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第13話 全裸少女と地球の支配者



 恒久平和のシンボルマークが掲げられた広大な会議室。

 白を基調にした格調高い造りと相反する、異形のオブジェがその中央を占有している。

 一糸纏わぬ少女の体を黒い杭が八方から貫通し、空中に固定していた。

 褐色の肌に乾いた血の跡がいくつも走っている。

 杭の表面にはびっしりと古代文字が描かれ、呪術的な意味合いを物語っていた。


 さまざまな肌の色をした老人たちが、少女の――メルトの架刑を見守っている。

 地球の各国家を代表する彼らはこの日、ニホン航空宇宙局の極秘施設へと集まっていた。

 表向きには地球を半周した場所でサミットを開いているはずの面々である。


「一週間前、宇宙から二つの物体が大気圏に『侵入』するのを各国のステーションが捉えた。ひとつは君、もうひとつは君が殲滅したものだね」


 彼らのひとりが代表して口を開いた。

 口調こそ穏やかだったが、尋問以外の何物でもない。


「……これは不法侵入罪?」


 メルトにはまだ会話できるだけの力が残っていた。

 というよりも、その機能だけがあえて生かされていると言った方が正しいだろう。


「君の乗り物と接触した地球人はどうした?」

「さあ。知らんね」

「……まあいい。そちらはさほど重要ではない」


 あいつ、ちゃんと逃げてるかな。

 メルトは円巳まるみの少女めいて愛らしい顔を思い出していた。

 この状況で彼の位置をモニターすることは不可能だが、まだ確保されていないと知れたのは朗報だった。


「知ってのとおり、我々は神出鬼没のダンジョン対策に追われていてね。そこへきて今度は異星人とのファースト・コンタクトなど、勘弁してもらいというのが正直なところなのだが」

「なら、ちょいと見過ごしてくれればすぐに出ていくよ」

「そういうわけにもいかない。君たちが振るう力を――『呪われし八つの秘宝オクト・エクサル』の威力を目の当たりにすればね」

「……知っていたんだな」

「意外だったかね。我が地球にも記録が残っている。数百年の間、民衆の目に触れぬように秘匿されてきた文書だ。たとえば君が鎌の形状に封印しているもの、これが魔導書であるということも調査済だ」


 床が開き、台座がせりあがってくる。

 そこには、無数のケーブルをつながれた大鎌――『呪われし八つの秘宝オクト・エクサル』のひとつ、『黒き落日』が横たえられていた。


「異星の技術に比べれば児戯に等しいだろうが、この星にも優秀な技術者がいる。すでに封印の解除方法は解析済だ」

「やめておけ、死ぬぞ。呪われし宝と呼ばれる理由は――」


 メルトの言葉が途中から苦悶の叫びに変わった。

 彼女を拘束する杭から火花が散る。

 室内が騒然とするなか、白衣の男がメルトの足下に歩み出た。


「皆さん、ご安心ください。我々の解析結果に問題はありません」


 ざわついていた会議室が徐々に静まり返る。

 男は老人たちを振り返り、メルトを指し示しながら言った。


「これは少女に見えますが、人造人間ホムンクルスの一種です。魔導書に施されたロックは、彼女の脳波と連動しているもののようです。そこで、脳波を弱めてみましょう」


 『杭』を再び電撃が走り、メルトの唇から苦痛の声が漏れた。

 その光景に顔をしかめる老人もいたが、止めるものはいなかった。

 白衣の男は、世界のトップたちの前でこのようなショーを上演できることに、この上ない歓びを覚えていた。


「さて、ご覧ください」


 ケーブルの群れが弾け飛び、漆黒の大鎌はねじれながら虚空に吸い込まれたかのように見えた。

 しかし、一瞬ののち、黒い装丁を施された一冊の本となって再出現した。

 会議室に歓声が沸き起こる。


「……ロックが外れたようです。さて、皆様は歴史の生き証人となる。人類の科学が、いにしえの扉を開く時が来た」

「ばか……やめろ」


 メルトが息も絶え絶えに忠告する。だが、それに耳を貸す者はいなかった。


「君は本来の内容を封印し、魔法の記録と再生のみに使っていたようだね? 空いたページにメモを書き込むように。

 だが我々は、『本文』のほうに用がある。

 そこには書かれているはずだ。『呪われし八つの秘宝オクト・エクサル』の在処ありかが。

 そして、それを集めたものが得る、途方もない力について……」

「あんたたちに、使いこなせるような代物じゃない」

「我々の技術を見くびるなと言ったはずだよ。

 話は戻るがね――我々は、ダンジョンの脅威にさらされている。

 いや、衰退した魔法の急激な復興と、いち個人がダンジョンから回収したアーティファクトを所有するというこの混沌とした状況に、半世紀のあいだ苛まれてきた。

 世界の秩序を守るために、力が必要なのだ」


 代表者の言葉に、席に着いた全員が同意する所作を見せた。


「守りたいのは秩序じゃなくて、あんたたちの古めかしい地位と利益じゃないのか?」

「否定はすまい。だが、それはすでに我々の手にある。あらゆる星ぼしが意のままに動き、生きとしいける全てのものが従う――そのような力がね」

「やめろ!」


 メルトが絞り出すような声で絶叫した。

 しかしその時にはすでに、白衣の男が高々と本を掲げ、座席へ向かってページを開いたあとだった。


 その瞬間、その場にいた人間たち――否、この星に住む人類――は、或る『声』を聞いた。

 それは限りなく近く、しかし果てしなく遠い場所から木霊するようだった。

 つまり人類の心のうちにわだかまる深淵の奥深く、遺伝子に刻まれた太古の領域からの、『呼び声』だった。


「うわあっ! なんだこれは……」

「黒い文字が……いや、文字じゃない……これは本なんかじゃない!!」

「助けてくれぇ!!」


 会議室はたちまち悲鳴と絶叫で満たされた。

 ページの合間に封じ込められていたが解き放たれ、目の前に集まった無知な獲物たちへ襲いかかったのだ。

 白衣の男は、へらへらと笑いながら、人類のものでない文言をひたすら繰り返していた。


 本から溢れ出したそれは、意思と質量をもった闇の氾濫だった。

 漆黒の奔流のなかから無数の目、口、腕などが突き出しており、それらのパーツはバラバラでありながら生き物の群れのごとく動き、犠牲者たちをむさぼった。


 巻き添えを喰って拘束装置が破壊され、メルトはようやく自由の身となった。

 『杭』を引き抜いた痕からはしゅうしゅうと煙が上がり、ただちに自己再生を始めている。

 しかし、神経組織に急速な再生をかけた場合、それは凄まじい激痛をともなう。

 メルトは強固な意志の力でこれにも耐えた。


 脂汗を流しながら立ち上がったとき、会議室には黒い不定形の捕食者が充満し、地獄絵図を作り出していた。

 正直言って、彼女は頭を抱えたい気分だった。


「……誰が片付けるんだよ、この邪神をよ」




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