「……テトラガンノン! 何をしていますの!? 貴方までわたくしの命令が聞けないというの!?」
「それこそ無駄ってやつだよ、死神」
物言わぬ巨人を怒鳴りつけるペルミナに対し、メルトは彼女の攻撃をかわしつつ、冷めた口調で言った。
「あン?」
その言葉に、ペルミナが殺意を込めた視線を向ける。
「ははは、まだわかってないんだな」
しかし、メルトは笑いながら続けた。
「マルミは、装備品に付与されたスキルを無効化できる。……つまり、だ。彼と接触している限り……」
そのとき、
―――――――――――――――――――
スキル【無双怪力】は無効化されています
スキル【絶対防御】は無効化されています
スキル【自律駆動】は無効化されています
…………
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そう。巨人と確実に接触し、【
「アレはもう最強兵器でもなんでもなく、ただのデクノボーってこった」
メルトは小馬鹿にした調子で肩をすくめた。
「こっ……んちくしょおおおおおおおおおおおおおっ!!」
ペルミナの激情が伝播し、蛇たちの動きがほんの一瞬、画一的なものに変化した。
メルトはその機をのがさなかった。
大きくジャンプして距離を稼ぐと、大鎌の柄についたトリガーを絞る。
刃の根本についたレンズ状のパーツに、様々な形状の刻印が連続で映し出された。
――まるで本のページをめくるかのように。
トリガーを放すと同時に刻印が固定され、
「
起動コードとともに再度トリガーを引く。
黄昏の空に舞う少女のシルエットが、かすかにぶれた。
しかし、二重写しになったそれは、残像でも錯覚でもなかった。
ひとつがふたつに、四つに、八つに、十六……、
「な、な、な……」
ペルミナが言葉を失い、蛇たちも標的を決めかねていた。
そうこうする間にも、
「ワクラグの固有魔法『
それはかつてメルトに
「今こそ教えてやるよ、ペルミナ」
分身の増殖速度は、蛇のそれを上回っていた。
縦横無尽に屋上を駆け巡るメルトたちのどれが実体であるかは、外見からでは判別できない。
「おまえたちが人間からすべてを奪うように、わたしはおまえたちのすべてを奪う。――それが、『死神の死神』だ」
先程まで獲物を包囲していたペルミナと蛇たちは、今や分身によって逆に四方を固められていた。
分身たちが一斉に大鎌を振りかざし、一方の手では宙に刻印を描きながら――
「
「
――ひとつの呪文を詠唱する。
大鎌の刃が七色に発光し、微細な振動を帯び始めた。
その瞬間、
「死ねッ!!」
ペルミナの髪が逆立ち、すべての蛇を爆裂させた。
すさまじい熱と光が空間を埋め尽くし、メルトたちを呑み込む。
地上に現出した球状の煉獄は、屋上のみにとどまらず、校舎を根こそぎ抉りとり、瞬く間に灰の山へと変えた。
「……わたくしを本気にさせたことだけは、誉めてさしあげますわ」
クレーターの中心に降り立ったペルミナは髪をかきあげながらそう呟き、陽炎に揺らめく宵の空を見上げた。
……上り始めた月と、沈みゆく太陽の間に、ひとつの小さな点が浮かんでいる。
ペルミナにとって、あまりに見慣れたシルエット。
「……っ!」
屋上を駆けまわっていた『分身』は、すべて
シートからひらりと舞った少女の影が大鎌を振りかぶると、その表面が分割してスライドし、倍の長さに変形した。それはあたかも巨大な処刑装置のように見えた。
ペルミナは即座に『カタリナ』の刃を頭上へ伸ばす。
しかし、少女へ殺到したそれは、鎌のひと振りですべて刈り取られていた。
『
彼女は体がぞくりと震えるのを感じた。それは人間でいう、恐怖とか死の予感といったものだった。
「
風に乗った囁きが、恐ろしいほど柔らかく、ペルミナの耳を撫ぜた。
――ドッッッ。
次の瞬間、空そのものを断ち切るような切っ先が、虹色のアーチを描きながら天下り、『カタリナ』を紙のように貫通して、死神の胸に深々と突き刺さっていた。
「がぐっ」
黒色の血液を吐き出しながら、ペルミナは眼前の宿敵を睨んだ。
「貴方は……がならず……ごろしまずわ」
「ああ、次に会った時はそうしてくれ」
「ころじまずわよぉぉお゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛!!」
憎悪と怨嗟の雄叫びを残して、死神は
メルトの顔と服にこびりついた血液と、散らばった『カタリナ』の破片だけが、彼女がここに存在したことを証明している。
破片のひとつを拾い上げると、メルトはそれをぎゅっと握りしめた。
「あばよ……」
具現者の死とともに巨人は煙のように消失し、円巳は空中に投げ出された。
地面に叩きつけられるかと思われた瞬間、空飛ぶバイクにまたがったメルトがすかさずそれを受け止める。
鎧は光となってほどけ、円巳の手の中で再び人形の姿をとっていた。
「がんばったな!」
メルトは白い歯を見せてにかっと笑うと、円巳をぎゅっと抱き寄せた。
その感触は温かく、信頼と愛情に満ちていて、無償の幸福感と安心感を与えてくれるものだった。
(……母さん)
彼女の表情と行動に、なぜか亡き母の面影が重なり――彼は慌てて頭をブンブンと振って否定した。
冗談じゃない。今日会ったばかりの宇宙人に母さんを重ねるなんて、どうかしている。
メルトは円巳の仕草をきょとんと見ていたが、やがて微笑みながらフードを脱ぐと、バイクの座席に立って夕風を体いっぱいに浴びた。
黄金色を帯びたライトブルーの髪が、ふわりふわりと楽しそうに踊っていた。
バイクが着地するのとほぼ同時に、ぷつりと糸が切れたようにメルトが倒れ込もうとしたため、今度は円巳が彼女を抱き止めた。
「多重
「それはあの、構わないんだけど……!」
メルトの頭越しにこちらへ近づいてくる
その時だった。
バタバタバタ……というプロペラ音の接近に気付いて、円巳も帆波も音の方角を見上げた。
編隊を組んだ迷彩模様の軍用ヘリが薄暗い空を行進してくる。
国衛軍の機体だ。
今さらかよ、という思いもあったが、国が動いているなら救助活動なども間もなく始まるだろう――と、円巳は安堵した。
だが、
「離れろ!」
突如、メルトに突き飛ばされたかと思うと――信じがたい光景を目の当たりにした。
ヘリ部隊が発射した数本の黒い銛のようなものが、彼の目の前で、メルトの全身を刺し貫いたのだった――。