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第14話 バイクに泊まろう!



 メルトを串刺しにして呪的封印を施したヘリ部隊は、杭につないだワイヤーを巻きとり、彼女をコンテナに収容しようとしていた。


 「メルト!」


 円巳まるみは必死で後を追ったが、無情にも二人の距離は開いていく。


「『燦現ウェニト』!! ……くそっ、ダメか……」


 頼みの『魔鎧まがい』も、力を完全に使い果たしたのか反応しない。


「これを……預かってくれ」


 口の端から血を流しながらそう言うと、メルトは何かを円巳へ投げ渡した。

 それは、古代宇宙文字が彫り込まれた半透明のスティック――ホテルのルームキーから、キー部分をはずしたような物体だった。


「これは……?」

「必ずまた会える。会いに行く。……信じてくれ」


 鉄の扉がメルトを呑み込み、冷たい金属音とともに閉ざされた。


「メルトーーーーーーーーっ!!」


 宵闇の迫る空に円巳の声は虚しく吸い込まれ、その残響をけたたましいプロペラ音がかき消していった。


「円巳、今の子は誰? いったい何が起こってるの?」


 立ち尽くす円巳の背後から声をかけたのは、帆波ほなみだった。


「話せば長くなるけど……あの子はメルト。ぼくを助けて、死神と戦ってくれた宇宙人なんだ」

「死神? 宇宙人?」


 帆波の頭上に?マークが乱舞する。


「とにかく、彼女を助けに行かないと――」


 円巳がそこまで言いかけたとき、二人は周囲に人の気配を感じた。

 少なくとも10人近い兵士が瓦礫の影から次々と姿を現す。

 みな当然のように銃器を所持していた。


「救助に来てくれたって感じじゃないな」

「……大人しく来てもらおう」


 リーダーとおぼしき男がそう言ったが、メルトの処遇を見た後で大人しく従うのは、あまりにも呑気がすぎる。


「おい、剣を置け!」

「やめろ!」


 兵士のひとりが帆波に銃を向け、円巳が叫んだ――次の瞬間だった。


 ブゥゥウウン。


 正体不明のかすかな駆動音が辺りに響き、が兵たちを薙ぎ払った。


「なんだ……!?」


 うろたえる円巳の手の中でスティックが発光したかと思うと、虚空にが姿を現した。


 ――まさか、メルトが乗ってきたアレなのか?


「帆波、乗るぞ!」

「乗るって、何に!?」


 円巳は帆波の手を引きながらハンドルを握り、シートに座った。

 途端に、二人の視界がふわりと高くなる。


「と、飛んでるぅ!!」


 後部シートにまたがった帆波が思わず悲鳴を上げた。

 二人の周囲を球状の光が一瞬取り巻き、消える。


『シールド完了。完全迷彩機能、有効』 

「バイクがしゃべった……?」

『私は夜鷹アーウィル。以後お見知りおきを』


 円巳の言葉に中性的な電子音声が応えた。


『オーナーのバイタル感知。敵機を追跡し、拠点を確認後、オーナーから次の命令があるまで待機します』


 周囲にはまだ国衛軍のヘリが数機飛び回っていたが、彼らには円巳たちの姿がまったく見えないようだった。

 こうして円巳と、なりゆきで巻き込まれた帆波は、メルトを攫った国衛軍を追跡することになったのである。



* * *



 その後、メルトを収容した極秘施設の場所を突き止めた彼らは、救出のタイミングをうかがうべく、その敷地内にとどまった。

 潜伏を可能にしたのはアーウィルの完全迷彩機能と、居住スペースによるものだった。


 アーウィルの後部シートが左右に大きく開くと、そこから居住用の圧縮空間に入り込むことができたのだ。

 階段を降りていくとリビングのような共有スペースがあり、左右には計6つの個室、シャワー、トイレ、キッチン、ランドリールームまで完備し、倉庫には水や保存食もたんまり備蓄されていた。

 照明は電気式ではなく光子そのものを保存しており、必要に応じて発光させる仕組みになっている。当然、空気や水の再生システム、廃棄物処理システムも完璧だった。

 空間や質量を圧縮する技術はアイテムボックスという形で地球にも存在していたが、あちらは生物を内部に入れることができず、広さもたかが知れている。アーウィルが格段に高度な技術で造られていることは明らかだった。


 施設は24時間体勢で厳重に警備されており、円巳にとっては歯がゆい日々が続いたが、一方で帆波との情報共有を進めることができた。


 メルトのこと、死神のこと、『呪われし八つの秘宝オクト・エクサル』のこと――。


 ただし、円巳と帆波との仲について付け加えるならば、つやっぽい意味での進展は、ほとんどなかった。

 もちろん、年頃の少年少女であるからには――シャワー上がりで髪をおろした帆波の大人びた姿に、円巳が胸の鼓動を速めたり――逆に、思わぬたくましさを発揮してきた円巳に対し、帆波が男らしい強引さをほのかに期待したりと――そういったことはあったものの、現在の状況と、人工知能とはいえアーウィルが常に側で控えているという意識が、ふたりを自制させた。


 そして緊張感に満ちた退屈な日々は過ぎゆき、一週間目の午後だった。

 ……事態が動いたのは。


『オーナーのバイタルに変化、弱まっています』


 アーウィルの電子音声はいつも通りの平坦な響きであり、二人が言葉の意味を飲み込むのに少々の時間を要した。


「……それって危ないんじゃ」

「開けろ、アーウィル!」


 円巳が居住空間から外部に繋がるハッチに飛びつこうとしたとき、その現象は起こった。

 地鳴り、耳鳴り、お経、押し寄せる波音――それらすべてが一体になったような不可思議な音響が、アーウィルの内部に――否、円巳と帆波の脳内に響き渡った。


「円巳、いま、誰かが……」

「うん……聞こえた。何かが呼んでた」


 もっとも不可解なのは、ふたりが初めて聞いたその音をともに『呼び声』と感じたことである。


「外で何かが起こってるぞ」


 『声』が静まるのを待ってハッチを開け、恐る恐る外に顔を出した二人は、アーウィルのシートに跨がった褐色肌の少女――メルトを見つけることになった。


「よう、久しぶり。そっちのお嬢さんは、マルミのお友達かな」


 しかし、


「「ええーーーーーーーーっ!!?」」


 二人は同時に叫び、帆波がほぼ反射的に円巳の両目を手で覆っていた。

 メルトが素っ裸だったからである。


「すまん、身ぐるみを剥がされてしまってな……お恥ずかしい」


 多少ばつが悪そうにしているものの、隠す意思はあまりないようだった。


「何か着てください!」


 美しい褐色の肌に思わず視線を吸い寄せられながらも、帆波は叫んだ。


「予備の服を転送するぜ」


 そう言ってメルトが左手首の皮膚の下にある何かを操作すると、何もない虚空から繊維が現れて拠り合わさり、黄色いコートと白いボディスーツを形成した。


「ま、魔法……かしら」

「いんや、混じりっけなしのサイエンスだぁよ」

「あの、そろそろ手を放してくれないか?」


 その時、三人の会話を遮るようにグラグラと地面が揺れた。

 そして、白亜の城のごとくそびえていた実験棟が轟音とともに崩れ落ちたかと思うと、真っ黒い小山のような怪物がおぞましい姿を現したのである。




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