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第12話 決着・学園戦争



「……テトラガンノン! 何をしていますの!? 貴方までわたくしの命令が聞けないというの!?」

「それこそ無駄ってやつだよ、死神」


 物言わぬ巨人を怒鳴りつけるペルミナに対し、メルトは彼女の攻撃をかわしつつ、冷めた口調で言った。


「あン?」


 その言葉に、ペルミナが殺意を込めた視線を向ける。


「ははは、まだわかってないんだな」


 しかし、メルトは笑いながら続けた。


「マルミは、装備品に付与されたスキルを無効化できる。……つまり、だ。彼と接触している限り……」


  そのとき、円巳まるみの視界には青白く発光する文字列が浮かび上がっていた。


 ―――――――――――――――――――


 スキル【無双怪力】は無効化されています

 スキル【絶対防御】は無効化されています

 スキル【自律駆動】は無効化されています


 …………


 ―――――――――――――――――――


 そう。巨人と確実に接触し、【空白ブランク】の力で無力化するために、あえて円巳は真っ向からの力比べを挑んだのだ。


 「アレはもう最強兵器でもなんでもなく、ただのデクノボーってこった」


 メルトは小馬鹿にした調子で肩をすくめた。


「こっ……んちくしょおおおおおおおおおおおおおっ!!」


 ペルミナの激情が伝播し、蛇たちの動きがほんの一瞬、画一的なものに変化した。

 メルトはその機をのがさなかった。


 大きくジャンプして距離を稼ぐと、大鎌の柄についたトリガーを絞る。

 刃の根本についたレンズ状のパーツに、様々な形状の刻印が連続で映し出された。 

 ――まるで本のページをめくるかのように。

 トリガーを放すと同時に刻印が固定され、


自惚れの刻印ルキフ・ライト


 起動コードとともに再度トリガーを引く。


 黄昏の空に舞う少女のシルエットが、かすかにぶれた。

 しかし、二重写しになったそれは、残像でも錯覚でもなかった。

 ひとつがふたつに、四つに、八つに、十六……、


「な、な、な……」


 ペルミナが言葉を失い、蛇たちも標的を決めかねていた。

 そうこうする間にも、


「ワクラグの固有魔法『鏡像の行進パレードスコープ』……!? なぜそれをっ!?」


 それはかつてメルトにたおされた死神のひとりの名であり、ペルミナがいま目の当たりにしているのは、まさに彼女の得意としていた魔法そのものであった。


「今こそ教えてやるよ、ペルミナ」


 分身の増殖速度は、蛇のそれを上回っていた。

 縦横無尽に屋上を駆け巡るメルトたちのどれが実体であるかは、外見からでは判別できない。


「おまえたちが人間からすべてを奪うように、わたしはおまえたちのすべてを奪う。――それが、『死神の死神』だ」


 先程まで獲物を包囲していたペルミナと蛇たちは、今や分身によって逆に四方を固められていた。

 分身たちが一斉に大鎌を振りかざし、一方の手では宙に刻印を描きながら――


アスケル、ラムバス、ロル、グレピモス、太陽と月の間に立つもの

レダイア、ミゲス、レム、オム、メルバス虹を踏みしめ、死を喰らう……」 


 ――ひとつの呪文を詠唱する。

 大鎌の刃が七色に発光し、微細な振動を帯び始めた。

 その瞬間、


「死ねッ!!」


 ペルミナの髪が逆立ち、すべての蛇を爆裂させた。

 すさまじい熱と光が空間を埋め尽くし、メルトたちを呑み込む。

 地上に現出した球状の煉獄は、屋上のみにとどまらず、校舎を根こそぎ抉りとり、瞬く間に灰の山へと変えた。


「……わたくしを本気にさせたことだけは、誉めてさしあげますわ」


 クレーターの中心に降り立ったペルミナは髪をかきあげながらそう呟き、陽炎に揺らめく宵の空を見上げた。


