるんですね」

「その通り。

 わたしは、伝説的なデメリットスキルとして知られる【空白ブランク】に着目した。そのスキルを使えば、呪いを無効にできると考えたからだ。

 そして500年前、わたしはやっとのことで【空白】のスキルを持つ人間の居場所を探し当てた。

 しかし、硫黄の雨が降りしきる二重連星の片隅に暮らしていたその老人は、病に侵されて余命いくばくもない状態だった。

 そこでわたしは彼に頼み込み、【空白】ホルダーの固有タキオン波形をスキルコンパスに記録させてもらい、彼の亡骸をほうむったあと、新たなホルダーを探す旅を始めたのだ」


 そこまで話すと、メルトは円巳の方に手を差し伸べながら言った。


「……そして、ようやくきみと出会えた」


 一連の壮大な事情を踏まえると、円巳は初対面のメルトのはしゃぎようも今ならわかる気がした。

 ――いや、そこは素の性格かもだが。


「あ~~~~、長話はする方も聞く方も疲れるよな。おしまいおしまい。ちょっと冷えてきたし、アーウィルに入って何か食べようぜ」


 メルトは大きく伸びをしたあと、テキパキと野営セットを片付け始めた。

 慌てて円巳と帆波も手伝いに加わる。


「……そういえば……補足だけどな」


 手を動かしながら、メルトはぽつりとつぶやいた。


「まるっきり見当がついてないってわけじゃない。……わたしの正体」


 円巳と帆波は手を止めた。

 焚き火が消え、星明かりだけが周囲を照らしている。


「アーウィルに残されていたデータ、そして、生体兵器としての設計思想を鑑みるに――」


 顔の半分に影を落としたメルトが言う。


「わたしはおそらく――死神のプロトタイプだ」



* * *



 この宇宙のいずこかの惑星の地表に、その宮殿はある。

 冷たい石造りの玉座から雷撃が降り注ぎ、かしずく少女の体を撃った。


「ぎ……う……あぐぁぁああああああああああああ!!」


 獣のような叫び声をあげ、半身を炭化させながら、金髪の少女が床を転げ回る。

 その体からしゅうしゅうと白煙が立ちのぼり、たちまち自己修復が始まる。


「お許し……ください……『死皇神レム・ベアム』!」

「君を責めるつもりなどないんだよ」


 暗黒に包まれた玉座の上から、男の声が降ってくる。

 天上の奏でのようにやわらかく美しい、しかし人間性を感じさせない声音。


「ただ、死神というのは不老不死の完結した生命体だからね。君の場合は特に、何度でも復活する能力を持っているから、なおさらだよ」


 玉座の周囲には三つの人影が控えており、のたうつ少女を冷たく見下ろしている。


「つまり何が言いたいかというとね……君たちは『記録』はできても『成長』をしないだろう。その必要がない生命体として作られているのだから。しかし、それでは困るんだ。同じ失敗を繰り返されてはね」

「もう……二度とはっ」


 さらなる雷撃が下される。

 空気を引き裂くような悲鳴がいつまでも残響した。


「だからこうして、苦痛と恐れを与えてあげる。二度と失敗したくないという気持ちが、君をよりよい死神にしてくれる」

「あり……がとう……ございます!!」

「では、頼むよ」


 玉座に居た男の気配がふっと消え、取り巻いていた影たちが少女のもとへ降りてくる。

 それらはみな、少女と変わらない年齢に見える娘ばかりだった。


「いい加減にしてもらおう。貴様のおかげで、死神そのものが不完全なものとみなされかねない」


 腰にサーベルを携え、銀髪を頭の右側で結い上げた、騎士然とした少女が言った。


「ペルみんは死重将カルデッドの中でも最弱だものねー」

「しぶとさだけが取り柄だものねー」


 それぞれ赤と青の長髪を床まで垂らした双子がくすくすと笑う。


「口を慎みなさい、ぶっ殺しますわよ」

「「怖い怖い!」」


 金髪少女が睨みを利かせると、双子はいよいよ愉快そうに声を揃えて笑った。


「とにかく、目標物を回収できなかったどころか『タイタス・コア巨人の心臓』を奪われた失態の埋め合わせは、早急にしてもらう」

「言われずともですわ」


 死神ペルミナは傷ついた裸身を引きずりながら、謁見の間をあとにした。


「『死神の死神』……絶対に、この手で殺す」




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