 ……上り始めた月と、沈みゆく太陽の間に、ひとつの小さな点が浮かんでいる。

 ペルミナにとって、あまりに見慣れたシルエット。


「……っ!」


 屋上を駆けまわっていた『分身』は、すべてだった。実体は、バイクに乗って空へ逃れていた――。

 シートからひらりと舞った少女の影が大鎌を振りかぶると、その表面が分割してスライドし、倍の長さに変形した。それはあたかも巨大な処刑装置のように見えた。

 ペルミナは即座に『カタリナ』の刃を頭上へ伸ばす。

 しかし、少女へ殺到したそれは、鎌のひと振りですべて刈り取られていた。

 『神炎プロヴィネンス』を放つだけのマジック・ポイントはすでに残っていない。


 彼女は体がぞくりと震えるのを感じた。それは人間でいう、恐怖とか死の予感といったものだった。


現世げんせのうちに、懺悔しな」


 風に乗った囁きが、恐ろしいほど柔らかく、ペルミナの耳を撫ぜた。


 ――ドッッッ。


 次の瞬間、空そのものを断ち切るような切っ先が、虹色のアーチを描きながら天下り、『カタリナ』を紙のように貫通して、死神の胸に深々と突き刺さっていた。


「がぐっ」


 黒色の血液を吐き出しながら、ペルミナは眼前の宿敵を睨んだ。


「貴方は……がならず……ごろしまずわ」

「ああ、次に会った時はそうしてくれ」

「ころじまずわよぉぉお゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛!!」


 憎悪と怨嗟の雄叫びを残して、死神はぜた。

 メルトの顔と服にこびりついた血液と、散らばった『カタリナ』の破片だけが、彼女がここに存在したことを証明している。

 破片のひとつを拾い上げると、メルトはそれをぎゅっと握りしめた。


「あばよ……」


 具現者の死とともに巨人は煙のように消失し、円巳は空中に投げ出された。

 地面に叩きつけられるかと思われた瞬間、空飛ぶバイクにまたがったメルトがすかさずそれを受け止める。

 鎧は光となってほどけ、円巳の手の中で再び人形の姿をとっていた。


「がんばったな!」


 メルトは白い歯を見せてにかっと笑うと、円巳をぎゅっと抱き寄せた。

 その感触は温かく、信頼と愛情に満ちていて、無償の幸福感と安心感を与えてくれるものだった。


(……母さん)


 彼女の表情と行動に、なぜか亡き母の面影が重なり――彼は慌てて頭をブンブンと振って否定した。

 冗談じゃない。今日会ったばかりの宇宙人に母さんを重ねるなんて、どうかしている。


 メルトは円巳の仕草をきょとんと見ていたが、やがて微笑みながらフードを脱ぐと、バイクの座席に立って夕風を体いっぱいに浴びた。

 黄金色を帯びたライトブルーの髪が、ふわりふわりと楽しそうに踊っていた。


 バイクが着地するのとほぼ同時に、ぷつりと糸が切れたようにメルトが倒れ込もうとしたため、今度は円巳が彼女を抱き止めた。


「多重転移ヴァニッシュからの死重将カルデッド戦は正直、重かったな。ちょっとこのまま、いさせてくれ」

「それはあの、構わないんだけど……!」


 メルトの頭越しにこちらへ近づいてくる帆波ほなみの姿が見えて、円巳はわけもなく慌てた。

 その時だった。

 バタバタバタ……というプロペラ音の接近に気付いて、円巳も帆波も音の方角を見上げた。


 編隊を組んだ迷彩模様の軍用ヘリが薄暗い空を行進してくる。

 国衛軍の機体だ。

 今さらかよ、という思いもあったが、国が動いているなら救助活動なども間もなく始まるだろう――と、円巳は安堵した。

 だが、


「離れろ!」


 突如、メルトに突き飛ばされたかと思うと――信じがたい光景を目の当たりにした。

 ヘリ部隊が発射した数本の黒い銛のようなものが、彼の目の前で、メルトの全身を刺し貫いたのだった――。




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